第115話 涙はナイフよりも鋭し
「お姉さん、見ちゃったんだけどなぁ〜♪」
そう言って
「ど、どうして……」
「道を歩いてたら可愛い子がいるなって見てたんだけど、よく見たら知ってる顔だったからさ?」
「違うんです! これは妹に無理矢理……」
「それ、言い訳にしては弱くなーい?」
「本当なんですよ!」
莉斗だって分かっている。兄が妹の言いなりになっているなんて、普通に考えてありえないということくらい。
それでも、事実は受け入れられずに汐音は彼を見ながらニヤリと口元を歪めた。
「趣味なら仕方ないけど、もし他の人に知られたらまずいじゃんね〜?」
「な、何が目的ですか……」
「しののん、人気だからお金には困らないんだよね。顔だって可愛いし、背は高くなりたかったけど低いおかげで売れてるから文句はないの」
「……?」
「私には手に入らないものが無いってこと。今求めてるたったひとつのものを除いてね」
彼女は突き立てた人差し指をそのままこちらへと向ける。莉斗は後ろを振り返ってみるが、あるのは机と窓だけ。
まさかと思って視線を前に戻した瞬間、小さな体が飛びつくように襲いかかってきた。
「しののんは莉斗くんの憧れって言ってたじゃん? なら、別に舐めても問題ないよね〜?」
「ど、どうしちゃったんですか?!」
「君の耳を舐めてから、少しずつダミーヘッドじゃ満足できなくなってきたの。気持ちよさそうにしてくれるのが堪らなくて……」
「それなら他の人に頼んでください!」
彼がそう言って汐音を押しのけようとした瞬間、彼女は「頼んだよ!」と大きな声を上げる。
そこにはこれまで我慢してきた分の
「撮影を手伝ってって友達に頼んで、ついでにちょっと耳を気持ちよくしてあげて。そしたら向こうから押し倒してきた」
「……え?」
「『ASMR上げてるからそういうことに興味あるんだろ』って。違う、私はみんなを癒したいだけ」
「汐音さん……」
「ぶん殴って逃げてやった。でも、追いかけてきて……怖くて……」
『怖い』という言葉に彼が距離を取ろうとすると、彼女は腕を掴んで引き止めてくる。
男に襲われて怖がっているはずなのに、どうして自分にこんなことをするのかが分からなかった。
「でも、莉斗くんはされるがままだった。だから怖くないの、安心できるの」
「そ、そんなこと言われても……」
「もう一回だけでいいから。アヤちゃんには内緒で舐めさせて? それで諦めるから」
突きつけられた脅し道具なんかよりも、うるうるとした瞳の方が何倍も辛い。
莉斗はダメだとわかっていながらも、渋々汐音の頼みを受け入れてしまうのであった。
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