第211話 いざこざ
その少々剣呑な空気を纏う狩猟者たち。
傍目に見ても手入れのなっていないと分かる、武器を手にした三名ほどの男たち。
年のころは外見だけで言えば、トモエと同じくらい、同じであれば、前の世界の成人よりも少し早い、そう言った年の頃。
身体は、こういった環境が作用しているのであろうが、それなりに鍛えられて入るが、それこそ運動を、体を動かすことを生業とするなら、最低限はこの程度だろう、そう言った程度でしかない。
オユキは少年たちの様子を伺いながら、ついでにとその青年たちも観察していたが、トモエの道場に通う以前、その頃の彼と比べて、加護も含めて身体能力は上、その程度と判断した。
つまりそれ以外に、特筆すべきところはない。魔物が近寄れば全員で集まって叩き、終われば周囲の警戒もせずにただ落ちているものを拾い集める。勿論武器の手入れもしない。
そして、魔物との戦いにしても、剣や鎧、体をただ盾として扱い、攻撃を受けて動きの止まった相手を狙われていないものが叩く。
最後の部分だけ見れば、有用な戦術ではあるが、消耗が大きすぎる。
つまり初心者、領都の西側を脱却する、そんな人間の一例として、こういった物がいるのだと納得する。
他にも草原には狩猟者の影があるが、そちらもあまり差はない。
少しまともな一団もいるが、そちらは役割分担をしながら、魔物を倒しては、結界迄全員で下がり、武器の手入れを行っている。これまでにその一団は何度か見たが、訓練はともかく魔物の狩り方はオユキ達の物を真似ているようである。
「大分、良くなってきましたね。」
周囲を観察しながらも、魔物との戦いを3週させた少年たちに、そう誉め言葉をかける。
「ほんと。」
「ええ、こうして、戦いの後も息が上がる事が無くなてきました。体力がついたこともあるでしょうが、無駄な力を使わなくなってきた、そういう事ですよ。そのあたりは武器にも出てるかと思いますが。」
「うーん。そうなのかな。」
「武器については、預けたらちゃんと手入れしてくれる相手がいるのが大きいんじゃないか。」
「ウーヴェさんに怒鳴られなくなったでしょう。」
「諦めただけだと思ってた。」
「いえいえ、あの方でしたら、改善が無ければ手が出ると思いますよ。」
そう、オユキが苦笑いしながら、トモエの方を見れば、今度は子供たちが一人でグレイウルフを2匹程相手に奮闘している。
「実際、オユキから見て、俺らってどれくらいだ。」
そうシグルドに尋ねられて、オユキは少し考える。
彼らの身近な人間と比べてしまうと、正直指標としてはあまり役に立たない。差がありすぎる。
少々型や技を覚え始めてはいるが、それはまだまだ始めたばかり、やはりその程度でしかない。
長足の、そう言ってもいい成長ではあるが、それはあくまで彼らにとって出会って、それ以上でもない。
そうして、悩んでいるとシグルドが若干落胆したような表情になったため、オユキはひとまずと答える。
「身の回りの人物でというのは難しいですね。その、比べる対象が悪い、そうとしか言えません。」
「まぁ、だよな。」
「ただ、あなた方の成長としてはっきり言えることはいくつもありますよ。」
そうして、オユキは指折り数える。先ほど言った体力、戦い方、そもそも丸兎1匹相手に全力を使ったのが2ヶ月ほど前だったこと。
そうして改めてそれを指摘すれば、彼らにも実感がわいてきたのか、嬉しそうにする。
「ただ、どれくらい、これが誰かと比べてとなると。正直比べられるのはあの子たちだけですよ。
私もそこまで顔が広いわけではありませんから。」
「あー、あんちゃんとオユキ、異邦人だもんなぁ。」
「そうなんですよね。まぁ、そちらの方と、そういう事でしたら、はっきりとあなた方が上だと、私はそう応えますが。」
にやにやと笑いながら、三人の男が近づいてくる。
少年たちはオユキが視線を逸らした先から、人が近づいてくるのに初めて気が付いたように目を見開いている。
どうやら、彼らが魔物に気が付く能力は、あくまで別の要因によるもののようだなと、改めてオユキは確認したうえで、ほど近くなった相手に声をかける。
「さて、何用でしょうか。」
