第37話 そうだ 京都、行こう。


「我は刀身を直してほしくて、姉上達について日本に来たのだ。刃を直せないということは、雲の中の森に戻ってももう居合いができないことになる。それはしごく無念なり」

「いいじゃない。刀なんて振り回してなんになるのよ。そんな物騒な物を持つなんて、全然可愛くない。どうせだからこの際、もっと別のことを趣味にしたらいいんじゃない。例えばそうね、えーっと、そうね、ボンサイ? とか?」

 は? ボンサイ? 

 盆栽? 盆栽って言ったこの子?

「居合いは日本の文化なんでしょ。ボンサイっていうのも日本のものらしいじゃない。そっちにしてみたら」

「言っておくが盆栽は別にかわいいもんじゃないし、ものすごく地味な趣味だぞ」

 ダンサーは桃色の瞳をぱちくりさせた。

「なっ、なんなのよ。し、知ってるわよそれくらい。でもほら、名前の響きがかわいいじゃない。イアイよりもボンサイってかわいいじゃない」

「分かんねぇ……」

「あんたみたいな平凡ぼんぼん人間には分からないわよ」

 ダンサーはつんと顔を背ける。その頬にはうっすらと朱が差していた。

 完全に言葉の響きだけで盆栽をかわいい認定してたよねこの子。

「盆栽なんていやだ!」

 プランサーはその場にしゃがみ込んだ。

「我は居合いがしたいのだ。あの、刀を抜く前の静けさ。肌がひりつくようなひやりとした空気。邪心を振り払い、呼吸を整え、集中し、一瞬で目の前のものを切り裂く。すっきりと頭のもやが取り払われるような感覚は、居合いでなければ味わえぬのだ」

 決して生半可な気持ちで、ミーハーのように居合道を極めていたわけではないのだろう。

 プランサーはプランサーなりに情熱を注いできたものなのだ。

 その場でぐすぐす泣き出してしまうプランサーを、俺は見過ごすことなんてできなかった。

「分かった。分かったよ、プランサー。京都に行けばいいんだな」

「え?」と、ダンサーとプランサーの両方から声があがる。

 俺は後ろ頭をかく。ぼりぼり、はあーと溜息を吐き出してから言った。

「京都に一緒に行こう。それで、その大切な刀の刃を直してもらおう」

「ま、まことか? 本当に? よいのか?」

「よいよい。有給もたんまり残ってるし、一日くらい休んでも問題ないだろ」

 俺はちらりと腕時計に目を落とす。時刻は九時を回ったところだった。

 ギリ新幹線に乗れば今日中には京入りできるだろう。

 うし。決めたらとっとと行動あるのみ。

「行くぞ」

 森の中を歩き出す。っていうか、この森らしき場所はどこなんだ。

 遠くに街灯らしきものはあるが。位置がまったく分からん。

 スマホスマホ。地図を表示させると俺は上野公園にいるらしかった。

「うむ。三田殿、恩に着るぞ」

「いや、恩もなにも、まだはじまってもないし」

「いやでも、我はうれしい」

「そうか。まあ、無事に京都に着いて刀を直してもらえたらいいな。刀の修理屋の名前は分かるのか?」

「分かるぞ。江戸時代から続く老舗の店なのだが……」

 涙を浮かべていたとは思えないほど人懐っこい笑みを浮かべると、プランサーは素直についてきた。

「ちょっと待ちなさいよ」

 そんなプランサーとは真逆に、不服そうな顔でダンサーは突っ立っている。

「ダンサーも一緒に行くか」

 俺は言った。

 ダンサーが不平不満を冷たく言い放つ前に言ってやった。

「メイドやってるのも疲れがたまるだろ。京都はいいところだぞ。気晴らしに一緒に行こう」

「な、なんで私が」

「あ、でも、京都をお前は知ってるんだっけ? 場所を知ってるくらいだから、その素晴らしさもとっくに知ってるのか。そいつは悪いことをした。じゃ、またな」

「し、知らないわよ。行ったことないもの。そこまで言うなら、ついていってあげてもいいわ。連れていきなさい!」

「へいへい」

 ダンサーはぷりぷり怒りながらついてくる。

 そうだ、京都、行こう。よろしく、俺はダンサーとプランサーと共に新幹線に乗り込み京都へ向かった。



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