第52話 たい焼きを食べながら
それから肉屋や魚屋や八百屋、一応スーパーにも足を伸ばして買い物に勤しんだ。キューピッドは商品の一つ一つを丁寧に吟味して選ぶ。
というか、迷って悩んで決めるのに時間がかかった。
買い物にかれこれ二時間ほど費やして、商店街にあるたい焼き屋でたい焼きを買って公園で食べた。
「ありがとうございました。三田様のアドバイスのおかげで、いつもより早く買い物を済ますことができました」
いつもこれ以上時間かけてるのか。一人だといつまで経っても決められないのだろうか。大変だ。
「どういたしまして。量も多かったし、ついてきてよかったよ。今夜はおでんだっけ?」
「はい。三田様が好きなおでんです。以前はよく買ってきて食べてらっしゃいましたよね」
そんなことを覚えてくれてたらしい。
キューピッドはたい焼きをしっぽから食べた。俺もしっぽからたい焼きを食べながら、こそばゆい気持ちになった。
公園のベンチに並んで腰を下ろす。小さな公園には一組の親子しかいない。日が傾きかけて空気にオレンジが混ざり始めていた。
しばらくそうしてたい焼きを食べていたが、やがてぽつりとキューピッドが言った。
「本心を、伝える」
残りのたい焼きを口に放り込んで俺は首を傾げた。
「先ほど、三田様はそうおっしゃいましたよね」
「うん。まあ、言ったな」
「本心。それは本当の心、ですよね」
キューピッドは食べかけのたい焼きをぎゅっと握った。少しあんこがはみ出した。いつもの柔らかな雰囲気とは違い。
どこか緊張したような面持ち。薄く上気した頬。
赤い唇を噛んだ。
「あ、あのさ」
俺は先に口を開く。キューピッドの思い詰めたような顔は、もう何度も見た。
どうしてそんな顔をするんだろう。俺はずっと理由を聞きたかったんだ。
「キューピッドはどうして日本に来たんだ」
「……え?」
キューピッドは弾かれたように顔をあげる。
「いや、聞くの忘れてたなって思って。本当はなにか理由があって、日本に来たんじゃないのか? 他の姉妹達と同じように。ただ、ルドルフの世話をするだけに一緒に来たわけじゃ、ないんじゃないかって、思ったんだ」
まあ、そう言い出したのはヴィクセンだけどな。
「いやさ、最近、なんか浮かない顔してること多いから、どうしたのかなって思ってたんだ。それは姉妹達がうまく集まらないし、みんなめちゃくちゃなこと言うから、振り回されて嫌になってたのかなとも思ったんだ。いまだに、ドナ姉とブリ姉は見つからないわけだし。こう、心労が溜まってたっていうか。でも、よく考えれば、実はキューピッドだってやりたいことがあったんじゃないかって思って。思い当たって。今さらだけど、本心。ちゃんとあるなら、俺に教えてくれないか」
キューピッドは固まっていた。
あまりにも唐突すぎて頭が整理しきれないという顔で俺を凝視している。
その手に握られたたい焼きに圧がかかって、握って、握りつぶされて―――――――。
「ちょっ、あんここぼれてるって。たい焼き、つぶれるから」
「へ? あっ、ああっ、たいへん」
両掌でたい焼きをすくうように持つと、キューピッドはぱくりと一口で頬張った。一口が大きかったせいで頬まで膨らませて、必死に噛み砕く。
もぐもぐしている時間があって何とか飲み込むと、キューピッドは胸を撫で下ろした。
「たい焼きに悪いことをしてしまいました」
その口の端にはあんこがついている。
どうしたもんか。
「キューピッド、口に、あんこついている」
「へ? え? どこですか?」
キューピッドは慌てた様子で唇を拭う。それでもまだ取りきれていないあんこを、どうしたもんか。
もう一度指摘するか。なんで鏡とかないんだろう。
いろいろ考えている頭より先に、手が動いていた。一瞬触れた頬は驚くほど柔らかだった。
きれいな深緑色の目と目が合う。
「あ、ごめん」
のけ反って、なんならベンチから立ち上がり後ずさる。
なにやってんだ俺と思うと、恥ずかしすぎてこの場にいられない。
荷物でぱんぱんの買い物袋を二つ手にすると「そろそろ行くか」と声をかけた。
「あの、三田様」
俺の背後でキューピッドも立ち上がった。
キューピッドは俺の前に回ってくる。その銀縁メガネの奥の瞳は微かに潤んでいた。
「私の本心を、聞いてはもらえませんか」
え? なに、この状況。キューピッドの本心? 本当にあったの?
西日のせいか顔がいつもより赤く染まって見える。
気のせいか? いや、気のせいじゃない?
落ち着け。落ちつけ。落ち着け、俺。
別に愛の告白とかそんなんじゃないはずだから!
「好き、なんです」
え―――――――――――――――――――!!!!!
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