Episode2-16 ワンランク上のおっぱい力

 事件は買い物を終え、店を出た直後に起きた。


「きゃぁぁっ! 誰か助けて!」


「ヘヘっ! 大人しくしていればいいんだよ!」


「オレたちに抱かれていればなぁ!」


 人通りは少ないとはいえ、こんな明るい時間帯から暴行とはとち狂った男二人衆だ。


 いや、それもサキュバスが無意識に醸し出すフェロモンのせいなのだろうか。


 腕を掴まれ、裏路地へ連れていかれようとしている女性は抵抗するも男二人の力には敵わない。


 俺は荷物を放り出すと、間に体を割り込ませた。


「おっと、おっさんたち。女の子が嫌がってるだろ? ここらで引いてくれや」


「あぁっ!? なんだ、てめぇ?」


「ここは風俗街だぞ! 男の相手するのは接客として当然だろうが!」


「無理やりはダメだろ。どうみてもこの子は怖がっている。どっちが悪いかはすぐにわかると思うんだが……」


「ごちゃごちゃうるせぇぞ、クソガキ!」


「礼儀ってもんを叩き込んでやる!」


 額に青筋浮かばせて殴りかかってくる野郎ども。


 それぞれの手首を握りしめてパンチを防ぐと、そのままグッと力を加える。


「ぐおっ!?」


「い、いててててっ!」


「……これでわかってくれたらお互いに得だと思わないか?」


 そう提案すると男たちはあっさりと首を縦に振る。


 解放してやると一目散に逃げ去っていった。


 ……強姦しようとしていた割には偉く物分かりがいいな。


「あ、あの! ありがとうございます……助けていただいて!」


「ああ、気にすんな。こういうのには慣れっこなんだよ」


「よ、よかったらお礼をさせてくれませんか? わ、私、ある店の受付嬢をしていて、色々と融通が利きますので!」


 ぺこぺこと頭を下げる彼女。


 ……あの男たちといい、これは新しい客引きにでも引っかかったかもしれない。


 王都でも何度か現場を取り押さえているが、その犯人たちみたいな過激さと執着心がさっきの奴らには見受けられなかった。


「あ、あの……ダメでしょうか?」


「……ああ、すまねぇ。俺はいま用事があって……」


「お願いします! 少しだけでいいので! 私についてきてください!」


 そう言って彼女はすがるように正面から抱きついてくる。


 その瞬間、直感が体を突き抜けた。


 この子のおっぱい……今までの嬢とはレベルが違う!?


 質感、張り、形、大きさ……全てにおいて1ランク以上も上回っているだと……!?


 もちろん、これは胸を押し付けられている胸板が感じ取った根拠のない推測だ。


 しかし、刻み込まれた経験が脳へと直接訴えかけてくる。


 このおっぱいは確実に洗練され、磨き上げられた美のおっぱい。


 団長クラスでなければ喜ばなくなっていた肉体が歓喜の声を挙げている。


 思わず彼女へと顔を向けてしまう。


「……どうですか? わかっていただけましたか?」


 さっきまでのオドオドした姿ではなく、えさを捉えた捕食者の顔つきをしている。


 この子もまたサキュバスなのだ。


 それもかなりレベルの高い個体。


「お礼がしたいので、ぜひ来てくださいませんか? レクセラ様が経営されるお店に」


 探し求めていた人物の名前に思わず反応しかけてしまう。


 いや、我慢しても無駄か。もう間違いなく俺の存在はバレている。


 これで聖騎士隊に裏切者がいることは確定した。


 どうしてレクセラが接触を図っているのかは想像できないが、一方的に処分されなかったのはラッキーだったな。


 とはいえ、こんなチャンスはなかなか転がり込んでこない。


 罠と分かっても飛び込むべきか。無理にでも一旦退いて立て直すか。


「き・て・く・だ・さ・い」


「わかった。案内してくれ」


「はーい。一名様、ごあんな~いっ」


 ……はっ!? 気が付けば口が勝手に返事をしていた。


 くそっ……! サキュバスめ……いつのまに魔法を使っていたんだ!


 決して腕を挟むおっぱいにやられたわけじゃない。


 なぜならば、俺は栄えある聖『むにゅっ』騎士だ。心を清めて『むにむにっ』魔族に立ち向かう誇り『むぎゅ~っ』高き戦士。


 おっぱいに屈するほど軟な精神はして『ふにゅふにゅっ』柔らかな美乳の感触が気持ちよくて思考がまとまらないっ……!


