Episode1-2 ピンチは突然やってくる

 知っているか?


 おっぱいって素振りするたびにバルンバルン揺れるんだぜ?


 あの衝撃のおっぱい……じゃなかった団長との出会いからはや一週間が経っていた。


 団長のサポートもあり、ひとまず受け入れてもらえた俺はこの短期間である確信を得た。


 それは今までの男騎士がすぐに第六番団からやめていった理由。


 本当に気が狂いそうになる。


 禁欲はもちろん細部にわたって気を遣う事例が多すぎる。


 今だって入浴後の団員に出くわさないよう外で木刀を振り続けているのだ。


 俺が大浴場を使用できるのはおよそ三十分後。


 それまでは性欲の発散も兼ねて一心不乱に素振りをするのが俺のルーティンになっていた。


 おかげで下の刀も勃つことなく、二刀流にならずに済んでいる。


「ふっ……! ふっ……!」


 朝稽古ではこんな風に全員が並んで素振りを行う。


 それを団長と副団長である俺が観察するのだが全く精神を統一できない。


 なぜか知らんがうちの団員はみな普通から巨乳の持ち主ばかり。


 今まで男がいなかったせいか練習着も薄かったり、首元が緩かったりと無防備だ。


 かかり稽古の際、俺は一切目を開いていない。


 とてつもなく神経を張り巡らせて音だけですべてを判断している。


 おかげで朝から痛みへの恐怖と戦うはめになっていた。


「俺は負けない……! 絶対に屈しない……!」


 あと女性同士のじゃれ付き合いはやめてくれ。


 目の前でいきなりおっぱい揉んだりするな。


 うっかり俺が社会的に死んだらどう責任を取ってくれるのか、ぜひとも小一時間ほど問いただしたい。


 あなたたちのうかつな行動が俺のメンタルをゴリゴリ削っていくのです。


「998……999……1000! ふぅ……そろそろ大丈夫か」


 目標回数を達成した俺は汗をぬぐって着替えを取りに宿舎の自室へと戻る。


 安全を配慮して俺の部屋は最上階のいちばん端にある。


 そして、同じ階には団長しか住んでいない。


 彼女も今は大浴場で汗を流し終えて、いつも通りリビングで団員と交流しているはず。


 今だけは女性がここにいない。


 その思い込みが俺を死の淵へと陥れた。


 鼻歌交じりに自室のドアを開ける。


 なぜかベッドの上に座っているネグリジェの女性。


 対して俺の判断は早い。


「どうかこれでご勘弁を!!」


 そう言って視界をふさぐように二本指をぶっ差した。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 私たちの聖域に邪魔者が侵入した。


 不運が重なった結果だとは知っている。


 副団長格に相応しい人材が軒並み男だらけだった。


 新規入団生の中に偶然、配属希望先を書かなかった首席バカがいた。


 それがルーガ・アルディカという男。


 リオンが素行調査をしてくれて、誰からも『真面目で優良な生徒』という返事があったのはわかっている。


 実際に話してみれば優しい笑みが似合う奴だとも思った。


 だけど、男はいつでも豹変する生き物なんだ。


「今日もよろしくね、ルーガ副団長」


「団長の相手、精いっぱい努めさせていただきます」


 リオンは『優しさ』が具現化したような人間だから彼をもう信じちゃっているみたいだけど、私はそうはいかない。


 必ずあの男の本性を暴いてみせる。


「おい、ルーガ」


「おはようございます、カルラさん」


「もうカルラちゃんっ。ルーガくんは副団長なんだから言葉遣いには気をつけて」


「なんだよ。本人が気にしてねぇんだから別にいいだろ。なぁ、ルーガ?」


「カルラさんは早くなじめるように気を遣ってくださっているんですよ」


「そういうこと。だいたいアタシの方が先輩なんだから問題なし」


「なら、あなたが副団長をやりなさい」


「それは嫌だ。机に向かって何時間も書類とにらめっことかムリムリ」


「ははは。では、自分はみなさんの稽古を見てきます」


 ルーガは軽く礼をして剣を振るう団員たちのもとへ向かう。


 アタシは奴が入団してからなるべく親身になってふるまっている。


 こうやってガードを緩めていればあいつの気もゆるんで尻尾を出すとにらんでいるからだ。


 それに標的がアタシになればみんなを……リオンを守れる。


 リオンとアタシは幼馴染だ。


 だから、お互いの悩みや過去も、秘密なんて何一つない。


 彼女はとても優しい子で、どれだけ多くの人間が救われてきたのか。


 アタシもそのうちの一人。


 彼女の優しさは魔族との戦いで傷ついた人々に必要だ。


 だから、アタシが悪から、男から守るんだ。


「……カルラちゃん。大丈夫だよ」


「うん? なにが?」


「ルーガくんは今までの人とは違うと思うんだ」


「……わからないじゃん、そんなの。アタシはまだ信用できないかな」


 アタシは知っている。


 男の汚い欲望を。


 ……たとえ血のつながった娘であろうと見境なくなるということを。


 アタシとリオンは昔から体の成長が早く、見知らぬ男どもから下衆な目を向けられてきた。


 だから、自己防衛のために剣術や体術を習っていたし、男よりも優れた成績を残している。


 まさかその防衛手段を自分の父に使うことになるとは思いもよらなかったけど。


 あの時の恐怖は未だ体に刻まれている。


 なんとか無事だったけれど、あんな思いはしたくない。


 誰にもさせたくない。


「ちっ……嫌なこと思い出しちまったぜ」


 胸糞悪い記憶を頭を振って外に追い出す。


 アタシには今から集中しなければならない任務があるっていうのに……。


「面白味のねぇ部屋だな、ここ」


 男のくせにキレイに整頓されており、座っているベッドのシーツも清潔さが保たれていた。


 アタシはルーガの風呂時を狙って、奴の部屋に侵入している。


 スケスケのネグリジェ姿で。


 自慢じゃないがアタシの体は男にとって性欲をそそる魅力があるらしい。


 今までの男は簡単に罠に引っ掛かり、アタシに手を出そうとした罪を被せて無理やりにでも追い出してきた。


 あくまで私は誘っているわけじゃない。


 副団長殿にご教授を願いに来たというていで部屋で待機していただけ。


「興奮して襲ってきたら、それがお前の最期だ、ルーガ」


 陽気な鼻歌が聞こえる。


 来た……!


 ペロリと舌なめずりをして、入り口を凝視する。


 ゆっくりとドアは開かれた。


 呆然としたルーガと目が合う。


 すると、奴はニッコリと微笑み――


「どうかこれでご勘弁を!!」


 ――思い切り自分で目つぶしをした。


「……は?」


 …………はぁ?

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