Episode1-1 入団初日、出会った巨乳

 聖騎士隊。


 魔王軍と呼ばれる異形の軍勢から人類を守るために結成された組織。


 完全実力主義の聖騎士養成学園に通い、卒業を果たした者しか就けない精鋭たちが集う場所。


 そして、本日は俺のような新人が配属された現場を初めて過ごす記念すべき日だ。


 俺が割り振られたのはすべてで六つある守護騎士団の一つ、第六番団。


 王都周囲の魔物の討伐。最前線の援護。他都市への救援。


 様々な任務に対応できる実力者ばかりがそろった団である。


 それゆえに聞こえる噂も荒々しい類ばかり。


『新人が寮を脱走した』『どれだけ新人を送り出しても定着しない』。


 どれだけ過酷な場所なのか、容易に想像できる。


 俺はそんな荒くれ者集団の副団長として就任することになった。


 これは過去を見てあまり例のない好待遇である。


 というのも前任が退団してからずっと空席だったようで、かたくなに断っていた団長がようやく受け入れたらしい。


 なぜ俺を受け入れてもらえたのかはわからない。


 もしかしたらすぐにやめることを期待されているのかもしれない。


 だが、俺は絶対にやめるつもりはなかった。


 俺には剣聖となって魔王を倒すという目標がある。


 剣聖になるには守護騎士団の団長が前提条件。


 そのうえで前線での活躍や貢献度によって聖女様に認められた者だけが剣聖と名乗ることが許されている。


 俺は幸運なことにすでに副団長だ。


 このチャンスを逃せばもう二度と剣聖になる機会は巡ってこないだろう。


「……よし」


 頬を叩いて気合を入れなおす。


 執務室の前までたどり着いた俺はコンコンと扉をノックする。


「本日よりお世話になります、ルーガ・アルディカです。ご挨拶に参りました」


「……入室を許可します」


「ありがとうございます。失礼します」


 間髪入れずに扉を開ける。


 こういうのは勢いが大事だ。


 中に人がいることを確認すると、すぐに頭を下げる。


 団長が厳しい方なら、なおさら第一印象は丁寧に。


「ルーガ・アルディカです! 未熟者ですが全身全霊で団に尽くします! よろしくお願いします!」


「……とても元気ですね。ルーガ副団長、顔を上げてください」


 女性の声……?


 想像よりも優しい声音に困惑しながら言われた通りに顔を上げる。


 すると、視界に入ったのは机に腕を組んで微笑む女性と――思い切り形を変えて机に乗っかっている巨乳だった。


 ――ふんっ!


 とっさの判断で爪を皮膚に食い込ませる。


 その痛みでよこしまな考えをリセットして団長と向き合った。


 危ねぇ……! もう少しで胸に目を奪われるところだった……!