 ここまで自分の身体ぶきを使って、俺の思考を阻むとは……恐ろしい種族だ、淫夢魔族サキュバス


 それからも俺は腕に抱き着いている彼女の策略によってまともな作戦を立てることもできず、連れていかれる。


 川に流れる水のごとく逆らえなかった俺が地下通路を使用し、案内されたのは金で縁取りされた扉の前だった。


「この奥にレクセラ様がいます。決して失礼のないように」


 それでは、と告げて俺を釣り上げる餌役だった彼女は光のない闇へと姿を消した。


「……ここまで来たんだ。行くしかないな」


 元々レクセラとは一戦交える予定だったんだ。


 一気に近道できたと考えれば悪くはない。


 ただ最後にミューさんに挨拶はしておきたかったが……いや、よそう。


 帰ってまた宿屋で待つ彼女に「ただいま」を言うんだ。


 ミューさんだけじゃない。


 リオン団長、カルラさん、マドカ、聖女様に第六番団のみんなが俺の生還を信じている。


 腰の革鞘に収納された短剣に触れて、気持ちを切り替える。


「……どんな相手でも負けない」


 扉を押し開ける。


 そこは部屋と呼ぶには広すぎた。


 大広間と説明したほうが正しい大きく開けた空間。


 紫色の光が激しく降り注ぎ、眩しさを覚えさせる。


 思わず鼻をつまみたくなるほど強いお香の匂いが充満している。


 人間が過ごすには辛いが、玉座に座る主は全く気にした様子はない。


 服と形容しがたいほどに肌を晒した格好で、本当に大切な局部しか隠されていない。


 少しでも動けばズレるのではないかと考えてしまうレベルだ。


 なぜなら、奴もまた例に漏れず巨乳……いや、爆乳だからだ。


 くっ……! 鍛え上げられた俺の直感が警報を鳴らしている。


 あれは間違いなくリオン団長に匹敵するおっぱいだ……ごくっ。


「若い子はおじさんと違ってみずみずしくていいわねぇ……」


 しかし、彼女は『恥ずかしい』感情がないと言わんばかりに、堂々としている。


 己の美に最大限の自信を持っている女王。


 鳥の羽でできた扇子で口元を隠し、レクセラはこちらへと視線を向けた。


「ようこそ、私の城へ。可愛い部下がお世話になったみたいね、坊や」


「あいにくだが、もう坊やと呼ばれる年齢じゃないな」


「おお、怖い怖い。その鋭い目つき……いいわぁ。ますます気に入っちゃった」


 モジモジと身をよじるレクセラ。恍惚とした表情で、頬は上気している。


 なんだ……? まるで恋する乙女みたいな反応じゃないか。


「写真よりも実物の方が何倍もイケメンね。早く泣きわめかせて、ぐちゃぐちゃに汚してあげたい」


 違った。メーターの上限を振り切った変態だった。


 流石はサキュバスの女王。初対面から全開だ。


「俺の正体はもう突き止めているんだろう?」


「ええ、もちろん。聖騎士なのよね、あなた。それもかなり腕の立つ」


「えらく詳しいじゃないか。誰から聞いたのか教えてもらいたい」


「あらあら。殺気立っちゃって……よっぽど裏切者が許せないみたいね」


「当然だ。そいつのせいで数多くの人間が犠牲になっている。許せるわけがない」


 だが、もっと許せない存在はお前だ、レクセラ。


 罪もない人間を魔法を使って、私利私欲のためだけに命を奪い続けた。


「でも、私たちのおかげで普通に生活していたら絶対に味わえない快楽を知れたのよ? 感謝してほしいくらいだわ」


「結局は魔族か。やはり俺たちの価値観は交わらないな」


「えぇ~。私はもっとあなたと話したいわ。お話して、お酒で盛り上がって、最後の一滴まで絞りつくしてあげる。こ~んな風に」


 チロチロと自分の指をなまめかしく舐めるレクセラ。


 他の男ならばそれで勃つかもしれないが、俺は童貞なのにスケベな経験は数多く積んであるスーパー童貞。


 おっぱいを押し付けられない限り、俺は我慢できる。


「ふっ……そんな誘惑なんて通用しないぜ」


「その言葉……戦った後でも言えたらいいわね?」


「そっちこそ、いつまで余裕を保っていられるかな?」


 もうこれ以上の会話はいらない。


 お互いの要求が通らないなら、無理にでもわからせるだけ。力ずくで体に叩き込むまでだ。


 短剣を抜くと、左手へと突き刺す。


 満たされていく血液。代価を得た【加護】は俺へと力を与えてくれる。



BLOODYブラッディ CHARGEチャージ!!』



 ――充填完了。



「今ここに邪悪を打ち砕く正義の鎧を召喚する! 【黒鎧血装】!」



 黒の閃光が短剣から放たれて、全身を包み込む。


 短剣を中心に形成されていく漆黒の鎧。


 腕から剣を抜き、左腕で光を薙ぎ払えば敵へとその姿をあらわにする。


「せっかくの顔が隠れちゃって台無し。私は強い男が情けなく快楽に溺れる表情が見たいのに……」


 レクセラは立ち上がる素振りすら見せず、自分が上位者である姿勢を崩さない。


「そのご自慢の鎧……粉々に砕いてあげるわ!」


「お前の野望……俺の聖剣が切り裂く!」

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