Episode2-Extra ああっ【お金玉公】……!
「汝、夫におしゃぶりをプレゼントしなさい。さすれば欲望が解放され、より仲は深まるでしょう」
「あ、ありがとうございます! さっそく買いに行こうと思います!」
相談者のうら若き人妻さんはそう言って懺悔室を出た。
「今日もたくさんの悩みを解決できましたね」
私はシスター・ライラ。
聖騎士隊が所有する大聖堂で働く者です。
信者のみなさまのご要望もあり、ありがたいことに相談担当の時間が増えました。
人々から求めてもらえるのは、私が力になれていると実感できてうれしく思います。
やはり【お金玉公】との出会いは私にとって転換点だったのでしょう。
お仕事の関係で遠い地へと出かけていらっしゃるみたいですが……あら、新しい方が来ましたね。
ギィィッとドアが開く音を聞いて、チラリと置かれた時計を見る。
ちょうどいい頃合いです。
このお方の悩みを解決して、本日は終わりにしましょう。
「ようこそいらっしゃいました」
「……シスター。罪深き私の懺悔を聞いてくださいませんか?」
「もちろんですよ、悩める子羊よ。気持ちが軽くなるのであれば、悩みを私に吐き出してください」
「本当にどんなことでも大丈夫ですか?」
「もちろんです。私は聞き入れます」
「ありがとうございます。……事の始まりは一人の大切な部下との出会いからでした」
ポツリポツリと語り始める女性。その声音は重い。
「実はその部下に私は恋をしてしまいました。しかし、これまで通り適切な距離感を大事にしようと思っていたんです」
「なるほど……」
「ですが、あ、赤ちゃんプレイやしゃ、しゃせ……管理をするまでに至りまして……」
「なるほ……え?」
あれ……? どこかで聞いたことがあるような……。
「今まで我慢してきたんですけど一度味わっちゃうと、自制できずに部下を襲いたくなってしまうんです。どうか卑しい私を叱ってくださいませんか……!?」
「……悩める子羊よ。一つ、私から聞きたいことがあります」
「な、なんでしょう?」
「部下の方とどういう経緯で、そ、その……しゃせ……管理を?」
「その……私の夢を見て夢精をしたという告白を受けまして」
「……そうですか」
……じょじょじょ上司様!?
この方、間違いなく【お金玉公】の上司様ですわ!
どどどどうしましょう?
もしかして、今から私は尊敬する【お金玉公】との情事を聞くことになるのでは!?
「シスター? どうかされましたか?」
「はっ!? い、いえ、すみません。少しばかり取り乱してしまいまして」
とにかく今は上司様のお話に集中しましょう。
ええっと、確か【お金玉公】を襲いたくなる自分を戒めてほしいとのことでしたね。
…………。
「……我慢すればいいのでは?」
「身も蓋もない!?」
「相談者様はもしかしてとんでもない変態ですか?」
「違います! ……って言いたいですけど、否定はできません……!」
やはり変態なのですね……。
【お金玉公】が苦労される理由が少し理解できましたわ。
ですが、私が聞いていたお話ではお二人は仲が良く、両思いのように感じられました。
別に我慢をする必要は感じられないのですが……まさか毎日
「相談者様は部下の方と恋仲の関係ではないのですか?」
「こ、告白はしていませんから、恋人ではないと思います」
「赤ちゃんプレイやしゃせ……管理はしているのに?」
「ご、ごめんなさい! 断られるのが怖くて……」
安心してください。おそらく【お金玉公】もあなたのことが好きですよ……と言えたら楽なのですが……。
やはりここは上司様に覚悟を決めてもらうのがいちばん。
私はお二人に前進してもらいたい。その背中を一押ししなければ。
「事情はわかりました。……とはいえ、これは私が言うまでもありませんね。聞いていただけますか、悩める子羊よ」
「……わかっています。どんな言葉も受け入れるつもりです」
「ふふっ。本当に簡単なことですよ。――汝、自分の気持ちを素直に伝えなさい」
「気持ちを素直に……」
「はい。勇気を持って前に進むことが大切です。思い出してください。部下の方と築き上げてきた思い出の数々を」
「思い出を……」
赤ちゃんプレイ。夢精の告白。しゃ、しゃせ……管理。
もうあなた方の間には普通の恋人同士よりもはるかに強固な絆ができているのです。
好きでもない人と赤ちゃんプレイをしますか?
夢精を告白しますか?
「大丈夫。あなたの想いをきっと受け止めてくださいますよ」
「……ありがとうございます、シスター。相談に来てよかったです」
「進むべき道は見えましたか?」
「はい!」
ここに懺悔しに来た時とは打って変わって迷いが吹っ切れたいい返事。
ふふっ。【お金玉公】がここに来られた際にお二人がどんな関係になったのか、聞くのがとても楽しみに――
「――私、我慢せずに誘ってみます!!」
「上司様!?」
「よ、よし! うまいこと手を回して2回目のチャレンジを……! 失礼しました!」
「ま、待ってください!? 素直になれとはそっちではなく……あぁ、行ってしまった」
慌てて扉を開けるもののすでに上司様の姿はなく、私の手は所在無さげに伸ばされただけだった。
あぁ【お金玉公】……! 申し訳ありません!
あの様子では間違いなく2回では終わらないでしょう。
私はとんでもない怪物を解き放ってしまったかもしれません。
「どうかご無事で……」
「シスター・ライラ!」
十字架を握り、祈りをささげていた私のもとへ駆け寄ってくる修道服の女性。
息を荒くした同僚に首を傾げつつ、背中をさすった。
「落ち着いてください、シスター・ヘレン。どうかなさいましたか?」
「ええ! それがね! あなたに聖女様からお手紙が届いているの!」
「聖女様から……?」
「そうよ! あなたが【剣舞祭】に同行するシスターとして選ばれたのよ!」
興奮している彼女から少しばかりよれた紙を受け取る。
目を通せば【剣舞祭】が開かれる聖騎士養成学園に聖女様と同行し、若き少年少女たちの悩みを解決する手助けをしてほしい旨が記されていた。
毎年シスターの中から代表で一人を送り出しているが、今回は私が選出されたわけだ。
「なるほど。選んでいただけたからには全力を尽くさなければなりませんね」
「あ~あ、いいな~。私も一緒に行きたかった~」
「どうしてですか? 養成学園でもすることは変わりませんよ?」
「違うわよ。今回の同行者の中にすっごい有望株がいるの。聖騎士隊に入ってわずか半年も経たずに魔王軍の幹部を倒したすごい人なんだから!」
「あぁ、そういえば小耳にはさんだことがあります」
「もうっ、本当にそういうのに興味がないわよね~。でも、きっと見たらライラだって気に入るはずだわ。イケメンで若くて優しいって評判なのよ、ルーガ・アルディカ様!」
「はぁ……」
恋する乙女スイッチが入ってしまった彼女はそれからツラツラと件の聖騎士様の魅力を語り始める。
しかし、【お金玉公】のことで頭がいっぱいだった私はそれを右から左へと受け流していた。
すみません、【お金玉公】。上司様の欲望を解放したのみならず、私もしばらく離れるので話を聞くことができないかもしれません。
「どうかご無事でいてくださいませ……」
願わくば養成学園へ出向くまでにあなた様が帰ってきますように。
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