第14話・旅の居候侍。


永禄三年 一月 岩船寺 嶋清興


 南山城の知人の屋敷から大和に武芸修業に出て来た。急ぐ旅では無い。ゆるりと知人を訪ねながらの気ままな旅だ。


 ここ岩船寺の僧兵・啓英坊は幼少の頃からの知人だ。父上の食客として平群にいたことがあって、幼少の某に槍の手ほどきをしてくれた方だ。

 某も二十歳になり年末に大和に戻る途次、ここ岩船寺に啓英さんを訪ねたのだ。ここでゆっくりと積もる話や槍の稽古をしているうちに、つい新年を迎えてしまった。


「山中が攻めて来た。浄瑠璃寺に待避するぞ!」

隣村の法用村で山中という武芸者が居着いたと聞いた。それが急に勢力を増して攻めて来たのだと言う。どう言う者なのか興味がある。ここの後に立ち寄ってみるつもりだったのだ。


 それが向こうから攻めて来たのだ。寺にひとり残っても仕方が無いから、実斉上人が僧兵に護られて逃げるのに成り行きで同道した。


 岩船寺と浄瑠璃寺はごく近くにあるために親しい交流がある。だが民の評判にはかなりの差がある。実斉上人は慈悲深く自らの利を求めない仏の化身のようなお方だという一方、浄瑠璃寺の運天上人は経を読むより銭の勘定が得意だという噂が聞こえてくる。大勢の僧兵を雇うのも強欲で疾しい心の成す所為だというのだ。



「おう、そなたらには追って指示を出す。それまでここで待機しておれ」

浄瑠璃寺の僧兵頭の大男が縁の上から言うと、啓英さんの表情が僅かに歪んだ。

啓英さんは、貴様の配下では無いわと言いたいようだが、頼って逃げてきた手前それを飲み込んだ様だ。


 それにしても駈けて来た者らに、座して待てぐらい言えぬものかと某も思う。まあ、据戒坊は強力ばかりで心無い者との評判だから無理も無いか・・・



「山中の一隊がこちらに来る。我らは門前でそれを叩く、そなたらは回り込んで背後を突くのだ」

 と、据戒坊が一方的に命じてきて我らは裏口から寺を出た。


「なんだ、あの態度は・・」

 僧兵の一人が堪らずに言う。皆がそうだ・そうだと同意する。

「まあ実斉上人がおられるのだ、やむを得まい。しかし、山中隊は二手に分かれ竹槍しか持たぬと言う。どう言う事だ?」


 うむ、それは某も気になっていた。

山中隊は調練と言いながら、その実際は侵攻で賀茂郷を下すつもりなのは明白だ。多くの僧兵がいる浄瑠璃寺に対して、数や武具の優位を捨てるのは腑に落ちない。


 ・・・・・ひょっとして、


「罠かも知れません。据戒坊らを誘い出す」

「ふむ、そう考えれば辻褄が合うか。ならば我らはどうする?」


「啓英さん、山中隊の軍隊長は北村どのと聞いております」

「おお柳生の高弟の北村どのか・・お主と同門だな、知っておるか?」


「はい、柳生道場で手ほどきを受けたことがあります」

「・・どのようなお人か?」

「実直で誠実、信頼できるお人です」

「・・・ならば、我らは頼る先を間違えたな・・」


 某は七つから十五の歳まで、何度も柳生に稽古に行った。武芸は某に合っている。出来ればこのまま武芸者として生きて行きたいと思っている。


「どうします?」

「傲慢どのの言うように背後に出よう。だが山中隊の背後では無い」

と言って啓英さんは方向を変えた。山中隊に味方して据戒坊らの背後に出るのだ。ぐるりと浄瑠璃寺自慢の庭園を急ぎ足で回り込み街道に接近した。



「ほう、間に合ったようだ。丁度良い案配だ。儂らも出よう」

 啓英さんが街道を覗いて指示を出した。ここに来ると途中で山中隊がどう戦うかを見たいと話していたのだ。


 街道に出てみると、山中隊が小さくまとまって槍衾を作っている。僧兵がそれを突き崩そうと突入しているが、その動きが止まった。


浄瑠璃寺の僧兵らは付け入れないのだ。


山中隊の動きは、僧兵の体に隠れて分らない。俺はそれを見ようと早足に近づく。


 門前には運天上人らが見物している。脇に実斉上人もおられる。その実斉上人がこちらに気が付いたようで歩み寄ってきた。その動きから背後の啓英さんが合図を送ったのが解った。


「上げぃ、突け、叩けー」と言う号令が聞こえ、それと重なって、

「ぎぇ、ぐぇー、うぐー」と言う悲鳴が起こった。


僧兵が山中隊の青竹で次々と打ち叩かれ、突き倒されている。それを見ている据戒坊の後ろ姿が震えているのがはっきりと見えた。


「おのれ、露外者めが、この据戒坊が竹槍など薙ぎ倒してくれるわ!」


据戒坊が自慢の大薙刀で向かっていった。

すると山中隊からも男が一人出て来たな。

おお、槍を持った北村どのだ。北村どのの槍使いを久し振りに見られるぞ。

 ん・・少し構えが変わったか・・・?


