第193話 南区の現状

その後はアイリスにトモエとオユキ揃って座って説教され、何があったのか気が付いたルイスにも呆れられ、そんな時間を過ごすと教会に迎えに行く。

昼前に公爵家の遣い、メイとあったはずだが、なんやかんやと時間がたっていたのだろう。

少年達と子供たちを迎えたときには既に日が沈みかけていたため、そのまま宿に戻り、教会での手伝いがどのような物だったか、アナがあの後、少年たちと修道女や助祭、司祭を交えて信仰について語り合ったりと、そんなことをしていてのだと、楽しげに話しながら夕食を食べ、そのまま一日を終える。


「今日は、そうですね。昨日の遣いの方から、今朝には武器を返して頂けると、そう伺ていますが。」

「丸一日ってのは、久しぶりだな。」

「ええ。しっかりと体を動かせるとは思うのですが、どうしましょうか。」


朝、身支度を整えれば、全員集まって朝食を取りながら、今日の予定に話が向かったときにトモエがそういって悩むそぶりを見せる。


「ああ、南区ですね。結界から離れるほど魔物が強くなるとすれば、門の外は少々手強いでしょうね。」

「そういや、そうなんだっけ。でも、方向でも違いが出るんだし。」

「油断は禁物ですよ。少なくとも判断をするための情報が何一つないのですから。」


そうトモエがシグルドを窘めると、ルイスがそれに口をはさむ。


「そのことなんだがな、一応話は聞いてる。

 南区の中にも、既に魔物が現れ始めてるらしいが、まぁそれはいい。

 今のところ魔物の種類そのものに変化はないそうだ。

 門から少し離れたところに、プラドティグレが現れるようになったくらいか。」

「そういえば、あくまで魔物は淀みによるものでしたか。結界が無くなっても早晩どうこうなるものでもありませんか。」

「いや、かなり数は増えているらしいからな。南に行くならそうだな、東区の結界が残ってる、その境目くらいに陣取ってくれ、これまで見たいに、南の門に近づくと流石に二人だと手が足りないかもしれないからな。」

「分かりました。一度、東の結界の中から様子を見ましょうか。」


そうして、午前中の予定が決まったところに、部屋の扉がノックされる。

トモエが入室の許可を出せば、アイリスが扉を開けに向かい、そこで荷物を受け取る。

想像以上に早い時間に公爵の手配があったようだ。

そして、受け取ったアイリスが、武器を一先ず離れた場所に置いて、呆れた顔で公爵からの便せんを振る。


「後で読みましょうか。」

「今読みなさい。」

「なんか、大事な手紙か。」

「いえ、私達の知識にある武器をご覧いただくために、お貸ししましたから、そのお礼が書いてあるのでしょう。」

「言葉が足りてないわよ。」


アイリスにチクチクと棘を刺されながら、目線が鋭いため、食事中ではあるもののトモエとオユキで手紙を開いて、中を確認する。

中には丁寧な時候の挨拶から始まり、珍しい形状の武器を見たことに対する驚きや、その形の合理性に対する彼の護衛からの称賛、欠点と思われる箇所、装飾が彼の目から見れば寂しい事などがつづられ、短剣についてはただ、改めて戦と武技の神へと、同じ酒を納めさせていただくとだけ書かれていた。


