Episode2-9 進む、笑い合える未来のために
私はシスター・ライラ。
聖騎士隊が所有する大聖堂で働く者です。
ついこの間より一人前のシスターとして働き始めるようになりました。
初日に訪れられた【お金玉公】のおかげで自信がついた私は多くの方のお悩みに応えることができました。
例えば『年上の聖騎士の先輩といい雰囲気になりたい』とか……。
あのお嬢さんは私が渡した薬とメイド服を使って、うまくいったのでしょうか。
そんな風に余裕をもって臨めるのもやはりあれほどの衝撃を超える悩み草はなく、落ち着いて対処できる心構えがあるおかげでしょう。
先輩からも評判がいいとお褒めの言葉を頂けました。
本日も懺悔室でみなさまのお悩みや後悔をお聞きする日です。
もちろんまだ未熟な身ですので、驕ることなく信者のみなさまのお力になれればと思います。
「失礼します」
意気込んでいると、さっそく一人目の悩める子羊がやってまいりました。
あら? なにやら聞いた覚えのあるような……。
いいえ、きっと別の方でしょう。
頭を振って、相談者に意識を集中させます。
「ようこそいらっしゃいました」
「シスター。悩みを聞いてくださいますか?」
「もちろんです、悩める子羊よ。どんな悩みであろうと最後までお付き合いいたしましょう」
「それはありがたい。感謝します」
「して、悩みとはなんでしょうか?」
「上司に金玉爆発がバレました」
「……今なんと?」
「上司に金玉爆発がバレました」
なるほど。
……どどどどうしましょう!?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
風俗街単身調査の前日。リオン団長との講義を控えた俺は懺悔室でシスターに悩みを打ち明けていた。
あれから妙に意識してしまって、団長とも気まずい雰囲気が続いている。
ボタンがパァンも起きないほどだ。
俺とリオン団長の確執は第六番団全体の士気にも関わる。
できる限り、はやく元の関係に戻りたい。
とはいえ、経験の足りない俺の脳では正解を導き出すことは難しいだろう。
そこで以前に赤ちゃんプレイという名案を出してくれたシスターに相談することにした。
前に「金玉が痛い」と相談したんだ。
彼女に対しては恥ずかしいもクソもない。
「お答えする前に一つ……。やはりあなた様は【お金玉公】でしょうか?」
世界で最もひどいあだ名を付けられていた。
勘違いであってほしい。でも、絶対にそいつは俺のことだと思う。
「いかにも。以前に金玉が痛いと相談した者ですね」
「まぁっ……。【お金玉公】には一度お礼を申し上げておきたかったのです。あれから私は成長することができました。ありがとうございます」
「そんな……礼を言うのは自分の方です。シスターのおかげでいろんな経験ができました」
「そうでしたか。少しでもお役に立てたのなら、私も救われるというものです」
コホンと彼女は咳払いをする。
「それで……今回のお悩みもまた詳しくお聞かせ願えますか?」
「もちろんです。少し長くなりますが……」
それから俺は自分が置かれた状況について気持ちと共に吐露した。
今まで『性欲? そんなものありませんよ?』みたいな顔しておいて、金玉が爆発したことがバレるなんて羞恥で病みそうになる。
さらに言うならば決して自慰したのではなく、夢精。
いたしかたのない事故だったのだ。
「……という感じなんです」
「それは……お辛かったですね」
ズビズビと鼻をすする音が聞こえる。
なんと器の寛大な人なんだ。
こんな俺のセクハラ同然の話で泣いてくれるなんて……。
「シスター……あなたはお優しいですね」」
「いいえ、真の神に仕える者でしたら、もっとお気持ちを痛いほど理解できるはず。しかし、私には残念ながらお金玉が付いておりませんので……」
「こうやって話を聞いていただけるだけでもありがたいですよ」
「いいえ、私は懺悔室を任された身。簡潔にまとめると、【お金玉公】は上司様との仲を戻したい。また自慰に励んでいたという誤解を解きたい。そういうことですね」
「どんなことでもしてみせます。いい案はありませんか?」
「恩を仇で返すなど大聖堂の名に泥を塗る真似はできません。おひとつ、あなたに
「さ、さすがシスター! 頼りになります」
「以前、拝読した読み物から着想を得ました。より強く意識してしまう事実で上書きするのです」
「おぉ……!」
「互いを想うからこそすれ違う。ならば、認識のズレをただせばいい。答えましょう。悩める子羊よ、汝──」
「上司様のエッチな夢で夢精した事実を白状しなさい」
「シスター!?」
いきなり正論で殴られると人間は弱いんです。
とはいえ、俺もそろそろ団長にだけは伝えようか迷っていたところ。
