第十章 嘉成31年
第78話 10-1 駅伝とコンサート
2019年を迎えて加山家では毎年恒例の儀式があります。
元旦に最寄りの神社である
そうして更に、お母様とともに(稀にお父様も)京都の祖父母を訪ね、祖父母の一家と共に近くの八坂神社に参拝するのです。
これは優奈が満一歳を過ぎてからの恒例行事なのです。
今年もその行事は続けられ、晴れ着ではなく神城高校の制服を着ての初詣を無事に済ませた優奈でした。
◇◇◇◇
1月13日、京都で都道府県対抗女子駅伝がありました。
昨年同様、メンバーは前日から京都に宿泊しています。
京都八坂神社近くにある老舗のビジネスホテルのア*ホテルです。
京都は、旅館で食事が付くと非常に高くついてしまうのです。
それよりは素泊まり程度で安く上げた方が陸協の負担も軽いのです。
食事は外食で、皆一緒に近くの食堂に行くのが慣例となっているのです。
早めに食事をしてゆっくりと休むのが身体の調子を整えるのに一番良いはずですね。
1年生3人に若干ストレスがかかっているようなので、3人を部屋に呼んで優奈がマッサージをしてあげました。
現金なもので直ぐに筋肉の張りが取れたようです。
ここ二、三日さしたる理由もなしに睡眠不足が続いたようなのですが、簡単な暗示をかけておいたので多分今日はゆっくりと寝られるはずなのです。
6区を走る予定の道野さんにも同じような累積疲労からくるストレスが溜まっているようですけれど、彼女は既に社会人です。
自分の体調管理ぐらいしてもらわねば困るし、それで足りない部分は本来監督がすべきだと優奈は思っているのです。
優奈が道野さんにアドバイスをすることはできるけれど、多分道野さんにはそれを受け入れる度量が無いと思われるのです。
ましてや、タイム的には補欠の高校生組にも負けていると知っているから余計に気負っているし、苛立ってもいる様子なのです。
そうであれば、下手に優奈が動けば無駄な労力と不和を掻き立てるだけですから、優奈は何も言わないことにしたのです。
そうして翌日の駅伝では、やはり道野さんが唯一のボトルネックになりました。
普段の走りができずに2位から一気に14位まで順位を落としたのです。
1位とのタイム差は凡そ4分半にまで開いていました。
8区の中学生富川洋子が頑張って順位を8位にまで押し上げましたが、トップとの差は余り縮まらなかったのです。
富川洋子がタスキを渡す時に泣きそうな声で叫びました。
「優奈さん、お願いします。」
優奈がにやりと笑って言いました。
「任されたよ。」
優奈の猛追が始まったのです。
9キロの区間で4分半ほどの差は、普通のランナーならば絶対に取り返しが効かない距離です。
けれど、優奈が走ればその程度の差は一気に詰まるのです。
優奈が6キロを13分そこそこで走り抜けた時、首位京都は300mほど先を走っていました。
スタート時点では、1500mほども距離が開いていたはずでしたが、トップが18分かけて走っている間に優奈は驚異的な速度で迫って来たのでした。
その300mほどの距離も見る見るうちに差が縮まり、2分後には並んで一気に追い抜いていたのです。
やはり優奈は強かった。
そのまま西京極の陸上競技場のゴールに駆け込んだ時、タイムはさほど良くはなかったけれど、二位との差は1000m近くにまで開いていたのです。
二位京都がゴールしたのは、優奈がテープを切ってから3分ほど経っていました。
◇◇◇◇
2月5日、ソニンからメールが入りました。
16日午前11時半に神戸国際会館11階のトゥー*・トゥース・ガーデン・レストランで会えないかという内容でした。
ソニンは午前中に会場設営の確認をしてから昼食とし、昼食後にリハーサルをする予定らしいのです。
そのリハーサルまでの時間が僅かに空いている時間の様なのです。
どうやら昼食の時間を少し早め、優奈との会食に切り替えたようですね。
別の世界でアイドルでもあった優奈には公演当日の忙しさがよくわかるのです。
休む暇もないほどにスケジュールが満杯なのです。
無茶と思いながらもついつい続けてしまう職業病のようなものかもしれません。
当初、ソニンのコンサートには理子を連れて行くつもりでしたけれど、生憎と親しくしていた従姉の結婚式が入って都合がつかなくなったのです。
