第38話 トナカイ圧死未遂事件

 

 あれ? なんかデジャブ。

 でっかい鹿が俺の上でふごふごいいながら寝てる。


 艶やかな桃色の毛並みで、鹿というには大きくて立派な角が二本あって、それでいて、重い。

 ものすごく、重い!

「ぐっ、ぐるじいっ! 死ぬ! 死ぬ! 降りろっ、ダンサー!」

 俺が叫ぶと桃色の鹿ことトナカイはぱちりとつぶらな瞳を開けて、俺を見下ろした。

 ぼうっとしてる。

 寝起きでぼんやりしてるのか、その眼はまだ眠たげだ。

 長いまつげが瞬きに合わせてぱさぱさ音を立てる。その間にも俺は腹部を圧迫されて死にかけていた。

「ぐ、ぐるじい……、たすけて、誰か……」

「大丈夫か、三田殿。ダンサー、いい加減起きられよ。もう朝だぞ」

 ひょっこり俺を覗き込んだのはプランサーだ。長い黒髪はきりっとポニーテールに結ばれ、すっかり身支度も整えていた。

「ふぇっ?」と、ダンサーがふぬけた声を出す。

 何度か瞬きを繰り返したあと、その大きな目がくわっと見開かれた。

「きゃっ、きゃあ!」

 悲鳴をあげると俺から飛び退く。

「……た、助かった。殺されるかと思った。京都で殺人事件とか、ほんと、なんかもう、二時間ドラマだから。トナカイに圧死させられるとか前代未聞のミステリーだから」

 俺はぶつぶつ言って身体を起こす。

 ダンサーはトナカイからあっという間に人間の姿に戻ると、窓際のカーテンを身体に巻き付けて顔を真っ赤にしていた。

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あんた、私になにしたの!?」

「え? っていうか、お前、なんで裸なの?」

 なんかよく分からないけど、ダンサーは真珠みたいに艶めく肌を露わにしていた。おかしいな。寝る前はこいつちゃんとホテルにそなえつけてあったパジャマを着てたはずなのに、

 プランサーが呆れたように溜息を吐き出す。

「ダンサーはそもそも毎夜服を着ずに眠るだろう。服を着ても脱いでしまう。裸になったのは己であって、裸のままさらにトナカイへと変じたのも己だ。そして暖でも取りたかったのか三田殿の上で寝た。それだけのこと。三田殿はなにもしておらぬ。我が証明する」

「へぇ、そうなのか」

「納得しないで! この変態! 野蛮人! こっち見ないで!」

 ダンサーは真っ赤になって叫ぶ。

 いや、別に見たくないし? 不可抗力だし? 

 ダンサーの裸なんて興味ないし。いや、本当に。

 いや、うん、まあ、うん。

 俺はのそりと起き上がるとダンサーを視界に入らないように務めてトイレへ急いだ。

「着替えたら教えろ」

 トイレにこもること数分後。

 コンコンとドアをノックする音がして開けると、すっかり着替えたダンサーが立っていた。

「お待たせ、したわね」

 ゆるく波打つ桃色の髪の毛先を指でくるくるしながら、バツが悪そうに言う。

「か、勘違いしちゃって、悪かったわ。びっくりしたのよ」

「ああ、うん。まあ、そうだよな。驚かせて、俺も悪かった」


 昨日は夜の十一時過ぎに京都へ到着し、近くのビジネスホテルを何軒が訪ねてようやくシングルの空きを一室見つけた。

 トナカイ少女達にベッドを進めたが、さすがはトナカイ。

 ベッドがなくても寝られると言うので、お言葉に甘えてベッドを使わせてもらったが、まさかこんなことになるとは。

 朝からドタバタですでに疲れた。

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