第46話 ふたりと、ともだち2
「今……、ちょっと迷っててね……」
「珍しいな。お前でも迷うことがあるのか」
思わず目を丸くして、アメリアに睨まれた。
「あなた、わたくしをなんだと思っているのよ」
ぐい、とシャンパンを呷り、鋭い視線を向けるアメリアに、慶一郎は応じる。
「わたしの好敵手だ」
端的に応じる。アメリアは、綺麗な二重の瞳を見開いた。
「思考に無駄はなく、決断は早い。合理的で、だが柔軟な発想力を持ったやつだと理解している」
「……わたくしが下す判断を、貴方はどう思う?」
たっぷりと慶一郎を見つめたのち、アメリアは端正な唇を開いた。
「わたくしは多分、人生で初めて迷っているわ」
ぎゅ、とグラスを握る手に力を込めたアメリアは、戸惑いを浮かべた瞳を慶一郎に向ける。
「わたくしの決断は、正しいと思って?」
「お前が判断を間違えるのを、わたしは見たことがない」
慶一郎は淡々と応じた。
「一体何を迷っているのか知らんが……。お前らしくない。さっさとまとめてきたらどうだ」
「……そうね。ほんと、そうだわ」
アメリアは、ふふ、と笑う。
その顔は、いつもの自信と気品に満ちていた。
「ねえ、志乃。以前、貴女ははわたくしの冒険記を翻訳してくれると言っていたわね?」
「ええ、はい」
志乃がきょとんとした顔で頷く。
「辺境に探険に行く前に、もう一つ別の冒険に飛び込むことにするわ。なので、少し時間がかかるけど、よろしくて?」
「まあ。……新しいお仕事をはじめるのですか?」
「新規事業かっ」
思わず、志乃の語尾を食う勢いで尋ねてしまう。
その様子に、アメリアは、ひとしきり笑った。
「わたくし、今まで結婚なんて全然興味がなかったのよ。だって、わたくしの考えに同調してくれる男なんていなかったんだもの」
くすり、と笑って肩を竦める。
「最初は、『そのままの君でいい』と言っていたのに、いつの間にか、わたくしに変化を求める。そんな男ばっかりだったの。
それに、わたくしの周囲の夫婦って、退屈でつまらないものばかりだったわ。正直、本当にあんな生活は願い下げだ、って思っていた。だけどねぇ」
アメリアはシャンパンを飲み干し、慶一郎と志乃を見比べる。
「あなたたちを見ていると、なんだかとてもエキサイティングだな、と思い始めたの」
ああ、と慶一郎は合点がいく。
慶一郎の頭の中で、露台にいたアメリアと恋人の姿が蘇った。
何かを差し出そうとした恋人。
それを押しとどめたアメリア。
「なんだ、お前。求婚されたのか」
「あっさり言ってくれるわね」
アメリアは、にやりと笑って見せた。
「貴方が志乃にしたようなサプライズではなかったけどね」
「放っておいてくれ」
「まあ。お返事をなさいましたの?」
志乃が、きゃあ、と声を上げる。アメリアは首を横に振った。
「……実はまだ。どうしようか、ってさっきまで迷っていたの」
「商談はあっさりまとめたくせに」
「それとこれとは別でしょう」
「そうですよ、旦那様。ひどい」
「なにが。なぜ」
志乃にまで否定的なことを言われ、愕然としていると、アメリアは軽やかな笑い声を立てた。
「でも、そうね。慶一郎の言う通りだわ。さっさとまとめてくることにする」
言うなり、くるりとアメリアは背を向け、会場の人波へと颯爽と歩いていく。
「志乃。子爵夫人はドレスをなんて?」
「大変興味をお示しになられて……。後日、改めて私が商品カタログを持参することになったのですが……。というより、今はアメリアさんのことではありませんか?」
あわあわと志乃が背伸びをして会場を眺めている。
「あいつのことなら心配ない」
慶一郎は笑い飛ばす。
「さっきも言ったろう。あいつが判断や決断を間違ったことなど、見たことがない。今度もきっとうまくいく」
志乃が何か言おうと口を開いたが。
突然会場の一角から男性の大声が聞こえて来た。
何事か、と皆が一斉に顔を向ける。
もちろん、志乃も慶一郎もそちらを見た。
精悍な体つきの男性が歓声を上げ、アメリアを抱き上げたまま、くるくると回っている最中だった。
「まあ。あのご様子でしたら……」
志乃が嬉し気に笑う。
「ああ、まとまったみたいだな」
アメリアの幸せそうな笑顔を見、慶一郎も笑った。
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