止むを得ず、OGの葉山静香さんに声をかけたところ喜んで行くと言ってきました。
葉山さんとは午後5時にサンチカの喫茶店・*戸珈琲物語で待ち合わせすることにしました。
学生服でもいいのですけれど、神城高の制服は結構目立つのです。
普通ならばさほどに目立たないのですが優奈の身長が高いので、飾り気のない制服がかえって目立ってしまうのです。
周囲に同じ制服仲間がいる時は、それでもましなのですが、居ない場合は特に目立ってしまいます。
理子と一緒ならば制服でも構わないと思っていたのですが、葉山女史と一緒ならばおそらくは私服でしょうから、彼女に合わせる必要があるのです。
そうして葉山女史の衣装センスは若干ケバイ感じがするのです。
本人もそれなりに美人なのですが、芸能界の衣装センスに染まった所為か色合いが結構きついのです。
南国か外国ならば、それでも良いのですが、少なくとも和風のセンスではありません。
優奈がそんな彼女と一緒に居て、落ち着いた色合いの衣装を着ていると葉山女史のケバイ感が余計に強まってしまいます。
それを抑えるためには、優奈も普段より少し目立つ色合いを選ばねばならないのです。
韓服でも、朝鮮の王朝風と欧州の王宮風をミックスさせたようなオリジナルデザインを使っているソニンなのですが、普段洋服を着ている時は比較的に大人しい服装なのです。
ネット情報では、ステージ衣装は専属デザイナーとソニンが選ぶらしいのですが、普段の服装は母親に任せているとも聞いています。
ソニンも確か大学生になり、今年21歳の筈だから、自ら洋装も選ぶようになっているかもしれません。
ソニンがおとなしい服装であっても優奈の衣装があまり派手に見えず、かつ、葉山女史のケバイ感を抑えるために結構衣装選びには時間をかけました。
2月16日11時15分、優奈は、国際会館11階のトゥー*・トゥース・ガーデン・レストランに現れました。
ソニンのメールでは、日本人名の
カウンターで高野の名を出すと、ウェイターがすぐに予約席に案内してくれました。
注文は連れが来てからと言って保留しました。
約束の時間の5分前になって、スタッフ数人を引き連れてソニンが洋装で現れました。
派手な色ですがシックなデザインのワンピースであり、ハイヒールを履いているので身長が170センチ近くになる。
優奈は真っ赤なスカーチョに、白からピンクにグラディエーションのかかったタートルネックセーターそれに白のダッフルコートの出で立ちです。
店内ではダッフルコートは脱いでいます。
足元は、レギンスに赤紫のローヒールの紐靴を履いている。
優奈としてはかなり派手な衣装なのだけれど、全体的には足の長い優奈に似合っています。
優奈が立ち上がり、席を外して通路でソニンを迎えました。
「アンニョンハセヨ」
優奈とソニンの両方からその声が出ました。
二人して微笑むと、ソニンが言った。
「韓国語でもいいですか?」
「ええ、構いません。
わからなければ通訳の方にお聞きしましょう。」
ソニンは微笑んで言った。
「日本では、食事の注文にも苦労しますから、一応通訳は連れています。
通訳は民団が手配してくれた高野さんです。」
ソニンの傍に立っていたタイトスカートにスーツ姿の女性が軽くお辞儀をした。
優奈も、それに応えて軽くお辞儀をした。
ソニンが言った。
「座りましょう。
そうしてお食事をしなければ昼からのリハーサルに身体が持たないんです。」
そう言って、ソニンは席に座った。
優奈も頷いてソニンよりも少し遅れて腰を下ろす。
スタッフたちは、直ぐ隣のテーブルに座り、高野さんがソニンの間近に座って、ソニンと優奈を交互に見つめている。
「初めてお会いしている筈なのに、初めてのような気がしません。
いつも、ネット画像でユーナさんを見ている所為かもしれないけれど・・・。
でも、今日のユーナさんはまるで売れっ子モデルみたいだわ。
その姿で街を歩けば皆が振り返るでしょう?」
「最近は、どんな衣装を着ていても直ぐにばれてしまうのですよ。
だから、サングラスとマスクが私の必需品です。」
そう言って、優奈のお気に入りの、ハワイで購入した落ち着いた色合いのエルメスのトートバッグからサングラスとマスクを取り出して見せた。
「うん、ユーナさんはアイドルだもの仕方がないわね。