「装飾ですか。飾り紐や蒔絵などはありますが。」

「鞘に塗る漆をまず見つけない事には。」

「あるわよ、漆。森に少し入れば、生えているわ。」


そんな話をトモエとオユキでしていると、じっとりとした目でアイリスが話す。


「接着剤として、このあたりでもよく使われているはずよ。

 塗というのなら、私の国の特産ね。でも、手紙、それだけじゃないんでしょう。」

「いえ、こちらが本分ですね、末尾に改めてお酒を納めておくと、そう書かれていたくらいです。」

「全く。何も知らずに無造作に運んだあの子が可哀そうだわ。」

「案外、知らせていないかもしれませんよ。他の方も気が付いていないようでしたから。」

「そういう問題じゃないでしょうに。」

「よし、じゃれ合いはそこまでだ。さっさと食べちまえ。で、南の方に、位置的には南東か、そこに行くのでいいんだな。」

「はい。鉱山も考えはしますが、武器が揃ってから、やはりそう思いますから。」

「ま、その間にガキどもを鍛えればいいしな。良し、それじゃ俺は先に馬車の方に向かっておく。」


そうしてルイスが先に部屋を出る。

どうやら昨日で護衛期間も終わりかと思えば、まだ公爵から付けられた護衛は残っているらしい。

シグルドが少々手紙に興味を示し、その内容を改めて軽く説明しながら、食事をとって、少し休憩すれば、皆で馬車に乗って、南東に向かう。

そして、そこから見えた光景は少々懐かしさを覚える物だった。


「なんか、こっち来たばっかりの時に見たな、こんな状態。」

「相手に困らないとそういえばそうではありますが、あの時よりも多いように見えますね。」

「これは、例えば魔物に見つかった状態で結界の中に入ると、どうなりますか。」


トモエが、考えるようにして、そう尋ねればルイスからすぐに答えが返ってくる。


「分かっていないこともあるんだが、ある程度近いと追って来る。

 距離だけじゃなさそうだが、離れてれば、興味を失うというか、こちらに気が付いていない、そんな状態に戻る。」

「不思議な物ですね。それでこそ神の御業そういう事なのでしょうが。」


そうして、視線の先。

始めて南区に狩りに出た際に、あまりの魔物に驚いたが、その時と同じかそれ以上に魔物が存在する光景に、どうしたものかと悩む。

確かに目に入る魔物は、さして強くない、それこそ灰兎やグレイハウンドの群れではあるが、少し離れた場所には角が、黄色と黒の毛並みが見えたりもしている。


「退路は確保できていますし、向こうのは私達で対処するとすれば、大丈夫でしょう。」

「ま、そうだな。どうする。俺が纏めて数を減らしてもいいが。」


そういってルイスが自分の両手剣を軽く叩く。

ルイスは魔術を使うところは見たことが無いが、それこそ離れた相手もまとめて切り捨てるところは見てきた。

アイリスも炎の魔術が使えるわけだし、広域殲滅は心得ているのだろう。


「いえ、最近は2,3匹であれば危なげなく戦えていましたからね、むしろ好都合です。」

「お、おう。危なげなかったかな。こう、割と大変だったけど。」

「一度も攻撃を防いですらいませんからね、余裕があると、そういう事です。

 では、早速と行きたいのですが、一日空いてますから、まずは、それぞれ素振りからですね。」

「ああ、まぁ、やるけどさ。

 にしても、南って他から人を回したりしないんだな。」


シグルドが武器を鞘ごと構えて、姿勢を作れば、慣れた物で子供たちまでトモエの前に横一列に並んで、それぞれが構える。


「回しちゃいるが、町中が先だ。」

「そっか、もう門の向こうにも結界がないんだっけ。」

「ああ、魔物はそこまで強いわけじゃないが、町中は戦いにくいからな。」

「そうなのか。隠れる場所も多いし、盾に使えそうだけど。」

「それは、相手も同じってことだ。」

「ああ、こっちが使えるんだから、向こうも使えるよな。」


そうしてルイスとシグルドが市街戦についてあれこれ話始め、他の少年たちも、こうすれば、ああすればと、思い付きを言ってはルイスに諭されている。


「このあたりは経験者の談と、そう聞こえますね。」

「護衛が主ですからね、先日のように街中での捕り物もあるでしょうから。」

「それにしても、結界。離れた位置にも効果がある物なのですね。」

「そればかりは私もどういう理屈になっているのか、分かりませんね。」

「なんにせよ、相手に事欠かないのはいいことです。ここでしっかりと戦闘の経験を積んで、戻れば少し森にも入ってみたいですね。」

「森の中の警戒は、此処とは全く違うものになりますが、そうですね。戻ったら、そちらも目指してみましょうか。それにしても。」


少年たちの素振りを見ながら、オユキは身体を改めて伸ばす。


「昨日から少し動きにくそうですが、斬られた足に違和感でもありますか。」

「いえ、そういう訳でもないのですが、体が重いといいますか。空気が重いといいますか。」

「私は特にそう言った違和感を感じませんが。そうですね、少し気を付けましょう。何か異変があれば、改めて。」

「そうですね。さて、そろそろ彼らも動きが馴染んだようですし、今日も元気に狩りをしましょうか。」

「ええ。さて、行きますよ。」

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