第146話 領都の商人ギルド
「さて、お待たせしてしまいましたかしら。」
ノックの音に、入室を促せば、ホセと長く横に伸びた耳が特徴的な女性を先頭に、7名の人物が室内へと入ってくる。
「いえ、着いたばかりです。」
「ああ、ごめんなさいね、先にお茶を運ばせるわ。」
そう言うと女性が軽く一人の女性に目配せをすれば、声を出すことなく頷き、部屋を出る。
「それまでの間に、簡単に自己紹介をさせて頂くわね。
私はアマリーア、それとこっちがカレン。後の三人は屋敷の使用人だから、今は紹介は省くわね。」
「こちらは、そうですね私がオユキ、こちらがトモエ、そしてシグルド、この三名がそれぞれにトロフィーを得ています。」
「ホセからは聞いたけど、話が速そうで何よりね。」
そういって、アマリーアが緩く微笑むと、先ほど出て言った女性が、ワゴンに茶器を乗せて運んでくる。
「どうぞ楽になさって。あなた方はお客様ですから。もてなすのがこちらの仕事ですもの。」
「ええ、そうしたいところではありますが、この子たちは見た目通りですから。」
そういって、オユキが苦笑いを浮かべて、未だに固まっている少年たちを見る。
「そのようね。粗暴な方は苦手だけれど、狩猟者の方々が持ち帰ってくださる物が、私達の主要な商品ですから、あまり畏まられても、困るわ。」
「それこそ、経験でしょう。さて、私としても予想はありますが、本日こちらへお呼び頂いた理由をお伺いしても構いませんか。この子たちも、それが分かれば、少しは安心するでしょうから。」
そう、オユキが笑いながら話せば、アマリーアもただ微笑みを浮かべる。
特にお互い何を言うでもなく、入れられたお茶が並べば、彼女が先に口をつけ、そのあとに、オユキとトモエも頂きますと、そう告げて口を付ける。
オユキは飲みなれないものであるが、甘い香りが鼻をくすぐるそれは、とても気に入る物であった。
「そうね、先に予想を伺っても宜しくて。」
そう水を向けられて、オユキとしては、随分と懐かしいやり取りだなと、そんなことを思いながら、横に並べられた茶菓子、焼き菓子ではあるが、つまんだ感触が柔らかいそれを口に運ぶ。
こちらは柑橘の香りが強く、それでも下にはしっかりとした甘さが残る、そのような品であった。
一つを美味しくいただいてから、オユキは話を切り出す。
「トロフィーの扱いに関してでしょう。シグルドの得た、全身の毛皮、トモエの虎、両断されていますが、縫って使えばこれも全身、そして、私は頭部を丸ごと。
飾りとしても、実用としても、一級品、そういう事でしょう。
その揶揄するつもりはありませんが、嗜好品、高級品として申し分のない物でしょう。
このあたりに住まわれる方にとっては、魅力的な。」
「ええ、競りをと、そう言い出したのは、私ではなくこっちのカレンだけれど。」
それにカレンと、そう呼ばれた女性に視線を向ければ、彼女が変わって話し出す。
「ご想像の通り、需要が非常に高い品です。皆さまの防具には向かないでしょうが、それでも生活の豊かさを求め、示す必要のある方には、まさしく喉から手が出るほどです。」
「ええ、その、こちらでも同じかは分かりませんが、家格や身分、それを示すことで回避できる面倒、その理解はありますから。」
「話が早く、有難い限りです。」
そういって、頭を下げるカレンに、トモエが少年たちに向けて話始める。
その前に、一度この場の主人であるアマリーアに目を伏せて断ってはいるが。
「この場が用意されたのは、あちらの方によってという事ですよ。」
「特に、何かしたわけでもないと思うけど。」
「あの方々が、取り扱える高額な商品、それを用意しましたからね。」
「でも、別に、そいつらの為ってわけじゃないぞ。」
「そうですね。しかし結果として彼らは嬉しい。だからそれにたいして、そういう事です。
用意していただいた苦労、その分は受け取りましょう。」
トモエの言葉にある程度納得がいったのか、シグルドたちから肩の力が抜ける。
