命の恩人

 「よくえたね。もう大丈夫だよ。」

僕がこの言葉をけた途端とたん、野犬におそわれていた女性は気をうしなった。

 綺麗きれい銀色ぎんいろの長い髪をサイドでたばねている。

月明りとあいまってその銀髪ぎんぱつ尚更なおさらかがやいて見える。

顔はどろだらけだが、きめ細かい素肌すはだで色白。

身長は僕より少し低いくらいかな?せていて随分ずいぶんとまぁスタイルの良いこと。


 彼女の特徴とくちょう一先ひとまず置いといて、余程よほどめていたのだろう。

まぁ、真っ暗な森の中で野犬やけんに追い回されたらこうなるよな。

 とにかくこんな所にこの子をそのままにはしておけない。

とりあえず今の僕の住処すみかである小要塞しょうようさいに運ぶことにしよう。

こういう時ってお姫様抱ひめさまだっこの方がになりそうだけど、それだと歩きにくいのでここはおんぶで我慢がまんしてもらおう。

胸の感触かんしょく背中せなかで感じたいとかそんなスケベごころなんてない。絶対。

 ひとまず、女性の体を起こして背中に背負せおう。

「軽いなぁ。ちゃんと食べてんのかこの子。」

思わず心配になる程の体重の軽さ。

「まぁケージの中じゃ満足に食べれないか。」

食の点については、僕はかなりめぐまれている方だと思う。

この森に来る前は定期的ていきてきにヴィンさんやソニアが食料を持って来てくれたし、この森に来てからは野草やそう宝庫ほうこを発見して1人で食べていくには充分じゅうぶんぎるほどのりょう確保かくほできている。

なんなら小要塞しょうようさいの周りで栽培さいばいすることにも力を入れている。そう考えると僕はケージの中にながら結構けっこういい暮らしが出来ていると思うんだよね。ちょっとした自慢じまんだ。聞き流してくれてかまわない。

 そんな事を考えながら小要塞しょうようさいに向かってを進める。

月の位置いちおおよその時間を考慮こうりょすれば大体の方角はつかめる。

小要塞しょうようさいに近付いて行けばいずれ見慣みなれた景色も見てくるだろう。


 背中の女性を気遣きづかいながらゆっくり歩いていると、先程さきほど地面にした松明たいまつがそのままで残っていた。

結構けっこう距離きょり走ってたんだなぁ。」

この位置に来るまでにかなりの距離を歩いてきた。

あの時は夢中になって走っていたから気付かなかったけどかなり遠くまで行ってみたいだ。


 あまり急ぐような事でもないので、ゆっくり歩きながら小要塞しょうようさい目指めざす。

背中では女性が寝息ねいきを立てている。かなりおれのようだ。

すると東の空が少し明るくなっていることに気が付いた。

「長い夜だったな…」僕は心の中でそうつぶやきながら、小要塞しょうようさいを目指した。



 気が付くと私は見知みしらぬ建物たてものの中でよこになっていた。

そこには大量のわらのような物がめられ、私はその上で目を覚ました。

「ここは…?」

ゆっくりと体を起こし、周りを確認する。

古い建物だ。所々ところどころかべちており、何より虫が多い。

そこで私は昨日の事を思い出した。

「確か、私は誰かに助けられて…」

少しずつ記憶きおく鮮明せんめいになってくる。

『よくえたね。もう大丈夫だよ。』

この言葉を最後に私の記憶きおく途切とぎれていた。

ここはあの男の根城ねじろだろうか?


