Episode-Sub1-7 第三の刺客


 拝啓 カルラさん



 お元気でしょうか。


 カルラさんがいろいろと手を回して、送り出してくれたおかげでとても快適な旅路を送ることができました。


 俺の快適な時間はそこまででした。


 フレア様、シスターにとどまらずなぜかリオン団長たちもいます。


 きっと団長とマドカがいなくなっていててんやわんやしている頃でしょう。


 負けないでください、カルラさん。くじけないでください、カルラさん。


 俺が無事に王都まで戻れたら、一緒に飲みに行きましょう。


 きっとこの愚痴は俺たちじゃないと分かり合えないから。


 ちなみに、母の去り際の一言は「ベッド壊しちゃダメよ」でした。


 助けてください。






 ……さて、最悪な空気から目をそらして同じ被害者であるカルラさんに送る手紙の内容を考えていたが、そろそろ現実に帰ってこよう。


 抜けた父さんたちの席に団長とマドカが入れ替わる形で座っている・


 リオン団長は警戒心マックスになった小動物みたいな表情をし、マドカは目を閉じて怖いくらい落ち着いている。


 フレア様は作られた笑顔を貼り付け、シスターはあわあわと乳とアホ毛を揺らしている。


 俺? そんなもんうつむいてるに決まってるだろ。


 ずっと早くこの地獄が終わらねぇかなって無言貫いてるよ。


 なんで? 俺、別に浮気も何もしてないよ?


 なんなら誰とも付き合ってないし、突き合ってないんだけど。


 なのに、どうしてこんな浮気現場を見られたクズ男みたいな立ち位置にいるんだろうか。


 カチカチと古びた時計の針が時を刻む音がやけに響く。


 重苦しい沈黙を切り裂いたのは、我らが聖女様だった。


「……リオン団長、どうしてここに? あなたは業務があるでしょう?」


「い、いえ、私も久々に休暇が欲しいな~と」


「あなたから長期休暇の旨、私は事前に聞きつけていませんが」


「そ、それはちょうど聖女様もいなかったので……直接ここに伺いに来ました」


「おかしいですね? 私は誰にも行先を告げていません。なのに、なぜここだと?」


「そ、それは……」


 口ごもるリオン団長。


 それもそうだ。彼女は嘘をついているのが誰にだってわかるから。


 聖女様にお休みをうかがいに来た人の台詞が、俺の両親への自己紹介はおかしい。


「それに第六番団団長としての業務はどうしたのです?」 


「カ、カルラ団員に任せてきました。彼女の成長のためになると思って……」


 カルラさんは一回キレていいと思う。


「成長? それならばなおさら、あなたがそばにいたほうが良いでしょう。カルラ団員はまだ勉強中の身です。放任主義はあまりよろしくないと思いますが……」


「ぐ、ぐぬぬ……」


 悔し気な表情でフレア様を見つめる団長。


 しかし、ここまで無言を貫いていたマドカが口を開いた。


「いえ、重要な書類はすでに処理を済ませており、カルラ先輩一人でも対応できる仕事ばかりを残してきました。そちらに関しては問題ありません」


「そうでしたか」


 俺は自分の後輩が怖い。


 涼しい顔して、堂々と最高責任者に嘘をペラペラと垂れ流せる後輩が怖いっ……!


 だって、隣の団長が「えっ、そうなの!?」みたいな反応してるもん。


 あれではせっかくのマドカのフォローもバレバレである。


 ある意味、リオン団長らしくてほっこりするのだが。


「だとしても、あなたたちがここにいる理由にはなりませんね」


「そ、そういう聖女様はどうしてこちらに?」


「簡単な話です。私の騎士との婚約を認めてもらおうとご両親に挨拶に来ました」


「……ふぇ?」


 あっ、団長が固まった。


「ちなみに、こちらのシスター・ライラは第二夫人になる予定です」


「だ、だだだ第二夫人!?」


「しょ、しょうでしゅ! だ、第二夫人のライラです……う、うぅ……!」


「……ちょっとお待ちください、聖女様。それはもちろんルーガ先輩も同意してのことですよね」


 うちの後輩が怖いもの知らずな件。


「ええ、もちろんですとも」


 そして、平然と嘘を突き通そうとするフレア様も怖い。


 ふぇぇぇ、周りの女の子みんな怖いよ……。


「そうなんですか、ルーガ――」


「――私の騎士」


 冷静なマドカによる事実追及を遮るようにフレア様は声を被せる。


 彼女の持つ独特の圧と凛と透き通る声質だからこそ、誰にも負けずにいちばんを主張できる。


「【しばらく外で待っていてください】」


「わかりました」


 そして、この【加護】を使ったコンボである。


 意思に反して体が勝手に動いて、ドアへと向かっていく。


 すまん、マドカ。情けない俺を許してくれ。


 いっそのこと、このまま王都まで走り抜けようか。


「――ああ、くれぐれも町の外へは逃げようと思わないように」


 ぴえっ……!


「でないと、王都でもっとすごいお仕置きが待っていますからね。ふふふ……」


「も、もちろんですよ。ちょっと昔馴染みにあいさつ回りしてきますね」


 そう言うと、俺はテーブルに背を向ける。


 さっきからチラチラと「私を置いていかないでください」と涙目で訴えかけてくるシスターの視線を振り切って、家の外に駆け出した。


 そう、これはフレア様の【加護】のせいだから。


 決して抜け出せてラッキーだなんて考えてないんだから!







 少しばかり移動した先にある川辺。


 子供の頃、よく遊んでいたこの場所に座り込みながら俺は石を適当に投げ込んでいた。


 現実逃避である。


「はぁ……どうすればいいんだ、俺は」


 せっかく腰を据えて自分の進退について考えようと思っていたのに、このままでは王都にいた頃よりも忙しない日々を過ごすはめになるだろう。


 毎日振り回される自分が容易に浮かぶ。


「おかしい……こんなはずじゃなかったのに……」


「ちょいと、そこの浮かない顔したお兄さん」


「……えっ?」


 ヒラリと視界に入った桃色の毛先。


 見覚えのある髪色と思い出に残っている軽やかな音色のような声。


 俺に声をかけた少女は隣に腰を下ろすと、胸元まで伸びた髪をクルクルと弄る。


 すぐ自分の髪を弄るクセ……ま、間違いない!


「頼りになる幼馴染が相談に乗ってあげましょうか……なんてね」


「ウ、ウルハ!?」


「やっほ。久しぶり、ルルくん」


 そう言って、昔馴染みの彼女は笑みを浮かべた。







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