「どりゃあ!、くらあ!、こんにゃろう!」

 据戒坊が喧しい掛け声を出して、薙刀を力任せに振り回している。

力任せだが当たれば相当な威力がある。まともに受ける事も出来ないだろう。

本人は強力無双と豪語しているが、力任せの単細胞と周囲では陰口を叩かれている。

所詮、剣客の北村どのの敵では無かろう。北村どのはそれを実に冷静に受けて躱している。


 さすがだ。だが、どうやってこの力任せの攻撃の嵐に付け込むのだろう。某ならどうする?

 うむ、相手が疲れるのを待つほかないかな・・


 おう、据戒坊の動きが止まった。薙刀を槍が押えているのだ。振り外そうとしている。下がるが北村どのがその分前進しているようだ。


「ぐぇーー」

 ついに業を煮やした据戒が、無理に前進したところを北村どのの槍が来たようだ。棒のように突っ立っていた据戒が音を立てて倒れた。強力自慢の僧兵では剣客の相手にはならないと言う事か・・・


 浄瑠璃寺の僧兵でもう立っている者はいない。



「お主、清興か?」

 北村どのが某に気付いた様だ。


「はい、北村どのお久しい御座います。某、岩船寺に逗留致しておりましたが隣村から軍が侵攻して来たと聞き、実斉上人らとこちらに逃れて来ました。ところが相手が北村どのと知り、加勢しようと思って出ましたが出番が無かったのです」


「そうか、我らも新兵が多くその事に気付く余裕が無かったのだ。許せ」

「とんでも御座りませぬ」


「さて、そこなお人が当寺の御住持か。悪僧どもをけしかけて調練中の我々を打ち殺そうとなされた。さて、どうしてくれようか・・・・」

 門内にいる運天上人らが蒼白になって震えている。


「せ・拙僧は、ただ見ていただけで御座る、けしかけたなどと・・・・」


「されば、これなる僧兵どもは、この寺の僧兵では無いと申すか」


「いや、当寺の僧兵で御座いますが、拙僧はけしかけてなどおりませぬ・・」


「これは異な事を聞く。僧兵を雇い寝食を与えて指揮するのは、寺の筆頭の御住持であると思うが、さればその方はこの浄瑠璃寺の御住持では無いと申すか」


「・・・いえ、拙僧が当寺の住持で・・・」


「むう、ならばくどくど申されるな。仏の教えを説く僧が武具を持って人を殺すのを大将は許されぬ。武家ならば戦に負ければ腹を切る。ご住持はどうされるな?」


 運上上人は、ブルブル震えるばかりでもう声さえ出なかった。




「さて清興、風の噂で事情は聞いている。その後はどうしていた?」


 某は浄瑠璃寺の縁側に腰掛けて、北村どのと一緒に出された白湯を飲んでいる。この度の戦いで、据戒坊をはじめ僧兵の半数ほどが死んだ。

今はその後始末が行なわれている。怪我人の手当てがなされて、死者は埋められて実斉上人が経を唱えて供養をされている。


北村どのから放置された運上上人は呆けたように状態になっていて、それどころでは無い。まず寺領の殆どを召し上げられるだろう。もしここに残れたとしても、もはや生き甲斐の銭勘定は出来なくなるのだ。


北村どのが事情を聞いていると言うのは、某の家のことだ。嶋家は以前・平群にそれなりの領地がある国人衆だった。

某が十五の時に父が亡くなると、叔父どもがしゃしゃり出てきて家を奪い、当然の様に領地を奪って某ら家族を追い出した。


それまで住んでいた家を追われた某らは、南山城の遠縁を頼って細々と暮らしていた。以前と比べれば、質素で慎ましいうえに遠慮のいる生活だった。

その心労が祟ったか母上が亡くなったのが去年の夏だった。

いみじくも松永の侵攻により、叔父らが討ち死にしたとの知らせがあった翌日の事だった。

その後に二十歳になった某は、母の四十九日を終えると武芸者の旅に出たのだ。



「ふむ、苦労したな。今後は武芸者を目指すか・・それで何処へ向かう途中だな?」

「はい、北村どのを訪ねてその後は宝蔵院か柳生に向かおうかと・・」


「胤栄どのか、それも悪くないな。だがうちの大将の槍も凄いぞ」

「山中どのが?」


「ああ、某では相手にならぬ。思わぬ技を使うし、それに剣気が凄い・・」

「それほど・・あっ、さっき北村どのが使われた技・・」


「そうよ、あれは大将に教わったのよ」

「・・・・」


 某の頭の中に、まだ見ぬ山中どのの姿がぽつりと大きく浮かんだ。


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