第24話 申立

 それからの数日は、フルールは自宅でのんびりと過ごしていた。

 本を読んだり、刺繍をしたり、母と料理をしたり。部屋の模様替えもしてみた。メイド達と一緒にカーテンを替えて洗うのは楽しかった。

 自分のためだけに使う自分の時間を、彼女は心ゆくまで満喫した。


(無職な上に引き籠りなんて、ますますお母様に心配かけちゃうわね)


 なんて思ったりもするが。今まで詰め込みすぎていた分、空白だらけのスケジュールが心地好い。

 今日も少しだけ寝坊してベッドから起き上がる。家族の朝食の時間に間に合わないなんて、学生時代はありえないことだ。

 ネグリジェにカーディガンを羽織って寝室を出ると、螺旋の階段下、玄関ポーチに外出の用意をした父が見えた。


「お父様」


 娘の声に父は振り返る。


「おはよう、フルール」


「おはようございます、お父様。朝早くからお出かけですか?」


 彼はいつもの外出着のコートではなく、ゆったりとしたローブを着用している。この衣装は……。


「ああ。国王陛下から元老院に招集がかかった。これから王宮に行ってくる」


 やっぱり。白地に金の縁飾りのついたローブは、元老院の正装だ。

 元老院は王の助言機関で、有力貴族で構成されている。フルールの父、ブランジェ公爵アルフォンスもその一人だ。

 元老院が招集されるということは、なにか国家の重要な取り決めが行われるということだが……。

 アルフォンスは迷うように表情を曇らせる。


「実は……グレゴリー殿下への廃嫡申立があった。その審議が始まるのだ」


「え!?」


 フルールは目を見開く。

 廃嫡になれば、グレゴリーは王太子の地位はおろか王位継承権まで失うことになる。


「どうしてそんな」


「フルール」


 色を失う娘の肩に、父が手を置く。


「この件の申立人はセドリック殿下だ」


「セドリック様が……!」


 弟が兄の地位を剥奪しようというのだ。


「我がブランジェ家はセドリック殿下を全面支持する」


「お、お父様……」


 父の言葉に、フルールは大いに狼狽えた。


「もし、わたくしのことが原因なら、わたくしはそのようなことを望んでは……」


「フルール」


 必死で訴える娘に、父は首を振る。


「これは最早お前の問題ではない。国家の行く末の問題だ。お前はグレゴリー殿下に王の資質があると思うか?」


「それは……」


 アルフォンスは重い息を吐いて、


「ワシは、お前が婚約破棄された時、お前とグレゴリー殿下に申し訳ないと思ったのだ」


 初めて娘に心の内を明かす。


「無論、お前に恥を掻かせるやり方には今でも怒りを感じておる。されど、親同士の決めた結婚。これまで従順に受け入れてきたグレゴリー殿下がすべてをなげうってまで好いた女性にしょうが出来たというなら、致し方ないと。フルールも許すのならば、ブランジェ家こちらからは過度の責めを負わせないと。しかし……」


 憤る拳を握る。


「グレゴリー殿下は自分の個人資産がお前への慰謝料に当てられ、王太子の地位さえ危ないと知ると、保身に走った。の男爵令嬢が地方に連れ戻されても文一つ送らないという。それはあまりに不義理ではないか」


 ……そう、ここに来て露呈してしまったのだ。グレゴリーが何も考えていなかったことが。

 勢いで婚約破棄し、ことの重大さに気づいて慌てている王太子の浅はかさに、国の重鎮であるアルフォンスは大いに失望したのだ。

 そして、今回の復縁騒ぎがとどめを刺した。


「今回の審議がどう転ぼうとも、ワシはこの先セドリック殿下の王太子擁立のために動く。これはクワント王国のためだ」


「お父様……」


 それ以上何も言えなくなった娘に踵を返し、父は玄関を出る。

 走り去る馬車を見送り、フルールは朝の冴えた空気にカーディガンの襟を掻き合わせた。

 ――フルールが立ち止まっている間にも、世界は変わっていく。


(わたくしは……どうすれないいの?)


 出ない答えに焦燥感ばかりが募っていった。

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