入団したての頃とは状況が違う。
リオン団長はサキュバスで興奮を覚えてしまう理由も知っている。
淫紋が出てしまい、男を襲い掛かってしまう可能性を避けたい。
だが、団長は無自覚で性欲をたぎらせる行動をしてしまう。
俺が夢精したという事実を知ってもらうことで、それらを自覚してもらう作戦はありだ。
犠牲になるのは俺の自尊心だが。
「どうやら【お金玉公】はなにか思い違いをしているのではありませんか」
「思い違い、ですか?」
「夢精の告白は決して恐ろしいことではありません。赤ちゃんプレイを受け入れてくれた方なら、もうなにをしても余裕です」
「た、確かに言われてみれば……」
赤ちゃんプレイにスムーズに参加してくれる団長がいるだろうか。いや、いない。
ママと呼び間違えて「あなたのママです」とフォローしてくれるほど優しい人だぞ。
リオン団長を信じろ。
「話を伺うに上司様もあなたとの溝を埋めたいように感じられます。ならば、一歩を踏み出すのは【お金玉公】の役目です」
「……シスター」
「はい、シスターです」
「勇気を与えてくださり、ありがとうございます」
「ふふっ。もう迷いはないようですね」
「ええ。シスターのおかげです」
「また私もあなたのおかげで稀有な体験ができました」
「……なんだか、このやりとりも懐かしいですね」
「私たちの仲というのもおかしいですが、【お金玉公】とは特別な縁を感じます」
以前の時よりも、互いに絆を深めた気がした。
やはりシスターに相談しに来たのは間違いではなかったのだ。
これからも相談しにくい悩みができたなら、彼女のもとへ訪れるとしよう。
「【お金玉公】。よろしければ、上司様とどうなったのか教えていただいても?」
「もちろんです。少しばかり仕事でこの地を離れますが、それが終わり次第、足を運ばせてもらいます」
席を立ちあがり、シスターへと改めて感謝を述べる。
「ありがとうございます。今晩、自分は一人前の漢になってきます」
「汝の勇気をたたえて、最良の結果がついてくることをお祈りいたします」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……以上で終わりです。気を付けるのは、こんなところかな」
終わった。終わってしまった。
ルーガくんは明日から聖女様の命で風俗街・ガリアナに調査へ行ってしまう。
聖騎士であることを悟られぬように現地で寝泊まりするため、しばらくは会えない日々が続くのだ。
いや……結果次第ではしばらくでは済まないかもしれない。
ルーガくんは強い。けれど、今回は敵地のど真ん中に単身で向かう。
いくら他の男聖騎士がサキュバス相手に役に立たないとはいえ、聖女様にしては無謀な策にも思える。
とにかく私はルーガくんと離れ離れになってしまうのだ。
だから、彼との間にできてしまった気まずい空気を払しょくしておきたかった。
ルーガくんが自室で自慰をした。
その事実を認識しただけで、ここまで普段通り振舞うのが難しくなるなんて……。
どうしてだろう? サキュバスの血が暴走するのが怖いから?
……違う。胸でくすぶる想いはきっとそんな単純じゃない。
どんなに考えてもわからないの。こんな経験は初めてだから。
男の子に好意を向けるなんて、少し前ならばありえなかった。
……多分、私は気になって仕方ないんだ。
いったいルーガくんが誰に恋焦がれて、溢れ出るリビドーをぶつけたのか。
そして、その対象が自分であることを望んで……。
「リオン団長。少しお時間いいですか」
深い思考の海に潜ろうとしたところで、私の心を占領する張本人に声をかけられる。
見やれば、戦場で死への覚悟が完了した聖騎士の表情をしていた。
「うん、わからない箇所でもあった?」
「いいえ、団長の講義は的確でわかりやすかったです。用件は私用ですね」
彼は一つ間を空ける。
「単身調査の前に、リオン団長に伝えたいことがあります」
「……えっ?」
「邪魔が入らずに、面と向かって言えるのは今日が最後かもしれませんから」
いつもの優し気な彼の面持ちは引き締められている。
すごく真面目な雰囲気。密室に二人きり。
明日から離れ離れになってしまう異性。
巷で流行している恋物語で何度も読んだシチュエーションだ。
こ……こ、これはもしかして!?
「……リオン団長。実は……俺……!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
こ、告白なのでは――
「リオン団長のエッチな夢を見て夢精してしまいました!!」
――告白よりも凄いのが来ちゃった!?
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