でも、普段はもっと大人しい服装が多いように思うけれど?」
「そうですね。
これは、ソニンさんに会うためと、もう一人私の連れが少し派手な人なので釣り合いを取るためのコーディネートなの。
だから、余り普段は着ない衣装かな。」
「メールでは確かお友達とか?」
「ええ、その予定でしたけれど都合が悪くなって、私の高校の卒業生で葉山さんという人妻になりました。
時折、私のガーディアンになっていただく人なんです。」
「へぇ、やっぱりユーナさんには護衛が付くんだ。」
「あ、違うんですよ。
所謂、ボディガードとは少し違って、マスコミの攻勢から私を守ってくれ、対外的な折衝をしてくれる人なんです。
どちらかというとマネージャーに近い存在かもしれないけれど、ボランティアなんです。
葉山さん以外に5人もいますけれど、皆さん人妻ばかりです。
葉山さんが一番若い方で25歳だと思います。」
傍にいたマネージーらしき人が口を挟んだ。
「お話し中ですが、メニューを見て食事を決めて頂いた方が・・・。」
「あら、そうね。
私はカロリーの高いものをかなりたくさん食べなきゃいけないの。
だから私と一緒のメニューはお勧めできない。
ユーナさんは何がいい?」
「はい、じゃぁ、このランチタイムセットをお願いします。」
「うん、わかったわ。
ヤンさん、ユーナさんはランチタイムセットをお願いね。
私はこっちのディナーセットにデザートケーキを、えーっと、これと、・・・これと、それにこれ。」
ソニンはメニューの写真を見ながらデザートケーキ三つを頼んだ。
確かにソニンの声量は大きい。
だから体力と云うかエネルギー消費もかなり大きいのだろう。
尤も、彼女の場合は韓服でかなり下着の厚いものを来て膨らませているから、さほど活発には動けないはずだ。
だから彼女が必要としているのは直ぐにもエネルギーに代わる食品なのだ。
優奈も別の世界では舞台の袖でバナナやプロテインを良く齧っていたものだ。
だがそれは余り身体にいいことではない。
優奈は敢えてソニンに言った。
「ソニンさん、身体が糖分を求めているのはわかるけれど余りそれに頼っちゃいけないです。
不整脈が起きてからでは遅いから、早いうちに医師に見て貰った方がいいと思いますよ。
今の状態でも、少し肝臓と腎臓の働きが弱っているみたい。」
「え、肝臓と腎臓って・・・。そんなに顔色悪いの?」
「顔色に出てしまったらもう命が危ないですよ。
その前に、何とか治療しないと・・・。
取り敢えず、今日はケーキを二つだけにした方がいいです。
それで、ステージが持たないことはないはずです。」
「うーん、仕方がない。
ユーナさんのご託宣じゃ聞かないわけには行かないわね。
ヤンさん、三つめのケーキ取りやめて。」
ほっとしたような顔つきでヤンさんという人が言った。
「ありがとう、ユーナさん。
ソニンったら、私が何度言っても聞いてくれないんです。」
食事の間も色々な話をした。
今日が初めての相手なのに、ソニンはざっくばらんに話しかけて来るし、ユーナも日本の民謡と比べて韓国の伝統的音楽がどのように違うのかなど色々聞いてみた。
互いに
最後にソニンが遠慮がちに聞いて来たのです。
「ユーナさん、今日のステージの途中で貴女を舞台に呼びたいのだけれどいいかしら。
貴女と방황をデュエットで歌いたいの。
貴女とならデュエットができると思うから。」
「うーん、・・・。良いけれど、条件があります。
デュエットなら、和音を構成した方がいい。
ソニンさんは、今までどおり普通に歌っていただけますか。私は、即興の編曲で音を被せます。
冒険なのだけれど、きっとうまく行くと思います。それを了承してもらえますか?」
「うん、ユーナさんのことは信用しているから任せます。
だから、舞台に一緒に上がってください。
私がお客さんに紹介します。
その時、日本のお友達として紹介しますけれどいいですか?」
今年21歳にもなる女性とは思えないほど、上目遣いの可愛い仕草でそう尋ねて来た。
「もちろん、ソニンさんは私の大事な友達の一人ですよ。」
「ありがとう。」
そう言ってソニンは素晴らしい笑顔を見せてくれた。
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