51 最高峰のスパルタ実地訓練

 ミツカとカツゾウが交互にルートを確認し、何度目かのルート探索の末


 「ここ当たり」


 「よっしゃ」


 分岐部屋から一定距離を進んだところにある正解ルートにしか存在しない特徴的な壁画を発見し、晴れて最初のギミックをクリアした。


 「ここからは正規ルートなので敵が強力になっていきます。アリアさんは盾術メインで無理なく立ち回ってください」


 「……承知した」


 気を使われている。

 

 アリアは顔には出さないが、自身の短絡的な同行によってオウルの二人に迷惑しかかけていないことに心底落胆していた。

 貴族の子としての出向ではあるが、一応は自分もマルトという大規模地方都市の駐在支団で副団長にまで上り詰めた精鋭だと思っていた。

 それが聞くからに胡散臭い噂のある冒険者に嫌がらせをするのに連れて行かれ、副団長でありながらそれを諫めず、蓋を開けてみれば目を見張るほどの実力差に打ちのめされた。他ならぬ自身への戒めの意味も込めて、一応は指揮者として挑んではみたものの手も足も出ずに敗れ、土下座までする羽目になった。

 私自身が騎士たる矜持に背くような行いに加担したようなものだ。プライドなど最早どうでもいい。だがこの期に及んでそんな迷惑をかけた相手の足を引っ張る自分の体たらくに腹が立った。

 

 とんだお荷物だ。どこに行っても。


 オウルの二人はまだ若いというのに、途方もなく先にいる圧倒的な強者だ。

 私は二人の強さに甘えてどれほど醜態を晒し続ければ気が済むというのか。


 「ミツカ殿、カツゾウ殿」


 二人を呼び止めると、先ははっきりと嫌そうな顔をしていたカツゾウでさえ真っすぐにこちらを見据え耳を傾けてくれる。私をよく思っていない彼女ですらこの場に於いては私情を省いて真剣でいるのだ。いい加減自分の不甲斐なさを見過ごせない。


 「私なぞ戦力として期待していないことは重々承知している。だが何か、何でもいい。私にできることがあれば言ってほしい」


 この期に及んで図々しいことこの上ないが、役立たずな自分が居た堪れず二人に懇願した。


 「……やる気は分かりました。ではまず戦闘中に指示を出すのでMPとSPが枯れるくらいにひたすら得意な魔法複合を連発してください。ポーションは渡したものをどんどん飲んで枯れる度に回復させてください。こちらも真面目にいきます」


 「……分かった」


 ミツカ殿から出された指示は意図が全く分からなかったが、言われたのだから一先ずは従おう。




 ………




 「いいですか、【爪薙ぎ】と【波打ち】はそれぞれ特色と適切な動作がありますが、複合には複合の作用に適した型があるんです。爪薙ぎは斬り放つのが正解ですが【波爪抉はそうけつ】は抉る。振り抜きの力は放って散らさずにゴリッと抉って切っ先で捻じ込む。違う!もう一回!」


 「技が浅い!波打ちの常識は一旦捨てる!波爪抉では広く浅くじゃなくて作用点に力を集中させる。そもそも単体の敵に範囲押しは有効じゃない!見てろポンコツ!!!」


 言いながらカツゾウ殿は凄まじくうねる波爪抉を放ち、私の一撃では傷一つ付かなかった岩蠍ロックスコーピオンを岩の装甲ごと粉々に打ち砕いた。

 先程から死に物狂いで魔剣術を振るっているのだが、二人からは止め処なくダメ出しが飛んでくる。


 「…………」

 

 こちらは言われるままに魔剣術を乱発、MPとSPの枯渇からの回復という荒業の連続に視界がチカチカしながらも何とか食らいついているが、返事までする余裕はない。

 と言うかこの二人、とんでもないスパルタだった。


 「【水燕】は薄く広く!【水刃】を複合させるなら薄く研ぎ澄まして殺傷範囲を広げて遠方に先制。練れ!!そもそも【飛燕】が力みすぎ!もっと力抜け下手クソ!」


 「剣の流れに余計な淀みを挟みすぎなんですよ。もっとこう……こう!剣筋整えてブラさずに振る!どのタイミングでもこれを徹底しなきゃ乙どころか丙でも通用しませんよ!」


 「ほら今!迷ってる隙が勿体ない!その一瞬で溜められた分余計に一撃必要になる!動きだけじゃなくて頭も固いのかこのクソアマ!!」


 「……んぐッ!……ッぬぅ!!」


 もはや恥も外聞も無く、獣のような呻き声を上げながら二人の見せる美しく整った強力な魔剣術を見よう見まねで模倣し、ロクに傷も付けられない魔物相手に申し訳程度に食って掛かるばかり。

 ダメだ。違うことははっきり分かる。何が違うのか分かりもしなかったその一端を二人は解説してくれるが、聞いて実践するにつれ知覚できる距離は開くばかりだ。


 つまるところ、何もかもが違うのだ。


 二人の魔剣術は「魔剣術の正解はこう」と体現するかの如き完成度。長い年月をかけ研ぎ澄まされたかのような至高の技だ。しかもそれを一切ポーションなど飲まず会敵する度に絶えず振るっている。

 対して私は何だ?私が持っているのは剣か?私は剣を振っているのか?二人を前にすると、一応はこれまで戦う手段として磨いてきた剣術がただ無闇やたらに剣を振り回すだけのチャンバラのようにすら思えてしまう。

 何と幼く、何とつたなく、何と小さい。

 騎士団という矮小わいしょうな枠の中でどれほど上り詰めようとも、それこそ騎士の中で精鋭中の精鋭でもあのレベルには遥か及ばないだろう。

 悔しさも惨めさも通り越して最早笑えて来てしまった。私はただの物知らぬ小娘だった。

 そして合点が行った。決闘の際のカツゾウ殿にしてもミツカ殿にしても、まるで騎士を歯牙にもかけないような態度。当たり前だ。二人からすれば騎士など羽虫のようなもの。数百匹ものフォレストワスプを無傷で掃討したのと同じように、私たち騎士も一太刀で軽々葬るのだろう。

 圧倒的強さ。だからしがらみがない。縛られない。悪意を物ともしない。私が求めて止まない物を二人は持っている。


 かつてない苦行。身体が重いはずなのに、何故かこなせばこなすほど動きによどみが無くなっていく。

 心身の疲弊で半ば朦朧もうろうとしながらも確かな成長を実感している今、アリアは今までに感じたことのないような充足感を味わっていた。





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