第190話 一夜の夢の如き

「我が巫女たちに、負担をかけるのは望まぬ故、端的に告げるのであれば。」


そこで一度言葉を切ると戦と武技の神は、語る。


「つまるところ加護なのだ。

 我らは良かれと、いや、そもそもなければ人が生きることも難しい、その中で、その方らがより良く、健やかに、安らかにと、そう願い、これを与えている。

 しかし、加減ができぬ。

 我らにとっては、爪の先一本の髪、その程度の物が、恐らく過剰なのだろうな。

 故に、技よりも加護を求める。そして戦における加護は、得るのがさして難しくない。

 魔物に対抗する、その加護であるが故、魔物を狩れば得られる。」


そうして、その神は大きくため息をつく。


「魔物を狩れば功績が溜まる、故にそれに対して、望みを形にする、武技が授けられる。

 さすれば、より技から離れていく。

 必要がなくなるのだ、魔物を狩る、そのためだけに、それを磨く必要が。

 工夫は要らぬ、ただ力でねじ伏せる、身体の力のみ、いや加護も含むがな、その方が都合が良いのだろうな。」


そう、戦と武技の神が、悲し気に呟けば、アイリスの反応は激しいものであった。


「私は、技を磨きたかったのです。

 初めて険を握った、その日から。確かに目指すべき何かがそこに在るとそう感じました。

 ですが、無かったのです。神よ、そこには何も。

 私がどれほど技を磨いても、それを比べる相手が。進歩を感じたときにそれを量る相手が。

 初伝の私に技で届かぬ、その皆伝の者とは一体何なのですか。」


そうして、アイリスは戦と武技の神へと言い募る。


「誰も彼もが口をそろえて言ったのです。

 本気であれば、自身の持てる力をすべて使えばと。

 では、技とは、目指すべき道の果ては何処に。

 加護に任せて、荒れ狂う暴風の如く、一帯を薙ぎ払う。それでは、あまりに虚しいではないですか。」


そう叫ぶように語るアイリスは、そのまま突けに伏して涙を流す。

それは、以前イマノルに、一度トモエが試合を持った傭兵に、あの少年が言いたかった言葉、それをかなり取り繕ったものではある。

そのあたりは、確かに戦と武技の神、それが語る通りの歪みなのだろう。

ただ、己の技に向き合い、それを磨く。

それよりも、町の外で無造作に魔物を狩る、その方が全体としてみたとき、強くなるのだ。

比べるまでもない程に。努力、技を磨く、そんな暇があるなら魔物を狩れ、そうとでも言うように。


「アイリスさん。これはあくまで、そうですね。異邦の地で生きた、その時の話ではあります。」


戦と武技の神も語る言葉を持たぬ、トモエはその答えは己で見つけるしかないのだと、口を開けぬ。

そう言った状況であるのならと、オユキがアイリスに話しかける。


「心技体。その言葉を初めて聞きました。

 その時の私は、確かにこう思ったのです。武とは暴力、体、腕の力。それだけで成り立つと。」


ゲームに没頭し、その中で十全に戦うのに、どうやら現実の知識、能力もある程度求められると、そう分かった時に、オユキは当時住んでいた場所からほど近い、トモエの住まう、トモエの父親が師を務める道場、その門を叩いた。

そこで準備運動をこなせるようになったオユキに、義父は語ったのだ、その言葉を。


「技とは何か、武とは何か、力とは。それを考える私に、師は語りました。

 己はどうありたいのかと、ただ暴力、災害になりたいのかと。」


暫く技を修めてみれば、確かに体の動きは良くなり、ゲームでも数多の魔物を屠る事が出来た。

確かに実感したのだ、その時習い覚えた暴力の、その能力を。

そして、やめようかと、今のこの状況によく似た心を持ったと今更ながらに思い出す。


「人の力ではどうにもできぬような災害、しかしどうでしょう。洪水に耐える技術を、暴風に耐える家を人は立てました。こちらでは、魔物に耐えうる壁、抗し得る技、それも生まれました。

