警戒

 「あちゃ~…」

僕はある重要なことを思い出していた。

それは数日前にヴィンさんから忠告ちゅうこくされた『最近、お前の事を探し回ってるやつがいるらしい。』と言うこの言葉。

今まで忘れてた…。と言うか、つい昨日までは警戒けいかいしていたつもりだったんだ。

あの子を助けるのに夢中むちゅうでさっぱり忘れていた。

「あの子じゃ…ないよね?」まるで自分に言い聞かせるように僕はつぶやいていた。

「違うよね。そんな簡単に人が見付かる程このケージはせまくないしね。うん。絶対違う。大丈夫。」無駄むだにぶつぶつ言いながら小要塞しょうようさいの周りに落ちている使えそうな木材もくざいひろい集めている。

「でも、あの子はなんで夜中に森にいたんだろう?」ふと疑問ぎもんに思う。

それはそうだ。

夜中に女性がたった1人で森に入るなんてどう考えても普通じゃない。

「ついうっかり…」なんて言う冗談じょうだんではすまないほど危険きけんなのに、あの子は夜中の森にいた。

「まぁ、落ち着いたら少し話を聞いてみるかな。」

1人で考えていても仕方しかたない。

あの子の回復を待って話を聞いてみるのも1つの手だろう。そう考えながら僕はたいいのししようわな制作せいさくを始めるのであった。



 出された食事はスープとサラダ。簡素かんそではあるが、非常ひじょうにありがたい。

特にケージの中では人に食料しょくりょうあたえるなど、なかなかできる事ではない。

 夜通よどお野犬やけんと追いかけっこをしたせいか、私は出された食事をすぐにたいらげた。

「ごちそうさまでした。」

ふぅーと一息ひといきつき天井てんじょう見上みあげる。

思えばよく生きていたものだ。一度は死ぬことを覚悟かくごしたが、こうして命拾いのちびろいできたことが何よりもうれしい。

「彼には本当に感謝かんしゃしかないな。命をすくってもらうだけでなくこうして食事まで出してもらって。」

足が動かないとは言え、ずっと座っているだけと言うのもさすがに申し訳ない。

早く動けるようになっておんを返さねば。

とは言っても、私の足は小刻こきざみにふるえて痙攣けいれんしており、力がほとんど入らない状態じょうたいだ。

無茶むちゃをすれば尚更なおさら彼に迷惑めいわくをかけるかもしれない。

「今は大人おとなしくしておくか…」

非常ひじょうがゆいが、今は彼の親切しんせつ素直すなおあまえさせてもらおう。


 「あの、すみません。」

食事が終わった私は外にいるであろう人物じんぶつに声をけた。

しかし返事がない。

「あの。すみません!」

1度目よりも大きい声で再度さいどびかける。

「はーい!」と返事が返ってきた。

「少し待っててね~。」と続けて応答おうとうがあり、私は言われたとおり待つ事にした。

 数分後、彼は「ごめんごめん。」と言いながら建物たてものの中に入ってきた。

「あ!全部食べてくれたんだ。」

から食器類しょっきるいを見て彼はうれしそうにしていた。

私よりも女子力じょしりょくが高いかも知れない。

「すごくおいしかったです。ごちそうさまでした。」

私はすわったまま頭を下げる。

「いえいえ。満足してもらえてよかったよ。」

彼はそう言いながら食器類しょっきるいを持つと「それじゃ、また何かあったら呼んでね。」と言い、建物たてものから出ようとする。

「あ、あの。もしよろしければ少しお話しませんか?」

まずいな。少し緊張きんちょうしてしまった。

すご乙女おとめチックな言い方をしてしまった気がする。

一瞬いっしゅん、彼はきょとんとした顔をしたが、すぐに笑顔えがおになり、「わかった。先に食器しょっき片付かたづけて来るから少し待っててね。」

「はい。」

よ、よし。緊張きんちょうしてしまったが何とか話をする方向ほうこうに持っていけたぞ。

がらにもなく緊張きんちょうしてしまうのも当然とうぜんだ。

何と言っても私はケージの中に来てから同年代どうねんだい異性いせいとこうしてあらたまって話をする機会きかいがなかったからだ。

ブランクだブランク。



 こうから話す機会きかいを作ってくれた事は好都合こうつごうだな。

僕の脳内のうない完全かんぜん警戒けいかいモードになっていた。

理由は簡単かんたんだ。彼女が僕を探していた女性かも知れないから。

そもそも何で探されるのがいやなのかと言うと、ケージの中で人探ひとさがしをするとか絶対ぜったい厄介事やっかいごとかかえているからだ。

かりに、知人ちじんやら友人ゆうじんとかが僕をさがしているとかならまだ分かる。それならそもそも警戒けいかいなんてしないし、むしろこっちもよろこんでその人を探す。

でも生憎あいにく知人ちじん友人ゆうじんと言えるなかなのはヴィンさんとソニアの2人しかいない。

いて言うならば、ソニアとは友人知人ゆうじんちじんえたなかになりたいと思っている。

気持ち悪い?仕方ないじゃん。本心なんだから。


 つまり、僕は厄介事やっかいごとまれたくないんだ。面倒めんどうだし。

僕は今の生活がそこまできらいではない。

むしろ好きりの好きだ。

毎日のんびり生活できるし、何もしたくなければボーっと空をながめているだけでもいい。

そんな生活がわりと好きなんだ。

 それにこの小要塞しょうようさいを見つけてからは食料しょくりょう問題もんだい解決かいけつできたし、何ならヴィンさんとソニアを呼んで3人でらすって事もできる。

考えてみるだけでも幸せじゃないか。毎日美少女ソニアに起こしてもらい、一緒にご飯食べて、一緒に野草やそうを取って、一緒にのんびりして…毎日そのかえし。

想像そうぞうしただけで昇天しょうてんしそうなほど幸福こうふくだ。

 こんな地獄じごくで見つけたおおいなる幸せをこわされてたまるか!って感じなんだよ。

だからこそ、厄介事やっかいごとを持ち込んで来る可能性かのうせいがある彼女に対して警戒けいかいつよめているんだ。

とにかく話をして、少しでもその片鱗へんりんを見せたら即座そくざに作戦を開始するつもりだ。

たいした作戦じゃないから言っちゃうけど、ひたすらしらばっくれるんだ。

まだ彼女は僕の名前を知らないし、容姿ようしの情報を集めていたとしても、たようなやつ何人なんにんかいるでしょ。

最悪、「ルービスなら〇〇にいたよ。」的な感じで適当てきとうに言ってやり過ごすこともできる。

自分でもなかなか下衆げす発想はっそうをするなと思うが、今の生活を守るためならはらえられない。

この食器を片付けたら警戒けいかいモードをさらに強めて彼女との会話にのぞもう。

 こうして僕は、頭の中で彼女との会話をシミュレーションして、絶好ぜっこうのコンディションでいどもうとしていた。

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