第9話 魔術、からの目覚め
庭は花壇があったりして、花でも植えられるようになっている。
「この庭って、植えたら育つのか?」
植えて育てられたら、持ち運びができる畑ができるのではないだろうか?
ちょっと興味があるので、後で確認してみることにして。
今は魔術だ。
――イメージ、イメージ……。
カマイタチは、そこいらの小枝を払うくらいがいいだろう。
そうイメージしていると、身体の中でなにかが動くのがわかる。
これが魔力というヤツなのかもしれない。
その魔力らしきものが大きくうねり、アキヒサの掌に集まる。
その掌を身体の前に突き出し。
「カマイタチ」
声に出さなくてもいいのかもしれないが、イメージしやすいかと思って唱える。
すると――
バシュゥゥン!
手のひらから透明な風の刃が飛び出し、テント住宅の敷地を抜けて、森の木々を一直線に刈り取った。
「……え?」
ドドドド
木々が次々に倒れていく様子を見ながら、アキヒサは意識が遠のいていく。
この魔術の実験で、わかったことがある。
テント住宅は外から中への攻撃は無効化するが、中から外への攻撃は通すらしいこと。
そして今のカマイタチで、アキヒサは気絶してしまったということである。
気絶から回復したアキヒサは、一人首を捻った。
――なんでだ? もしかしてRPGで言うところのMP的なヤツが関係するのか?
確認するのに、鑑定で詳細なステータスが出るのではないかと念じてみるも、パネルには「レベル不足」と表示されただけだった。
鑑定レベル1だと、簡単な結果しか出せないようだ。
それにしても、全く喜べない。これは明らかに魔術に失敗している。
アキヒサはこんな大威力のカマイタチを放つつもりはなかったのだから。
「……あのカマイタチ、どこまで行ったんだろう?」
そして森の動物や人に被害はなかったんだろうか?
そんな心配をすると、冷や汗が止まらない。
このテント住宅には、幼児が飛ばしたトカゲがなぎ倒した木々と、今のアキヒサのカマイタチでなぎ倒された木々とで、二つの真っ直ぐな道ができていた。
なんという環境破壊っぷりだろうか?
慌てるのを通り越して、無の心境でその直線の道を眺めていると。
モゾッ
抱っこ紐の中が動いたかと思ったら。
パチッ
幼児の目が開いた。
――うぉ、起きた⁉
突然の覚醒にアキヒサはビビったが、まずは挨拶だと思い立つ。
「はじめまして、気分はどう?」
「……」
けど、幼児は無言である。
ただ赤い目で、アキヒサをじぃーっと見上げてきた。
「いきなりこんな場所にいて、ビックリだよね!」
「……」
「あ、僕は戸次明久っていうんだ。
トツギもアキヒサも言いにくいなら、アキでいいよ」
「……」
どうしようこの幼児、全く喋らないしニコリともしない。
ただひたすら無表情にじぃーっとアキヒサを見つめてくるばかりだ。
――三歳児ってどんなんだっけ?
少なくとも施設にいた子たちは、怪獣みたいに騒がしかった。
それとも言葉が理解できていないとかの可能性もあるのか?
あのトカゲ退治の時に喋ったのは、やはり緊急事態だったせいだろうか?
「僕の言っている事、わかるかな~?」
「……」
やはり無言で無反応、アキヒサの心が折れそうだ。
――う~ん、どうするんだこれ?
そもそも三歳児とはどのくらい言葉が分かるのだったか?
それとも精神年齢0歳なら、今から覚える段階なのか?
ともあれ、今は言語でのコミュニケーションを諦めた方がいいかもしれない。
「じゃあ、お腹空かない?」
というわけで餌付けに作戦変更だ。
とはいえ、あの微妙な食料しかないのだけれども。
「ほら、君の分」
アキヒサは抱っこ紐をほどいて幼児を降ろしたら、ミールブロックをパッケージを開けて手渡す。
それを幼児が首を傾げながらも素直に受け取る。
――おっ、これは初めてのコミュニケーションじゃないか?
些細な事だけれども、意思の疎通ができたことが嬉しい。
あと、このミールブロックが美味しかったらもっと嬉しい。
もしかすると、先ほどのものとは味が違うかもしれない可能性もあることだし。
というわけで、幼児に「食べ物だよ」とわからせるためにも、アキヒサも一緒に食べてやる。
……やはり、前のと同じく、微妙な味だった。
けれどふと幼児を見ると、モシャモシャとミールブロックを食べている。
特に不満そうではないのだが、その様子がなんだか可哀想に思えてきた。
――初めて食べたのが、コレだなんて!
アキヒサはこれで、施設では食事当番があったので、一通りの料理は仕込まれたのだ。
なんとか食材をゲットして、美味しいものを作ってあげたい!
「こんなのよりも、もっと美味しいものを食べような。
……ってそうだ、名前が無いんだったな」
鑑定画面にも「名無し」ってあったし、呼び掛ける際にも不便だ。
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