「なに、子供ばかりだからな、俺らが手伝ってやろうと思ってな。」
「手伝いが必要なのは、そちらでしょう。私たちは求めていませんので、どうぞ他へ。」
オユキの声が硬い事に気が付いたのか、少年たちが揃ってオユキの背後に回る。
それが男たちから逃げるようなそぶりに映ったのか、三人の男はさらに笑みを深くする。
「なんだ、小娘の後ろに隠れる様なガキどものお守りを手伝ってやろうと、そう言ってるんだ。」
「さて、私がこの子たちに教える立場ですから、それ自体は問題のある行動ではありませんよ。
繰り返しますが、あなた方の手は求めていません。どうぞお引き取りを。」
「は、俺らの手伝いが必要ないってんなら、証明してみろよ。」
さて、こちらでの人同士の諍い、それに対して早々神が介入しない事は、少年たちと初めて会った時の事で証明できているが、この者達をどうしたものかと、オユキは考える。
少年たちのようにどこか切羽詰まった、斟酌しようと思える空気もなく。武器も、少年たちの物は相応に使い込まれ、最低限とはいえ手入れがされている、そう分かる程度の物であったこともあり、トモエにしても一度様子を見ようとそう判断したのだろうが、この相手であれば、そうもいかないだろう。
実際に、子供たちの狩りの面倒を見ているトモエから、一度視線が送られたが、オユキに任せるとばかりに、既に意識が外されている。
そもそも、こんなところで狩りをする相手なら物ともしない護衛二人がいるわけでもある。
「必要性を感じません。ああ、みれば分かる、そういう意味です。あなた方はあちらの子供にも劣っているのですから。」
そういって視線で示せば、ようやく気が付いたのか、子供が一人でグレイハウンド3匹を相手に立ち回っている様子に僅かに気勢がそがれる。
「改めて言います。どうぞお引き取りを。申し出は有難く思いますが、あなた方の手助けは不要です。」
そういって、オユキがこれ以上はと気当たりを強める。
それだけで相手はさらに一歩後ろに下がる。
「人の好意を無下にしやがって。」
「好意と、そう仰りたいのであれば、せめてその分かり易い下心を隠してください。
話は、それだけですか。狩りの邪魔になりますので。他の場所へ。それとも私たちが移動しましょうか。」
「くそが、餓鬼の癖に、俺らをなめるなよ。」
「では、下に見られない態度を。ああ、魔物が来ますよ。早く逃げられた方が良いのでは。」
そうして話しているうちに、どういう意図かはともかく、公爵によってつけられた護衛が、鹿の魔物を1匹抜けさせる。
それを見て、三人の男が泡を食ったように、慌ててオユキ達から離れていく。
「まったく。少し注意してみていれば、私達が狩猟対象にしていることも分かるでしょうに。準備はいいですか。」
そう、背後にいる少年たちに声をかければ、アナから恐る恐るといった様子で、声が返ってくる。
「その、オユキちゃんがやらなくても。」
「いえ、皆さんで。休憩は十分でしょうから。」
「えっと、その苛立ちを魔物にぶつけてすっきりとか。」
「その、先に狩猟していただけますか。」
その言葉に、オユキは軽いショックを受け、思わず足元がふらつく。
そんな様子に少年たちが、いよいよ近づいた鹿に向かい、危なげなく狩猟を終える。
そして、戻ってきた少年たちに、オユキは話しかける。
「あの、私、魔物相手に八つ当たりをする、そんな手合いに見えていましたか。」
「いや、それはないけど。」
そういって、シグルドが口ごもると、その後をセシリアが引き継ぐ。
「だって、トモエさんもオユキちゃんも、楽しそうに戦うから。気分転換になるかなって。」
その言葉にオユキは思わず額に手を当てて空を仰ぐ。
その言葉が聞こえたのか、トモエも体の動きが固まっている。
「あの、戦闘狂では、無いんですよ。」
「でも、二人とも、この前の休みの日だって、結局訓練してたし。」
「ね。たまには戦う以外も、そう言い出したのにね。」
その言葉に、オユキは何も言い返せず、ただ黙る。トモエも少年達の様子を見れないほどに動揺し、体が完全に固まってしまっている。
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