「初めまして、ルーガ副団長。私が第六番団の団長を務めるリオン・マイリィです。以後よろしくお願いしますね」


 団長の顔とほとんどサイズが変わらないおっぱいに思考が混乱していた俺を正気に戻す挨拶。


 とても噂に聞いていた団長のイメージとはかけ離れている。


 ……いや、まだわからないぞ。


 これは表向きの顔で本性を隠されているのかもしれない。


「はい、マイリィ団長! 死ねと言われればいつでも死ぬ覚悟はできています! 遠慮なくなんでもお申し付けください!」


「そんなにかしこまらなくて構いませんよ。私の呼び名もリオンで。フレンドリーな関係を築いていきましょう」


「承知いたしました。僭越ながらリオン団長と呼ばせていただきます」


「それでは第六番団の施設を案内しましょうか。特に宿舎については説明が必要でしょうから」


「……それはどういう?」


「あら? 副団長さんはご存知なかったのですか? 第六番団がなんと呼ばれているのか」


 全く存じ上げない。


 どこに配属されても役目を全うするつもりだったし、そもそも聖騎士隊にコネがない俺は希望を出していなかった。


 例年通りならば養成学園の卒業生・首席から第十席までは守護騎士団に配属されるからだ。


 配属先が決まった後、やたら注目を浴びるようになって噂を聞きかじった程度。


「すみません。勉強不足でした」


「いえいえ。そうですか……本当に知らないのですね?」


「ぜひ無知な自分に教えていただければと思います!」


 素直に謝るのは大切なことだ。


 勢いよく腰を直角に曲げる。


 すると、クスクスと笑い声が降り注ぐ。


「ご、ごめんなさい……ふふっ。ルーガ副団長は面白い方ですね。お気になさらず、顔を上げてください」


「は、はいっ」


 恐る恐る顔を上げると、そこには微笑みを浮かべる女神がいた。


 窓から差し込む太陽の光が後光みたいに感じる。


 キラキラときらめく金色の髪が美しい。


 透き通ったスカイブルーの瞳と視線が交差し、ようやく緊張が収まる。


 瞬時に自分の抱いていた妄想が勘違いだったと理解した。


「聖騎士隊において男女の比率は10:1とされています。そして、ここにはほとんどの女性隊員が集められている。故にいつしかこう呼ばれるようになりました――『地獄』と」


 肩にかかった髪をかき上げて、彼女は手を差し出す。


「改めてようこそ、ルーガ・アルディカ副団長。第六番団で唯一の男性聖騎士としてあなたを快く迎え入れます」


「……え? 今なんと……?」


「冗談ではありませんよ? それとも女ばかりの団は嫌だったかしら?」


「いえ、そうではなく! 男が自分しかいないというのは本当なのでしょうか……?」


「もちろん。これから施設巡りをすればうそでないとわかります。宿舎の説明も副団長が犯罪者にならないために用意されたものですから」


 守護騎士団は普段から結束を固めるために宿舎で寝食を共にするルールがある。


 つまり、俺は知らず知らずのうちに花園に放り込まれたわけだ。


 それはマズイ! もういろんな意味でマズイ!


 俺はまだ捕まりたくないぞ!?


「み、みなさんは了承されているのですか!? いきなり男の自分が一緒に生活するなど……!」


「もちろんです。副団長は真面目で実直な方だと学園長より聞いています。心配する必要などないでしょう?」


『でしょう?』じゃないが?


 普通に性欲はあるし、決して聖人君子ではない。


 女の子との触れ合いは嬉しいが、自分以外に女性しかいないとなれば話は別。


 なるほど……! 


 これが他の団員が定着しない本当の理由か……!


 今さらになって噂の本質を理解する。


 ……だが、俺はもうこの状況を受け入れるしかないのだ。


 退団理由が周りが女の子ばかりだったとか嫌すぎる……!


 これも精神訓練の一環だと思い込め。


 どんな状況に陥っても平常心を保つための鍛錬だと思えばなんとかやれる……気がする……!


「はいっ! 自分は聖騎士隊の名に懸けて汚れた欲望に従いません!」


「ええ。あなたの言葉が嘘ではないと身をもって私は感じています」


 それはどういう意味だろうか。


 しかし、聞き返すのは野暮というものだろう。


 どこに地雷が埋まっているかわからないのだ。


 まだ初日。変に踏み込んで雰囲気を悪くさせたくない。


 そのためにもとりあえず俺が心がけることは一つ!


「こちらです、ルーガ副団長。まずは野外運動場から回りましょうか」


 歩くだけで軽く上下する胸を無視し続ける……!


 視界から外しても自ら主張してくるおっぱい。


 大丈夫ですか? 服からこぼれ落ちたりしませんか?


