第39話 刀剣久地楽

 チャックアウトする時従業員に不審な目で見られてはたと気づく。

 未成年風の少女二人をホテルの一室に連れ込んでる俺、ヤバくない?

 

 そうだ。傍から見ればかなりの不審者だ。

 通報されたら言い訳のしようもないほどヤバイ人物に映っていたに違いない。ぐさぐさ刺さってくる痛い視線を受けながら俺らはそそくさとホテルを後にした。


 京都駅前に戻って卵サンドとコーヒーで軽く朝食を済ませバスに乗り込む。

 スマホで調べたところ、プランサーの言う老舗の刀屋は嵐山方面にあるらしい。


 ちょうど紅葉がピークを迎えているらしく、山々が色鮮やかだ。

 バスを下りて観光客で混み合う通りを外れ、路地裏を進んでいく。


 すでに真冬の空気をまとう路地裏はシンとして静かで、ほのかに青白い。

 冷たさが身に沁みた。


「この辺りなんだがな」

 スマホの地図機能によれば住宅地の一角、黒い木造の塀が続く小道の先にその店はあるはずだった。

「なんて店なの?」

 ダンサーが尋ねる。

刀剣とうけん久地楽くじらというのだが」

 答えたのはプランサーだ。

「くじら? くじらって、確か海の生き物よね。ものすごくおっきい生き物でしょ」

 ダンサーはそっちに食いついた。俺も同じことを思った。

 なんでくじらなのかと。

 刀とくじらが結びつかなくてハテナと思っていたが、なんてことはない。

「うちになにか御用ですか」

 看板は出ていない。他の住宅と何一つ変わらない、木造二階建ての日本家屋。

 閉じられた門の前にいつの間に現れたのか、一人の少年が立っていた。

 年の頃なら中学生くらいだろうか。

 黒髪で色が白く線が細い少年は切れ長な目で俺達を見つめていた。

「うちになにか御用ですか」

 まるで機械みたいに平坦な声音で少年は繰り返す。

「うちというのは、刀剣久地楽のことであるか」

 プランサーが問うと、少年はこくんと頷いた。

「久地楽はうちです。刀のことですか」

「うむ。そうなのだ。お初にお目にかかる。我の名はプランサーと申す。我の居合い用の刀の刃がかけてしまって、修理をお願い申し上げたい」

 久地楽は苗字だったらしい。海全然関係なかったね。

プランサーは久地楽少年の前に進み出て布に包んだ刀を差し出す。久地楽少年は一歩身を引いた。

「そうですか。でも今日は定休日なんです」

「定休日?」

「休みです」

「休み? となると、刀の修理はしていただけないということか」

「というか、刀の修理は順番待ちなので、今すぐ修理はできません」

「なんと!」

 プランサーは大げさに驚いて一気に肩を落とした。

「順番待ちとは……。左様か。まあ、そうよな。それだけみな己の刀を大切にしているということだな。整備に抜かりがないのであろう。気持ちはとてもよく分かる」

「はあ」と、久地楽少年は頷く。

「だがしかし、聞いてはくれまいか、久地楽殿。我にはもうあまり時間がないのだ。あまりどころか、今日しかない」

「え?」

「今日しか京都におられぬのだ」

「えっと、そうは言われても……。今日は休みだし、順番は順番だし」

「そこをなんとか、お願いできまいか?」

「できません」

 久地楽少年はあっさり言う。

 プランサーはあわあわし、今にも泣き出しそう――――というか、ぐすぐす泣き出した。久地楽少年は居心地悪そうに身をよじる。

 さて、どうしたもんか。

「ねぇ、久地楽くん」

 その時、脳をとろかすような甘い声が久地楽少年を呼んだ。

 ダンサーは久地楽少年の前に進み出るとしゃがみ込んだ。

 つやつやした唇の端を吊り上げて、にこりと笑う。

 それだけで、なんだか周囲が桃色に染められたような気がした。

「お休みを邪魔して、プランサーが無理を言ってしまってごめんなさい。でもね、本当に困ってるの。私達、日本人ではないし、日本への滞在期間も決められていて、もう帰らなければいけないの。また後日出直して、ここを訪ねることはとっても難しい。プランサーはね、居合いが大好きで、居合いを愛してて、居合いバカで、今回あなたに会うためだけに日本に来たの」

 一拍呼吸を置くと、ダンサーは久地楽少年の手を取ってきゅっと握った。

「久地楽くんだけが頼りで、久地楽くんにしかお願いできない。どうか、私達を助けてほしいの。無理を言ってることは分かってる。だけど、どうか受け入れてもらえないかな。お願い」

 上目づかいで大きな瞳を潤ませ、健気な笑みを浮かべる。

 相手の事情を呑み込んで、ごめんねと謝罪しながらも、自分の願いは決して曲げずなんなら無理強いしていくスタイル。

 しかも、相手が助けてくれなければまるで悪いことをしているかのように思わせるスタイル。

 うわー。

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