そうして諭すさまを見ていたアマリーアも、くすくすと静かに声を立て口元を抑えながら微笑みをこぼす。
「あー、どういたしまして。ただ、トロフィーを下賜してくれたのは、神様だから、俺らよりもそっちにお礼を言ってくれ。」
「言葉遣い。」
そういったシグルドの脇に、アナが拳をたたき込み、小声で叱る。
「勿論ですとも、気持ちの良い少年、シグルド。我が名に賭けて神への感謝を捧げると、そう約束しましょう。」
「お、おう。その、強制したいわけじゃ、無いからな。」
「だから、丁寧に喋りなさいよ。」
「良いのですよ。敬意を表すには所作が分かり易いですが、その少年にそれを払われるに足る何かを、私は示した覚えもありません、加えて真心があるのは分かりますから。
それにしても、聞きましたかカレン、この若芽のなんと心地の良いことでしょう。」
話を振られたカレンは、頷きながらも苦言を呈する。
「狩猟者ギルドが、値段を決めるとはいえ、あなた方も名を上げれば、直接物品のやり取りをすることもあるでしょう。もう少し、こういう場に慣れたほうが良いですよ。」
「お、おう。そういうもんか。分かった慣れてみる。」
「そういう事ではないのですが、まぁそのあたりは保護者に任せましょう。」
カレンが頭を押さえたことで、何か悪いことをしたのかとシグルドがそわそわとしだすが、そんな彼にアマリーアがお茶と菓子を進める。
しかし、彼はどうにも甘いものが得意ではないようで、そのまま横にいる少女たちの方へと流す。
そしてそれにカレンが苦い顔を浮かべ、そっとトモエが苦言を呈する。
「その、勧められたものを何の断りも無く誰かに渡すのは。」
「ああ、そうだないい気はしないよな、その悪かった。ただ、こういう甘いのはあまり得意じゃなくて、こいつらが好きだから、つい。」
「分かりますわ。そうね、確か西方からの品があったわね、そちらをお出ししましょう。」
アマリーアがついに抑えきれぬ笑いと共に、控えている使用人にそう告げる。
「少し、重たい話もありますからね。せめて、会話は楽しく行いましょう。」
「ああ。そのような話も出ますか。どちらからと、先にお伺いしても。」
オユキにしてみれば、求める先がどのような相手かは分かっている。
であれば、それが誰かと、そういう話にしかならない。
そもそも何事もなく競りが行われるのであれば、欲しがる人物が、その場で競り落とせば済むのだから。
そうではない、つまり、そこで万が一にも邪魔されたくない、そのような人物がいる、そういう事だ。
後は、それが誰か、それだけの話ではある。
「話が早くて良いことだわ。ただ、そちらの子たちはわかっていないようですから。」
「ええ、ゆっくりとお茶とお茶菓子を頂きながら、そうですね。」
「ええ、せっかくの良い品ですもの。楽しい時間、そのために使うほうが良いでしょう。」
そうして可憐にほほ笑むアマリーアに、平時であればそれも構わないと、そうできるのだが、オユキとトモエには少々急ぐ用事もあるため、少し相手を急かす。
「そうですね。ただ、シグルドたちもこちらの、本教会ですか、そちらへの手紙を預かっていますから。」
「あら、そうでしたか。それに武器も予備が無いのでしたね。
成程、では今日は改めてお話しさせていただく、その日取りを決めましょうか。
シグルドさん達も、という事ですが。」
「ええ、私達も水と癒しの神を祀る教会、そちらへ向かう必要がありまして。」
「ああ、そちらが本教会ですわ。」
そう言うと、アマリーアは少し考えるそぶりを見せて、オユキに質問を行う。
「そちら、手紙と用件を果たすのに必要なものは。」
「ええ、持っています。シグルド君は。」
「ああ、手紙は持ってきてる。」
「そうであれば、今からご案内しましょう。工房はすぐにといきませんが、まずはそちらを。カレン。」
「分かりました。」
「では、面倒な話は、道中で少し行いましょうか。私も教会には用がありますから。」
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