第155話 食事の時間

「さて、まずは食事を楽しみましょうか。」


アマリーアが席に着くとそう告げる。

執事に案内されて部屋を訪れたホセとアマリーアを見て、シグルドが本当に来たと呟き、アマリーアがそれに苦笑いを浮かべる、そんな一幕はあったが、全員で席について食事が並べられると、アマリーアがそう告げる。

これからの話はウエイターがいる場でするようなものでもないだろう。

事前に少年たちにもそう伝えておいたため、皆で食事と、並べられた料理について話を弾ませる。


「そうね。どうしてもこちら迄入ってくると、食事はコースが多くなるわね。」

「へー。最初っから全部並んでるほうが、楽だと思うけどな。」

「ええ、食事をただ楽しむならそうだけれど、どうしても話しながらとなると、一度に全部並べると、冷めてしまうもの。」

「おー、案外堅苦しい事にも理由があるんだな。」

「ええ、他には趣向を凝らしたもの、それをゆっくりと楽しんだり、それを用意する時間を、作ったりと、理由は色々あるわ。まぁ、肩が凝ると、それは否定できないのだけれど。」

「でも、美味しいです。それに見てるだけでも楽しいです。」

「本当に。相変わらず此処の料理は、頭一つ抜けているわ。」

「私たちの知識、その、異邦でのことになりますが、この一帯とはまた違うコースの組み立てと、そう感じますね。」


トモエが、料理を口に運びながらそう話す。

なんだかんだと、簡単に自己紹介をしながら始まった食事も、人数がそれなりにいるためセコンドピアットまで進んでいる。


「そうなのかしら。隣国では違うというのは知っているけれど、あちらは品目が多くて、大変よ。」

「いえ、先ほどパスタ、そう呼んでもいいのでしょうか、それが先に出てきたので、気になりまして。」

「あら、そちらでは違ったのかしら。」

「固有名詞で判断するのであれば、そうですね。この構成は二つほど離れた国の物となるでしょうか。」

「そう。もともとこういった出し方も、このホテルを作った使徒様が広めた物だから、そのあたりが関係しているのかもしれないわね。」

「ああ。そういう事もあるかもしれませんね。」


トモエはそれに頷くと、それ以上の追及を止める。

事実を知る物は既におらず、追及したところで特に意味もない。

ただ、食事の話題として気になったから口に出した、その程度でしかないのだから。

スペインのコースと思えばイタリアンのコース、疑問は生まれるが、まぁ、その程度でしかない。


「こちらに来られた異邦の方は、あまりそちらの話を残してくれないのだけれど、そこには何か決まりがあるのかしら。」


トモエが話を切れば、アマリーアがそう尋ね返してくる。


「聞かれれば答えますが。私達はこちらに来させていただいているみです。

 自分のいた場所のように作り変える、それよりはこちらを楽しむ、合わせる、まぁそういった意識の働きかと。

 その使徒様も、あくまでこの宿だけと、そうしたのでしょうし。」

「成程。ただ興味はあるわ。」

「その、漠然と語れと言われても、何からと、そう悩んでしまうものですから。

 概論として、そういった話は残っていないのですか。」

「そちらは残っているのだけれど、あまりにも概論で。歴史を60億年以上とそういう方もいれば、6000年程度という人もいましたから。正直何が正解なのか、記録を残している者の間でも別れる始末です。」


その言葉に、トモエとオユキは顔を見合わせて頷くしかない。

申し訳ないが、質問の仕方がまずいのだ。

オユキとトモエにしても、それを聞かれれば、どちらも正しいと、そう応えるしかないのだから。


「その、ですね。私たちが今こうして話している言語は、恐らく神の業によるものでしょう。

 まるで母国語と、そう感じるかのように話せますから。書かれている文字については、読めない異邦人もいた事でしょう。」

「ええ、会話はできても、読み書きはという方は、これまでにもいましたわ。」

「あ、俺も簡単な物しかできないや。」

「では、これから勉強しましょうね。さておき、話している言葉にしても、固有名詞がたまに伝わっていない、その印象は受けています。つまり、元々のその言葉に対する知識、それがあるかどうかという事なのでしょう。