 ただの暴力に負けぬ、その矜持が、確かにそこに在り、積み重ねた結果がある、それが心と。

 ただ荒れ狂う暴力、それから目を背けず、己よりも優れている、それを認め、ではどうするか、そうした工夫、その全てが技であると。

 しかしその二つでも足りぬ。吹く風に飛ばされぬ、地に足を下ろす、その力が体であると。

 そして、そのどれが欠けても、荒れ狂う、ただ吹き荒れる嵐の最中には立てぬと、そんな話を聞きました。」


さて、その時のオユキはどう感じたであろうか。

今ほどの納得は得ていなかったし、理想論、そう思いどこか軽んじた、それも事実であろう。

しかし、今は、こうして日々魔物を狩り、隣に目指すべき、並び立つべき相手がいる今なら、今だからこそ思うものもある。

伝えようとしていたのは、恐らくこれなのだと、そのような物が。


「ならば、あなたは、我が先達が、足りなかったと、そう言いますか。」

「ええ、そう言いましょう。その言葉を取り消せと、そういうのであれば我らに勝ってから、その様に。

 そうですね、今のあなたが、全力を尽くして、私とトモエさんに一太刀入れる事、それは叶いますか。」


トモエの挑発的な言葉に、ただアイリスが黙る。

そもそも以前技を比べたときは、訓練だからと、あらゆる加護を封じる、その指輪を付けて、そのうえでの結果であった。

相応に魔物を狩った今、身体能力に加護の補正が入った今。

それを封じず戦えば、オユキでもアイリスに負けることはない。

彼女が魔術、見知らぬ技術を用いようとも。

そうした感情を乗せて、ただアイリスを見る。


「そこまでにせよ。我が巫女同士、そう争ってくれるなよ。

 どこまで言っても、全てが正しいのだ。我らは加護を与える。

 それを用いて魔物を狩る、その構図が根底にある限り、我らの意に沿い、魔物と戦う。その行為、その本質それは等しく正しいのだ。」


そうして、戦と武技の神が語る。


「純粋に技を磨く、そうなれば我らの加護は足枷にもなろう。

 して巫女よ、その方が望むのであれば、この二人同様、そなたにも我だけではなく、あらゆる神の加護を封じる、その指輪を与えよう。

 加護の全くない身で、技を磨く。それもまた我の心に沿うのだ。

 そして、そこで改めて見える物もあるだろう。我らは道を示すものではなく、あくまで見守る物。

 道からそれた時、助言程度は行うが、道の先を示すものではない故な。

 それに武の道、それは何処までも多様性に満ちておる。我がどこか一つに導くのも、また違う。」


問われたアイリスは考え込むそぶりを見せる。

彼女にしてみれば、技を磨く場、そこを飛び出したその決断を否定する、そういう事になるのかもしれない。

さて、話すべきことは話したと、オユキが机に置かれたデザートと、ワインに改めて手を伸ばす。

神の前とは言え、そもそも礼を取ろうにもそれができないのだからと開き直っていると、トモエが口を開く。


「弟子入りと、そのような話もされましたが。

 望むところは何処でしょうか。

 技を極めるのか、力をただ求めるのか、それともそれ以外か。」

「私は。私は。」

「以前も言いましたが、流派が違います。あなたがその流派を求めるのなら、私はそれを教えることは出来ません。

 似た物は知っていますが、所詮はよく似た何かです。

 ですが、技を比べる、その時間は持てます。それだけです。私ができることは。」


そうトモエが話せば、アイリスはただまっすぐ戦と武技の神を見る。


「二人を見て、私も思ったのです。

 開祖様、今は失われた技は、この研鑽の果てにあるのだと。

 しかし、ただ魔物に相対しても、剣を振ってもダメなのです。

 加護があれば、力で技を成立させてしまえるのです。それこそ先ほどオユキが語った心技体その揃いのように。

 何かが飛びぬけていれば、他が必要なくなってしまう。

 そうではなく、私は、技を。それでも、開祖様がこの世界に必要だ、助けになる、そう信じた物を求めたい、そう願わずにはいられないのです。」

「相分かった、故にその方にもこれを授ける。上手く使うがよい。

 そちらの二人と違い、これまでの行動で、戦果は十分、功績を授けるにふさわしいものである故な。

 しかし忘れてくれるな、それを使い、その方らが魔物に傷つけられる、それを我は望まぬ。」

「訓練の時にだけ、そうします。」

「うむ。それが良い。まぁ、今日はここまで。良い酒であった。良き悩みであった。

 悩み迷い、それでもと、叫んで前に進む、それを我らは望んでおるよ、そのために自由を与えたのだから。」


後には空いたグラスが残される。そこに他にもう一人がいた、その気配も残っていない。


「忙しない一日でしたね。」

「それで済ませるお前は、ほんと大物だよ。」


そうして、その時間は終わりをつげ、そのままそれぞれが部屋に戻り、休む。

明日は今日よりも良い日に、そんなことを考えながら。

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