第195話 構えの話

食後、食事をとった後に、そのまま少しのんびりと時間を過ごして、傭兵ギルドに顔を出せば、いつもより多くの人がそこにいた。

傭兵らしき人物、それ以外にも、商人や少々豪華の衣装を着た人物と、これまでここでは見なかった人物が多くいる。

カウンターも、一人座っていただけだったはずが、5人程が座り、それぞれに対応を行っている。


「おや、盛況ですね。」

「ま、どうしてもな。南区の結界が、壁までで止まっている。壁沿いに店を構えてる連中に、家を持ってる連中。気が気じゃないだろうな。」

「そうなっているのですね。」

「ま、予想の範囲内だ。騎士団も動いちゃいるが、何にせよ。」

「距離がありますからね。」

「ああ。受付を待ってたら時間がかかりそうだな。ちょっと待ってろ。」

「では、こちらを。」


そういってオユキはルイスに訓練所の使用量を渡せば、話が早くて助かると、そう言い残して裏手に消えていく。


「忙しそうだけど、オバ、ねーちゃんたちはいいのか。」

「途中で止めたから許しますが、次は鼻先を焼きますよ。傭兵ですから、既に受けた依頼が最優先です。」

「そっか。」

「それに、皆さんも南で魔物を狩ってくださいますからね。これはこれで助けになっていますよ。」

「ならいいけど。」

「気になさらず。それこそ手が必要であれば、あなた方も他人ごとではなくなりますから。」


アイリスの言葉にシグルドが首をかしげると、アナが補足する。


「氾濫の時と一緒でしょ。私達もギルドに呼ばれるでしょ。」

「ああ、でも俺達だと足引っ張りそうだけどね。」

「そう。それこそ荷物拾いや荷運び、人ではあって困らないと思うけど。」

「そっちの子が正解ね。戦闘に専念したい人員が、そんなことまでやっていられない物。」

「ああ、そういや前も大量に拾い集めたな。」

「おう、待たせたな。」


そんな話をしている間に、ルイスがいつもの木札を持って戻って来る。


「少し人が多いらしい。」

「おや、そうですか。問題は。」

「こっちにはないな。これまで西側だけでやってたのが、南側相手にしなきゃいけなくなったから、慣らしに来てるみたいだ。」

「こちらは、私たち以外利用者がいませんでしたからね。」

「時間の問題だ、午前中は俺らも使ってるぞ。」


いつもの場所へと向かえば、そこでは雑多な装備をした人々が、互いに武器を交えている。

その様子にトモエが眉を顰めるが、直ぐに視線を外し、いつものように、少年たちに素振りを行わせる。

そんな中、シグルドからトモエに質問が行われた。


「なぁ、あんちゃん。この構えが大丈夫ってなったら、別のにするのか。

 おれ、結構これ便利で気に入ってるけど。」

「弟子入りしてという事であれば、全て覚えてもらいますが。どうしましょうか。

 パウ君はとアドリアーナさんにはそれぞれ覚えてもらいますが。」

「おー、ってことは何か理由が有んのか。」


いきなり新しいことをやらせるといわれた、パウとアドリアーナが驚いているが、そもそもパウは自分が希望していたと、それを思い出し頷いている。


「構えの特徴と言いますか。ちょうどよい機会ですから、簡単に説明しましょう。」


そうして、トモエが少年と子供たちの前に立ち、基本の構えをそれぞれに取りながら、説明を行う。


「今やっているのが中段、その中でも晴眼と呼んでいる物ですが、これです。

 攻防に優れた、本当に基本的な、安定した構えです。」

「ああ、便利ってのはよくわかる。剣を振った後こうなるから、攻めて来にくいってのも分かる。」

「良い理解です。その通り。攻撃の後に、構えに戻りますので、まぁ剣先が下がったりはしますが、そもそも下げる構えもありますからね。

 そして攻撃としては、最速の一手として、刺突があります。」

「その、やらないようにって、言われてますけど。」

「この一手で仕留められなければ、致命的な隙になります。

 相手に武器が刺さって抜けなくなる、回避された時にこうして腕が伸びてしまうので、直ぐに次に移れない。

 相応に危険をはらんでいますから。」

「それで、とどめならと、そういう事か。」

「はい。特にこちらの魔物は仕留めれば消えますから。例えば木に刺さったりすると、大変ですよ。」

「あー。」

「それが、今はあまり使わせない理由ですね。」


