第126話 脳筋だけじゃ進めない

 チャラ男の正体に気が付いた瞬間、その手が彩音あやねに触れていたことがどうしようもなく不快に思えた。

 姉を傷つけた後、軽々しく妹に触れるものだろうか。彼には理解できない行動である。


「2人とも、ここで待ってて」

「お兄、行くなよ」

「それは出来ない。何かあってからじゃ手遅れなんだから」

「お姉を選べば、あんな奴知ったことじゃ……」

「分からないくせに言わないで」


 あまりに否定されすぎて、つい言葉が強くなってしまった。でも、それだけ胸がちくりとしたのだ。

 莉斗はきっと誰よりも彩音の色んな顔を知っている。ミクとのように時間の積み重ねが無い分、短い間に色んな自分をアピールしてくれた。

 彼女がそれだけ自分をさらけ出してもらっておいて、莉斗が助けたいという気持ちを抑え込む理由はどこにもない。


「ごめん。でも、ここで逃げたらミクを選ぶ選択肢も消えちゃうから」

「ど、どういう意味だよ」

「大事にしたい人すら見捨てる人間に、愛を語る資格なんてないってことだよ」


 莉斗は2人の体をギュッと抱きしめた後、ポンポンと頭を撫でてから彩音の方へと走り出した。


「彩音さん!」

「え、莉斗君?!」


 彼はすぐに男と彩音の間に割り込むと、彼女を連れて少し後ずさる。

 不思議そうに首を傾げた男だったが、やがて状況を理解したようにニヤリと笑いながら頷いた。


「彩音ちゃん、彼氏はいないって言ってなかった?」

「彼氏じゃないですよ。今のところは」

「ってことは、彼氏面してるだけってことか」


 男はそう言いながら近づいて来ると、莉斗を引き離そうとしてくる。それでも彼は彩音を離さず、必死に抵抗し続けた。


「莉斗君、どうしたの?」

「彩音さん、こいつは悪いやつだよ!」

「証拠もないのにそんなこと言ったらダメだよ」

「で、でも……」


 確かに、よく考えてみれば言葉だけで判断したせいで、証拠になりそうなものは何一つ持っていない。

 ここでシラを切られてしまえば、悪者になるのは自分の方だ。それでは、彼女を守るなんて出来ないではないか。


「証拠、無いんでしょ?」

「う、うん……」

「じゃあ離して」


 内心は嫌だったが、彩音の目を見るとスっと力が抜けて渋々離してしまう。

 それを見た男は「信じてくれてありがとう」なんて言って彼女の肩に触れ―――――――――――。


 ペチッ


 ―――――――――られなかった。

 だって、彩音の右手が彼の左頬を思いっきり叩いたから。それはもう、見ているだけでスッキリするほどの勢いで。


「莉斗君、攻撃するなら証拠がなくちゃ……ね?」


 彼女がそう言いながら見せたスマホの画面には、汐音しのんから相談されたメッセージが映し出されていた。


「そのために今日、こいつを呼び出したんだから」

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