 少々漠然とした物言いになりましたが、話を戻すと、歴史と、そう問われた時に、世界の始まり、宇宙開闢からをさすことも、解剖学的な見地から人類史の起点を決めることも、記録を根拠に歴史を語ることも、どれも間違いとは言い切れないのです。」

「成程。その始まりの違い、それが異邦の方の回答のぶれになる、そういう事かしら。」

「はい。私達も同じ世界で暮らしていましたが、国も、習慣もそれぞれに異なります。

 勿論、何に興味を持っていたかも。」


そうオユキが締めれば、アマリーアはただ肩を竦める。


「聞き方が間違っていた、そういう事ね。

 より具体的に、誤解が生まれないように。概論としてでは、それを問われた人の価値観に左右されると。」

「はい、その通りです。

 こちらでも魔物について漠然と問えば、人によって答えが変わるでしょう。」

「そのとおりね。」


そういったそれこそ雑談としか言いようのない物を続け、食事がデザートとなった時、飲み物も合わせた出すようにと頼み、食卓にそれらが並べば、ウエイターには退室してもらう。


「えっと、これまでは普通に話してただけ、で、良いんですよね。」


そうして室内に事前にこの面子と、そういった人だけになると、アナが不安げにそう尋ねる。

その様子にアマリーアが苦笑いをしながら、オユキ達よりも先に口を開く。


「あなた達、少々厳しすぎじゃないかしら。」

「機会がそうあるとも思えませんから。」

「えっと、そういう言い方になるってことは、なんか、違うんだな。」

「えー。だって、最初は普通に話すだけって。」


そうして頭を掻かる少年たちに、トモエが何か思いつきますかと、声をかける。

その一方で、アマリーアが疲れたようにため息をつく。


「まったく。あの子も、これくらい厳しくした方が良かったのかしら。」

「貴族の出、なのでしょう。これまでそうされていたと、そう考えても仕方ないのでは。」

「だからと言って、職員への教育を怠っていい理由にはならないもの。

 いえ、私がさっさとこの仕事を止めてしまいたいと、そう思い続けているせいもあるのでしょうね。」


その様子からは、見た目とは違い、以前よく見た、老人の、既に仕事に熱意を持てず、かといって引き継ぐ先も存在せず、ただ惰性で続けている、そういった人物と同じ気配が漂っている。


「その席を、譲れる先が現れませんか。」

「まぁ、そうね。長く生きた、長くこうして続けてきた、そしてこれからも長く続けられる。

 重しとしては、最適だもの。」

「人同士の利益、その調停、神の介在があっても、ですか。」

「人の世だもの。」


そして、一方ではトモエが少年たちに説明を続けている。


「雑談の場で、人となりを見るのですよ。」

「あんな話で、分かるもんなのか。」

「ええ、選ぶ話題で好みが、そこから広げる話題で教養が、食事の振る舞いで出自が。」

「えーと、そうなんですか。」

「はい。食事の取り方は、その方がこれまで食事をとった環境が出ますから。

 あなた方は私とオユキさんの振る舞いを真似しようとしていましたが、アマリーアさんとホセさんは、また違ったでしょう。」

「いや、そうなのか。」

「えーと、違ったのですよ。次に選ぶ話題ですね。今日は話の切欠としては料理として出されたものですが、オユキさんは果物、私が小麦の加工品を。つまりオユキさんは果物が好きで、私はこの小麦の加工品、パスタやパンに興味があると、好んでいるものですよと示したわけですね。」

「うわー。」

「そこから話を畑に展開させるか、手入れに展開させるか、はたまた作り方に展開させるか。

 今度はそこに、その話をしている人物が持っている知識、教養が現れるのです。

 知らなければ、話の膨らませようもありませんからね。」

「ってことは、俺らが教会出身っていうのも。」

「ええ、伝わっていますよ。」


そうしたやり取りをアマリーアがちらりと横目で見て、疲れたように呟く。


「あまりやりすぎないようにね。」

「あの子たちが本当に疲れたり、嫌がれば止めますとも。」

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