続いてと、トモエが構えを変える。アイリスが主に使い、オユキやトモエもたまに見せる構えともまた違う。

ただ剣を振り上げ、構える。中段から相手を斬るために剣を振るよりも、少し高く。


「これが上段です。見ての通り、此処からは攻撃するしかありません。

 攻撃に特化した構えであり、わざわざ振りかぶらない分、さらに早く攻撃ができます。」

「まぁ、うん、分かり易いな。胴体がら空きだし。」

「そうです。変形は今は置いておきましょう、続いて下段。こちらは、より防御に重きを置いた構えになります。」


そういって、トモエが切っ先をかなり下げて構えると、今度は少年たちも首をかしげる。

この構えで防御と言われても、やはり上半身は守れないように見えるのだろう。


「あんちゃんもオユキも、本気の時は下で武器持ってるから、まぁそうなんだろうってのは分かるけど。」

「まぁ、見た目はそうですよね。ただシグルド君、私に切りかかろうとしたらどうしますか。」

「いや、こっから足を出して。」


そう言いながらその動作をシグルドを見て、アドリアーナが頷く。


「その足を斬るんだ。」

「はい、そうです。切れないまでも打ちます。それだけで相手は無造作にこちらに踏み込むことは出来ず、攻めにくい、つまり、防御として成立します。

 まぁ、こちらのように斬撃そのものが飛んできたりすると、確かにあまり理のあるか前ではありませんが。」


そうして、試しにと踏み込むシグルドの足をトモエがはたいて見せる。


「いて。ほんとだ。となると、あんちゃん本気でやる時下に持ってるから、防御の構えが一番強いって事か。」

「それはまたややこしい話になります。」


そう言うと、トモエが構えを解いて考え込む。


「だったら、まぁ今はいいかな。」


その様子にシグルドがそんなことを言えば、パウがシグルドに話しかける。


「相性もあるんじゃないか。やっぱり俺は、上段の方が性に合っているし。」

「私も、武器が短剣だから、結構構えが違うしね。」

「オユキちゃん、それにも、さっきみたいなのあるの。」

「ありますよ。」


そして、オユキが長刀をそれぞれに構える。


「剣とはまた理合いが違うので、大きく変わるでしょう。」

「うん。ちょっと大変そう。」

「これも変わりませんよ、馴染ませるだけです。」


そこまで話すと、トモエの中である程度まとまったのか、また話を始める。


「そうですね、簡単なところで言えば、パウ君の言ったように本人との相性です。

 攻める、そして勝つ、そう言った意志を強く持つなら、上段に初めから構えるのが馴染むでしょう。

 それに基本から外れた構え、というのも多く、それぞれに理由がありますから。

 私たちの流派として、そこに伝えられる技を最も多く、効率よく使えるのが、下段、まぁそれだけです。」


そういって、トモエが片手に軽く下げる様な構えを見せる。


「それ、隙だらけに見えるんだよなぁ。」

「ありませんよ。」

「分かっちゃいるけどなぁ。」


そういって、シグルドがトモエの前で構えて、相対している。

しかし早速気当たりで後れを取り、足がじりじりと下がっていく。


「オユキちゃんの、こう、肩のあたりに構えるのは。」

「私たちは八双、アイリスさんは蜻蛉ですね。違いは、肩か目の高さ、体の開き方ですね。」

「それも上段と同じなの。」

「変形ではありますが、より攻撃的です。この一刀を外せば死ぬ、その気構えと共に、必ず相手を一刀両断にする。その気構えと共に使う物です。」

「うわー。」


アナがそんな声を漏らしながら、アイリスを見る。


「初めて聞くわね。」

「そう、なのですか。」

「ええ。」


アイリスにしてみれば、そのようなことは初めて聞くと、それが嘘ではないと分かるほどに目に熱を込めてオユキを見ている。


「では、よく覚えてください。先の先を制し、相手の意よりも早く、防御諸共に叩き切る。一の太刀を疑わず、二の太刀は要らぬ。それを用いる時点で負けている。

 それがその構えの根底にあった理念です。

 何者よりも早く、何者よりも鋭く。一太刀で何もさせずに切れるのならば、それ即ち最強であると。」

「そう。覚えたわ。」

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