閑2-勝2 勝蔵長可、言いそびれる
サービス終了の知らせ以降、最後まで遊び倒そうとする人も居れば、先の見えたゲームから退いて鞍替えする人も居た。
私は凹んでしばらくインできなかった。
「カツさん。良かった。カツさんはまだ残ってたんですね」
とは言え身体に染み込んだNSV漬け生活のせいもあり、半ば無意識にゲームの世界に突入すると、オウルはそう言って迎えてくれた。
彼は間違いなくこの世界を最も愛したプレイヤーの一人。
NSV断トツ世界一位、まずチートでもなければ不可能と言いたくなるくらいぶっ飛んだスコアを刻む奴を除き、彼は栄えある二位を維持し続けた。そんな彼がNSVを最後まで見届けるというので、私もそれに
だが残り少ない時間を噛みしめるようにプレイする内に悲しくなった。
私とオウルの繋がりはNSVしかない。
彼が居たからここまでやってこれた。
彼が居たからこんなにも楽しかった。
彼はNSV一本で食っていけるほどの筋金入りだったが、プロゲーマーとして他のフィールドでは活動していなかった。
私も引きこもってNSV漬け。オウルは申し訳程度にSNSをやっていたが、私はほとんど更新のない彼のアカウントを覗き見るだけで絡みは皆無だった。
あぁ、こんなにも薄かったのか。
暖かい人間関係が築けたと思っていた。私一人が勝手に思っていた。
考えれば考えるほど虚しくなる。
思い返せばそうだ。私は彼の一ファンでしかない。ちょっと強くなってちょっと遊べる仲になって、でもそれだけだ。
彼に憧れていたから、彼に「救われた」と勝手に思い込んでしまった。思いたかった。彼が誰にでも分け隔てなく好い人であるのを、その優しさが自分に特別向けられたものだと思い上がっていた。
「カツさん」
そんな心情を知ってか知らずか不意に彼は言った。
「俺、カツさんと出会えて良かったです。カツさんのおかげでNSVがより楽しくなりました」
唐突な、狙いすましたかのように発せられた私の欲しかった言葉に、私はただ沈黙で返すしかなかった。
「カツさんと一緒に遊べたから、世界がより輝いて見えたんです。だからこそ、こう、切磋琢磨して磨いてきたモノが無くなっちゃうかと思うと…………やるせなくて、悔しいです」
一言一句同じことを思っていながら、尚も言葉は出ず、
「楽しいことばかりじゃなかったし、NSVは終わっちゃうけど、こんなにも楽しめたから意味はあったのかなって思いたいです。だから、カツさん、ありがとうございます」
私はただただ頷いた。嗚咽のせいで、とてもじゃないが喋る余裕が無かったからだ。
「残り短い間ですが、一緒にこの世界を楽しみ尽くしましょう」
「…………はい」
彼は私を、勝蔵長可というプレイヤーを見てくれる。寄り添ってくれる。
あぁ、無駄じゃなかったんだなぁ。そう思うと、これまでNSVで味わった嫌な思い出すら全て帳消しされるくらい晴れやかな気分になった。
残された時間を噛み締めるように遊び、最終日には集った有志でダンジョン踏破RTAに参加し、最後だからと何のわだかまりもなくただただ笑顔で汗を流し、そして解散した。
「今までありがとう!最高でした!」
爽やかに言い残してその場を去った彼の後を追った。
彼が向かった先は、NSVの全プレイヤーが最初に訪れるチュートリアルスポット『はじまりの森』だった。
「…………」
彼ははじまりの森の大樹を前に項垂れていた。
あんなにも晴れやかに、爽やかに感謝を告げて去った彼が、これまで人に見せたことのない沈んだ表情で佇んでいた。
悲しくないはずがない。寂しくないはずがない。
私もそうだったのだ。彼が――彼だけは平気なはずがない。
彼に最後に言いたいことがあった。
「あなたが声をかけてくれたおかげで」
「あなたが見出してくれたおかげで」
「あなたが遊んでくれたおかげで」
私は救われた。彼にそんなつもりがなくとも、私が勝手に思っているだけでも、そう思えたのは彼のおかげだ。
彼がこの世界で接した人に与えたものがある。残したものがある。彼のおかげで私は何もかも無くしてしまわずに済んだ。
これから先のことは分からない。でも彼のおかげで私は一歩踏み出せた。
彼が愛した世界が終わる前にそう伝えたかったのに、彼の悲痛な表情に心が締め付けられる内、とうとうNSVはサービス終了の時刻になった。
………
「…………え?」
そうして悔やみながら終わったNSV。
終わったと思って目を開けると、私は独り『はじまりの森』の大樹の前に立っていた。
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