 私はゆっくり立ち上がろうと足に力を入れる。

しかし足に力が入らずしりもちをついてしまった。どうやら足を酷使こくししすぎたみたいだ。

それもそうか。あれだけの長距離ちょうきょりを全力で走った事は今までにない。

人間、命の危機ききひんすと思わぬ力を発揮はっきするものだ。

我ながら少し感心かんしんしていた。

すると私のしりもちつく音に気付いたのか、人の気配が段々だんだんと近付いてきた。

私も女だ。少し警戒けいかい気味ぎみにそちらの方向を見る。

「起きた?」

かべからひょこっと顔を出しながらそうたずねてきた男。

瑠璃色るりいろかみに赤いひとみ特徴的とくちょうてきな男だ。

年齢ねんれいは私と同じくらいだろうか?

とにかくおぼえのある声だ。

「えぇ。どうやら命を救っていただいたようで…ありがとうございます。」

「丸1日、目覚まさなかったから心配したよ。」

「ご心配をおかけしました。暗くてよく見えませんでしたが、確かにあなたの声を覚えています。足に力が入らないのですわったまま話すことをおゆるしください。」

「気にしないで。あ、今食べ物持ってくるからそのままゆっくり休んでてよ。」

彼はそう言うと手をひらひらとらしながら再び姿を消した。

身長は180cm程だろうか?かなり引きまったいい体格をしている。

それに野犬やけん撃退げきたいした時ののこなし、気迫きはく

相当そうとうたたかれしている。


そして、私が集めた情報と一致いっちする。

彼がルービスだ。



 さて。彼女も目覚めざめたようだし、とりあえず救出きゅうしゅつは成功ってことかな。

僕はそんなことを考えながら集めた野草やそう黒曜石こくようせきで作った包丁ほうちょうでリズミカルにきざんでいく。

あまり豪勢ごうせいな食事は出せないが、そこは勘弁かんべんしてもらおう。

メニューは野草やそうと塩で作ったスープと、野草やそうと木の実をえたサラダのような物だ。

ベジタリアンってわけではない。

ただこれが今作れる精一杯せいいっぱいのメニューなんだ。

僕だってかなうものなら肉をはらいっぱい食べたいんだ。

「もう少し落ち着いたらいのししつかまえられるわなを作ろう。そうすれば夢のお肉ライフだ。」

脳内のうない猪肉ししにくのイメージがふくらみ、思わずよだれれそうになる。

「あ、やべっ。」

急いで口元くちもとき、少し表情をととのえる。

だってこれから女性に食事出すんだよ?できるだけ「あ、かっこいい」って思われたいじゃん?

これは男のさがなんだ。許してくれ。


 少し大きめの木の板の上に、完成した料理と木を加工して作った簡易的かんいてき食器類しょっきるいせて女性のもとへと運ぶ。

「お待たせ。これくらいしか出せないけど良かったら食べて。」

「食事まで…何から何までありがとうございます。」

「いやいや、そんなにたいした物じゃないから気にせず食べてよ。」

「はい。いただきます。」

そう言うと女性はゆっくりとスープを口に流していく。

なんと言うか…一つ一つの動きと言うか、所作しょさ?がすごひんを感じさせると言うか…思わず見とれるほどの動きだった。

「あの…何か?」

「い、いえ!何でもないです!」

危ない危ない。僕にはソニアと言う心に決めた人がいるんだ。これじゃ誰にでもれるいやしいやつだと思われてしまう。

「食べ終わったら食器とかそのままにしておいていいから。」

「あなたは食べないのですか?」

「僕はさっき軽く済ませたんだ。だから気にしないでゆっくり食べてて。」

「ありがとうございます。」

「それじゃ僕は外で作業してるから、何かあったら呼んでね。」

「はい。」

彼女の返事を確認して、僕は小要塞しょうようさいの外に出た。

 特段とくだん急いでやることはないのだが、一緒にいると何か調子ちょうしくるうので、とりあえず外に出たと言う感じだ。

「さて、ためしに猪用いのししようわなでも作ってみようかな。」

客人きゃくじんがいる手前てまえ、ぐうたら昼寝ひるねしているわけにもいかないので、とりあえずと言う感じでわな製作せいさくに取りかろうとした時。

「あ…。」僕は重大な事を思い出した。

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