Episode2-14 ゴールド・ボール

「首謀者は誰だ? どいつが指揮を執っている?」


「魔王軍の幹部でっ……淫夢魔族のレクセラ様ぁ……!」


「そいつは何の目的でここまでやってきた?」


「わかりませんんん! ただ男の精気を集めるように言われててぇ!」


「俺の正体がわかるか?」


「い、いいえ! ただ聖騎士ねずみが混じっているので排除しろとレクセラ様がっ……あぁ……頭がおかしくっ、な……る……」


 最後にビクリと大きく体をのけぞらせて、彼女は意識を絶った。


 我慢できずに気絶してしまったか……。


 しかし、彼女は重大な情報を喋ってくれた。


「精気を集めて、なにを起こすつもりだ……?」


 同じ種族とはいえ末端まで情報を周知させているのは、それだけ奴らにとって重要なことなんだろう。


 風俗街ができてからずいぶんな期間が経っている。


 早急に手を打つ必要性が出てきた。


 ……そろそろ本格的に単身でレクセラとかいう首領ボスと戦う選択を取らねばな。


「ルーガさん。これからどうしますか?」


 ツンツンとシュレムを突き、意識がないのを確認しているミューさん。


 彼女の的確な攻めがあったからシュレムは我慢できずに情報を吐いた。


 聖女様に報告して彼女にも報酬を与えられないか相談しないとな。


「シュレムを連れて宿泊している宿屋に戻る。ミューさんには彼女をそこまで連れて行ってもらいたい」


 使用している宿屋は聖騎士隊がひいきにしている。


 俺が利用している理由も融通が利く利便性からだ。


 ミューさんが気絶している女を抱えてやってきても、俺の名前を出せば問題はないだろう。


「一応、これを渡しておく。俺のサインと二人を部屋まで通す旨を書いてある。もちろん他言しない取り付けも」


「承知しました。ですが、どうやって外まで出ますか? どうしてもルーガさんが疑われてしまいますが……」


「問題ないよ。そこもちゃんと考えてあるから」


 そう言って俺は黒の短剣を取り出して、安心させるよう笑ってみせた。


「そうでございますか。それはホッとし――」


「――黒鎧血装」


「――ルーガさんっ!?」


 整った顔を真っ青に染めるミューさん。


 あっ、【加護】の発動条件言うの忘れてた。


 気づいたのは完全着装を終えた後だった。





     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





「きゃぁぁぁぁっ!?」


 サキュバスたちの悲鳴が店内に響き渡る。


 それもそのはず。【加護】を発動した俺が暴れまわっているからだ。


 手始めに屋根を壊して外部からの侵入者の線を残す。


 続けて鎧をまとった俺がどこから現れたのか情報を錯綜させるためにあちこち駆けずり回る。


「我が名はゴールド・ボール! ふははっ! 女は全て俺のものだ! 跪け!」


 ミュザークを参考に聖騎士として相応しくない演技をする。


 もちろん偽名も使う(シスターの【お金玉公】を参考にした)。鎧で全身を隠しているため、相手からすれば正体もわからない状態だ。


 肩にはミューさんとシュレムを担いでいる。


 あくまで俺は風俗嬢の誘拐を図った変態犯として襲撃を仕掛けたていを装う。


 少しでも俺が疑われにくくするためだ。やりたくはないが、平和のためならプライドなんて簡単に捨てられるさ。


 ところで、ミューさんが頬をひきつらせて胸を手で押さえているのはなぜだろうか。


「ごめん。動きが激しすぎた?」


「……いえ、お気になさらず。ただの心の病ですので」


 そうか……。


 ミューさんはここで働いていた身。仕事仲間が傷つく姿に心を痛めているのだろう。


 人類の平和のためにといっても、やはり仲間を裏切るのは心情的に辛い。


 ならば、予定よりも早く切り上げるとするか。


 ここにはまだ客として来店した人たちがいる。


 彼らに危害を与えないように細心の注意を払いながら、サキュバスを混乱させるためには……。


「使うとしようか、我が剣を」


 俺の【加護】である【黒鎧血装】は【俺の血を対価として支払い、力を得る】。


 この鎧は俺を守ると同時に全身から直接血液を奪う装置でもあるのだ。