 団長は何事もなく柔和な笑みで説明をしてくれているが、こっちは理性と本能がせめぎあってるから。しのぎ削りまくってるから。


 とにかく今日一日の感想はこうだ。


 団長のおっぱいで聖騎士は無理でしょ……。




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「ルーガ・アルディカ副団長か……」


 新しく配属することになった副団長は男性だった。


 私が苦手な男の人。


 私は自分に向けられる欲望が怖い。


 小さなころから発育がよかったせいでいろんな人によこしまな視線を向けられて生きてきた。


 胸、腰、お尻。


 遠慮もなしに凝視される感覚には慣れない。慣れたくない。


 中には強引な手段を使って、私を襲おうとした人もいる。


 だから、私は聖騎士隊に入って自衛手段を身に付け、同じ思いをしてきた子たちを積極的に引き受けている。


 第六番団の団員が女性ばかりなのも、そういう事情があったから。


 過去に下品な欲望を満たすために入団志望した男性はみな追い出してきた。


 追放を繰り返し、『地獄』と称され、ようやく平和が続くと思っていたのに……。


 ついに我が団に男性がやってくる事態になってしまった。


 ずっと空席だった副団長の席を聖女様に埋めるよう進言されてしまったからだ。


 聖騎士隊の最高権力者である聖女様のお言葉には逆らえない。


 不幸にも今年の卒業者に女性はいなかった。


 そこで選んだのがルーガ・アルディカという青年。


 養成学園を訪れ、学園長や教職員の方々に話を伺えば誰からも清廉潔白で【剣聖】という目標に努力を怠らない人物だと聞けた。


 そこまで言われる人物ならば他の子のストレスにならないのではないか。


 そんな淡い期待は見事に的中する。


「ルーガ・アルディカです! 未熟者ですが全身全霊で団に尽くします! よろしくお願いします!」


 入るなり、直角に腰を折っての挨拶。


 そして、顔を上げてからも彼は一度たりとも私の胸を見なかった。


 少しでも鼻の下を伸ばすようなら彼にも今までの男と変わらない対応をするだけ。


 試験も兼ねて、わざと露出が大きい服を選んだのだけど……。


 彼は私と目を合わせて話をしてくれる。


 どれだけ近くに寄ろうと、胸を強調するポーズをとっても彼は私の顔だけを見つめていた。


 それが妙に嬉しい。


 会話を重ねるうちに驚くべきこともわかった。


 ルーガ副団長は第六番団について何も知らなかったのだ。


 つまり、私が指名したから、うちにやってきただけの新人。


 それならばハーレム目当てにやってきたなどの卑しい考えを持ちようがない。


 他に男性聖騎士がいないと聞かされた時は心底驚いた表情だったし、あれが演技だったらそれはもう彼を誉めるしかないだろう。


 だけど、さすがは首席卒業者。


 訓練場で団員たちを見つめる視線はすでに実力を測る鋭い目つきに変わっていた。


「どうかな? 結構レベル高いでしょう?」


「想像以上です。さすがはリオン団長が率いる団だ。全員、相当なものを持っていて今から不安ですよ」


「ふふっ、ありがとう。私はあなたにも当然期待しているんですよ?」


「もちろんです。副団長として彼女たち(の胸)には決して負けません」


「あらあら。いい意気込みを聞けて団長として嬉しい限りです、ルーガ副団長」


 団員たちの実力を正確に把握したうえで、あの宣言をしたのなら彼もよほど腕に自信があるように思える。


 副団長として引き入れて正解だったかもしれない。


 昨日から一転。そう考えられるほどにはルーガ副団長に好意は感じていた。


「明日からは副団長の仕事について、もっと教えてあげなくちゃね」


 年甲斐もなくウキウキ気分で予定を紙に書き連ねていく。


 その筆は普段よりも少しだけ速かった。






◇新連載始まっています!

『悪徳領主の息子になったので楽して異世界生活楽しみます~なのに『聖者』様だと崇めるのはやめてくれ!~』

https://kakuyomu.jp/works/16817139558069889100

今ちょうどおっぱい役のヒロインを攻略している最中ですので、こちらもぜひ!

応援よろしくお願いします!◇

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る