第51話 グレゴリーの来訪(1)

 ――あまりの衝撃に、ブランジェ屋敷の時が止まった。


 最初に我に返って動き出したのは、エリックだ。


「すぐにお嬢様を避難部屋セーフルームにお連れしろ!」


 近くに居たカトリーナにフルールを託すと、フットマンに向き直る。


「警備兵を集めろ! 門を固めるんだ。抵抗した場合は拘束して構わない。王宮に早馬を出せ。旦那様がお戻りになるまでは、何としてもグレゴリー殿下を敷地内に入れるな」


 家長と女主人の専属使用人が不在の今、この屋敷に残っている使用人の中で一番地位が高いのは、執事バトラーのエリックだ。

 彼は主の安全を最優先に指示を出す。

 ……が。


「お待ちなさい」


 地下のセーフルームへと導こうとするメイドの手をフルールが押し止める。


「殿下のご用件はわたくしが伺います。応接室にお通しして」


 令嬢の発言に、執事は顔を歪める。


「それは……承服致しかねます」


 ……グレゴリーのフルールに対する暴行未遂は記憶に新しい。しかも今日は彼の廃嫡審議の結果が出る日だ。何をしでかすか解らない。

 唇を噛んで拒否する執事に、令嬢は柔らかく微笑む。


「わたくしを心配してくれているのね。ありがとう、エリック」


 それから真顔に戻して、


「でも、これは命令よ。お父様とお母様が居ない今、ブランジェ家の決定権はわたくしにあります。グレゴリー殿下をお通ししなさい、エリック。公爵家の者として、王族の方に粗相のないようにね」


「……畏まりました」


 主の毅然とした言葉に、執事は頭を垂れるしかない。


「カトリーナ、髪と服を整えたいの。人前に出られるようにして頂戴」


「は、はい。只今!」


 フルールはまだ部屋着のままだ。長い金髪を翻して衣装部屋に向かう令嬢を、カトリーナと数人のメイド達が慌ただしく追いかける。

 普段はのほほんと穏やかなのに、いざとなったら冷徹で物怖じしない。

 うちのお嬢様はほとほと人の上に立つ資質があると、エリックは敬意を深める。……多少、危うげではあるが。


「応接室の周りに警備兵を厳重配備。旦那様の不在下で、お嬢様に毛筋ほどの傷もつくことがあってはならない。我々でお護りするんだ」


「承知しました」


 直ちに手配に移るフットマンを見送り、エリックは正門へと足を向けた。

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