閑3 ルイーゼ冒険者ギルドのトレンド1

 冒険者ギルド ルイーゼ支部 管理部長ケニーはこの一週間ほどで起きた怒濤の出来事の連続に、疲れを通り越してただただ無心になっていた。



 ………



 事の始まりはダンジョンからの魔物の溢出いっしゅつ


 冒険者としての才覚の無さに早々気付き、とは言え愛する街を守るために何かしらの貢献がしたくギルドの職員として働き始めてからというもの、魔物の氾濫スタンピードによる災害は何度か経験したことがある。


 冒険者ギルドは本来、冒険者の安全管理のために発足された広域組織のはずだが、その構成は一枚岩ではなく、特に上層部には利権にしがみつこうと小汚い手段で本来の役を全うする優良な職員を排斥すらしてみせる輩が蔓延はびこっている。

 彼らは本来共有されるべき資金や資源、情報、伝手などを自身の権力と華々しい生活を守るために優先して使い潰し、末端の冒険者に必要なそれらが行き届かないことはザラにある。

 スタンピードに関する情報もその最たるものだ。

 情報は降りてこない。少なくない犠牲を払って得た情報を基に要望した支援が満足に叶うことは滅多にない。


 だが街には多くの戦えない市民が住んでいる。

 その生活を守るために、本来冒険者が安全に行動できるよう管轄すべきギルドの職員が、貴重な防衛戦力である勇敢な冒険者達を死地に向かわせなければならない。



 またか。


 何度かの経験から学び設置された、とは言え平時はほとんど休憩と言っても過言ではない役である物見から溢出の報告がもたらされたとき、ケニーは頭を抱えた。


 

 雑魚魔物の代表格と云われるゴブリン。だが、所詮雑魚と侮って痛い目を見る冒険者は後を絶たない。

 ゴブリンの通常種は基本的には小型だが、人の子と変わらないような体躯から繰り出される膂力はまさに猛獣のそれである。ホブゴブリンにもなれば、大の大人が一撃でもまともに食らえばひとたまりもないほどの剛力となる。

 加えて衛生観の無い奴らの攻撃はしばしば状態異常を齎すこともあり、粗末とはいえその数が織りなす連携も中々に手ごわい。

 溢出魔物の多くはゴブリンだが、変異種となると通常種とは違った挙動を見せるので特に注意が必要だ。



 末端冒険者が溢出魔物に対処する傍ら、ルイーゼに駐留している冒険者の中でもランクの高い者を集め、スタンピードの収束に向けての作戦会議が開かれた。

 皆が分かっている。原因はダンジョン内部で起きた何かしらの異変だと。

 だが過去の経験上、ダンジョンをただ攻略しきったとて直ちにスタンピードが収まる訳ではない。

 丁1Dは確認されているダンジョンの中でもランクの低い方だが、ランクの低さ故に猛者にとっては旨味が無く、一方で閑散なルイーゼに駐留する冒険者の練度では心許ないという間の悪い状況に陥っていた。


 一先ずは比較的高ランクの冒険者で探索隊を組みダンジョン内の様子を伺った上で大規模討伐隊を募って攻略に当たるべきだろう。

 結局ルイーゼの冒険者では、ギルドでは、また有望な冒険者がダンジョンで命を散らすことになると分かっていながら、そのような場当たり的な対処に打って出るしかない。


 かつてはルイーゼ一の精鋭でありながら同じく丁1Dの過去の攻略で負った怪我が原因で冒険者を引退したロウェルも、最早老いてとてもじゃないが防衛の前線にてることはできない。


 どうしたものかと頭を抱えていると、ロウェルをして「猛者」であるという何者かがルイーゼにやって来たという思いがけない知らせが齎された。



 ………



 かつて何人もの冒険者を見てきた管理職であるケニーにとっても、その青年の強さは一目見て規格外であると分かった。

 明らかに質が違う。完成度が違う。所作の一つ一つがお手本のように綺麗で的確で強い。あの年にしてどれほどの修練を積めばこうなるのか。


 ケニーは迷った。

 彼の腕はダンジョン攻略の大きな強みとなる。だが若くして強者の風格があり、間違いなく一時代を担う英雄の素質がある有望な冒険者の卵を今死地に向かわせるべきか。


 ルイーゼの一市民としてはすがってでも攻略に参加してほしいが、ギルド職員として大局的に見るなら登録して間もなくスタンピード真っ只中のダンジョンに向かわせるのは焦りが過ぎる。


 だがケニーの苦悩を余所に、彼はこう言った。


 「じゃあ、今から丁1Dを攻略してきます」


 彼の言は一見「無謀」の一言に尽きる。

 だが彼の場合、ただ物知らぬ青年のそれではなく、何故できるのか、何をどうすればスタンピードを収めることができるのか、目下対処すべき問題を見通しているかのような口振りだった。


 とは言え、いくら何でもいきなりの攻略となると人が集まらない。

 とりあえずはルイーゼでも高ランクのザインとリズを伴わせ、安全に探索するよう申し付けて送り出した。


 まさか探索に出て帰って来たくらいの時間で、ザインとリズが丁1Dのボスであるキングボアーと、変異ボスであるマッドキングボアーの二つの魔石を持って帰投するなどと、この時のケニーは想像するよしもなかった。





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