 装着と同時に長剣と変化した黒剣を構える。


【加護】に目覚めてから聖騎士になるために磨き上げてきた剣技の一つ。


「聖剣十式・一の型……飛竜ひりゅう


 横薙ぎに剣を振るう。ヒュっと空を切った音が鳴る。


 それに一拍遅れて斬撃によって生み出された衝撃波が襲った。


 弱めに威力を調整したとはいえ、壁を破壊するには十分な威力。


 完全に壊してしまっては下敷きになってしまうからな。


「なに!? なにが起こっているの!?」


 倒壊の兆しを見せる中、現れたのは客引きの女。


 彼女がこの店を仕切っているサキュバスだろうと俺は目星をつけていた。


 故に高らかと宣言する。


「私は女を愛し、女を抱くために生きる男、ゴールド・ボール! 我が性欲を満たすためにこやつらはもらっていくぞ!」


「うぅ…‥ごめんなさい、ごめんなさい……」


「シュレム!? ミュー!? よくもやってくれたわね!」


「ふふふっ、彼女たちがどう私を楽しませてくれるのか。今から楽しみで仕方ないよ」


「あんたが担いでいる小さい子は男よ! その子は解放しなさい!」


「舐めてもらっては困るなぁ。私は両方いける!!」


「くっ!? このド変態めぇ!!」


 サキュバスにだけは言われたくないセリフだ。


「変態で結構! 女さえ手に入れば、もうここに用はない! さらばだ!」


 床を踏み抜き、壊れた木材をサキュバスめがけて蹴り上げる。


 彼女がそれをガードしている間に上空へと跳んで、屋根伝いに空を駆けた。


 嬢たちは正体を秘密にしている以上、どうやっても俺には追い付けない。  


 追跡もなく、店から離れた俺は抱えていた二人を人気のないところで降ろした。


「じゃあ、ミューさん。あとは手はず通りに」


「ええ、ルーガさんも無事に帰ってきてください」


「もちろんだよ」


 彼女とコツンと拳をぶつけると俺は急いで行きしな同様に屋根を走って現場へと戻る。


 もちろん【加護】は解いている状態だ。


 人々の注目は謎の変態男【ゴールド・ボール】が暴れた店に集まっている。


 音を立てずに走れば、認識外にいる俺には気づかないだろう。


「……よし、まだ誰も見に来ていないな」


 俺たちが使用していた部屋の周辺が捜索された形跡はない。


 そっと忍び込んだ俺は服を脱ぎ、全裸で倒れたふりをしておく。


 こうすることで少しでも俺以外の犯行であるかのように思わせられる。


 疑われてもいいのだ。


 店を襲ったのはあくまで聖騎士ではなく一般変態人のゴールド・ボールだ。


 対策は講じるだろうが、メリットデメリットを考えれば放置するのが安定の一手。わざわざ人類を襲うという選択肢も取らないだろう。


 俺がレクセラを討ち取るだけの時間は十分に稼げる算段だ。


「くぅぅ! お客様ー! 無事ですか、お客様……ってきゃぁっ!?」


 丸出しの俺を見て、嬢が顔を真っ赤に染める。


 もちろん俺は反応しない。マドカの薬のせいで元気なあそこは勝手に反応する。


 ヤっている途中に事件に巻き込まれて気絶した情けない被害者、というのが今の設定だからだ。


「お、お客様……? 生きておられますか……?」


「…………」


「お客様……? こ、こうなったら……」


 ……ん? なんで、金玉に手をかけて……。


「えいっ!!」


「んおぉぉぉっ!?」


 ぎゅっと握りしめられて変な声が出た。


 ただでさえ俺の金玉は苦痛を耐えているのに、これ以上罰を与えないでくれ。


 下腹部辺りが鈍い痛みに襲われる。


 し、死ぬ……。違う意味で金玉壊れちゃう……。


 流石にその起こし方は予想していなかったが、これで情けない男を印象付けられたなら結果オーライとしよう。


「お客様! 目を覚まされたのですね!」


「うっ……い、いったい俺は……」


「あとで事情は説明いたします。ひとまず外へと案内しますので私に掴まってください」


「あ、ああ……すまねぇ」


 こうして無事に被害者としてカウントされた俺は内心安堵しながら、嬢の指示に従うのであった。

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