Episode2-19 約束 

 レクセラを倒した後、俺を待ち構えていたのは地下にいた一部のサキュバスたちだった。


「レクセラ様の仇!」


「おのれっ! 変態が調子に乗るな!」


「童貞で変態という罪深き奴の首を討ち取れ!」


「ふっ……俺を倒したければ特級巨乳でも連れてくるべきだったな! 『万乳回避圏ニュー・ワールド』!」


「「「きゃぁぁぁっ!?」」」


 回避したうえでサキュバス同士をぶつけ、最低限の体力消費で乗り切る。


 レクセラの異常事態に気づいた彼女たちとの連戦に次ぐ連戦はさすがに堪えたが、もとより戦闘能力は高くない種族。


 時間はかかったけれど、制圧には成功。


「あとは大聖堂にいる聖女様のもとまでこいつを届ければ、っと」


 討伐の証拠としてレクセラの死体を布に包んで担いだ俺はなんとかミューさんたちのいる宿屋までたどり着いた。


 コンコンと扉をノックする。


 すると、勢いよく開かれ、中からミューさんが飛び出してきた。


「ミ、ミューさん!?」


「……心配しておりました……」


「……ごめんね。ちょっといろいろあってさ」


 布(レクセラ)を床に落とし、右手で彼女の頭を撫でる。


 左腕は魔法の影響で未だ動かないままなのだ。


「このお怪我もいろいろの影響でございますか?」


「うん。でも、安心して。ちゃんとできる限りの対応はしてあるから。あとは大聖堂で治療すれば治ると思う」


「それでも、でございます。大切な人が傷ついて悲しまぬ人間はいません」


 さっきよりもずっとずっと強く抱きしめられる。


 ……なるほど。密着されたら改めて実感できるな。


 彼女の温かみを。


「ミューさん……その」


「…………」


「……当たっています」


「当ててるんです」


 どうしよう。全力で離れたくなってきた。


 しかし、彼女が俺を心配している気持ちも本物なので良心との板挟みになる。


 どうせ挟まれるならおっぱいが良かった。


「ふふっ、冗談はこの辺にしておきます。ことは急ぎますから」


「ミューさんが良識ある人で良かったです。では、大聖堂へ向かいましょうか」


「……いいえ、私はついていけません」


 そっと俺から離れた彼女は目を伏せて頭を振る。


 その仕草に何か特別な事情があるのだと、すぐに察した。


「遠慮しなくていいんですよ? ミューさんにもきっと褒賞が与えられますから」


「お優しい人。ですが、これは私も譲れません。……本当ならあなた様の前にも姿を現すつもりはありませんでした」


「…………」


「私はこの体になる前、とある罪を犯しました。今の姿もある意味、罪から逃げようとした結果でもあります」


 彼女は手慣れた手つきで捕えていたサキュバスのシュレムを布でくるんで縛り上げた。


 ただ普通に生きてきた人間ならば、あそこまで手際よく拘束は出来ない。


「いつかルーガさんと対等に。あなたの隣とは言いません。そばに居てもいいと思われる人間になれたら、その時は……」


 ミューさんは自分の服の袖をぎゅっと握りしめる。


 そのつぶらな瞳にはキラリと光るものが見えた。


「その時は……あなたからご褒美をいただいてもいいでしょうか?」


 健気に笑顔で見送ろうとしてくれるミューさん。


 どんな言葉をかけたとしても……きっと彼女の決意は変わらない。


 ならば、俺がしてあげられる最大限のことはなにか。


 考えた。考えて、直視を避けていた事実へと自ら踏み込む。


「ミューさん。さよならは言いません。俺は必ずまたあなたと会えると信じています」


「……その言葉だけで私は救われ」


「だから、その時までに必ず!」






「俺は【剣聖】になって、二刀流・・・も扱えるように努力します!!」





「……ダメではありませんか、ルーガさん。そんなことを言われては……言われ、て、は……せっかく笑顔で、あなたを……うっ……うぁぁ……」


 俺が最後に見た顔はミューさんの笑顔だ。


 レクセラとシュレムを抱えて、彼女に背を向ける。


 だから、今聞こえている嗚咽も、鼻をすする音も、きっと俺の空耳だ。


「それではミューさん。また会いましょう」


「ええ……ええ……! 必ず、もう一度……!」


 彼女の返事を聞いた俺はサムズアップをして、そっと部屋を後にした。



 

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 



 ルーガくんが風俗街へ調査に出かけてからどれだけの時間が経っただろうか。


 わかってはいたけど寂しい。


 どこか上の空になってしまい、仕事にもあまり集中できない。


「はぁ……」


「リオン団長、またため息ついてますよ」


「えっ!? あはは、ごめんね」


「ルーガ先輩が気になる気持ちはよくわかりますが仕事はちゃんとしてくださいね。団長はみなの見本となる存在なのですから」


「はぁい……」


 うぅ……マドカちゃんにまで怒られちゃった。


 でも、私は知っている。


『全然気にしてませんよ』みたいなすまし顔をしている彼女がこっそりルーガくんの部屋に忍び込んでいることを。


 なんなら執務中に着ている袖を余らせたシャツも彼のものである事実も。


 完全な窃盗である。


 誰も指摘しないのはマドカちゃんが彼に懐いているのと、最年少ながら代役として日ごろから頑張っているからだ。


 本当は私も真似したい。


 ルーガくんの匂いがするシャツに身を包まれて、このぽっかりと空いた穴を埋めたい。


 だけど、その一線を越えてしまうと自制が効かなくなってしまう気がする。


 ルーガくんもサキュバスたちの誘惑に耐えて童貞を守ってくれているはず。


 なのに、私だけ欲望のままに行動するわけにはいかない。


 そ、それに……ルーガくんが帰ってきたら私がか、管理をして……えへ、えへへっ。


「えへへへへっ……」


「リオン団長。淑女がしてはいけない表情になっています」


「ふぇっ!? ご、ごめん……そんなひどい顔してた?」


「頬も目じりも、すべてがとろけていましたね」


 そ、それは大変だ。第六番団の長として誰にも見せられない。


 パンパンと叩いて、気合を入れ直す。


 大丈夫。ルーガくんは無事に帰ってくる。


 部下を信頼しない団長がどこにいますか。


 執務室で仕事をこなしながら、彼がここに報告に来るまで優雅に待っておけばいいのです。


「マドカちゃん。次の報告書を……マドカちゃん?」


 立ち上がって固まった彼女はその視線を私ではなく別の方向へと向けていた。


 そして、ポツリと漏らす。


「……ルーガ先輩?」


 彼女は何を感じ取ったのだろう。ちょっと怖い。


 いやいや、まさかね。


 でも、彼女が見つめている先には確かに玄関がある。


 ……え? 本当に?


 そんなことを考えていると、バンと執務室の扉が開けられた。


 入ってきたのは大きく肩を上下させるカルラちゃん。


 彼女は呼吸を整えないまま、とある言葉を口にする。


 その瞬間、私はいってもたってもいられず飛び出していた。


 みんなの視線など気にもせず、ただ全力で玄関口へと駆け抜ける。


 たどり着くと、そこには彼の姿があった。


 彼は驚いた表情をしてから、照れたように笑みを浮かべる。






「――ただいま、です」






「ルーガくんっ!!」


 私は愛おしい大切な人のもとへと飛び込んだ。








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