第133話 領都へ向けて
「はい、それでは引き渡しの書類は、これで大丈夫ですね。」
「長い間預かっていただき、ありがとうございました。」
「これも、業務の内ですから。」
ミリアムは、そういってトモエがサインした書類を丸めると、ホセに目配せをする。
「では、こちらで積み込みますね。」
そういって、ギルドの入口近くに置かれた、大きな木箱と、布でくるまれた物を、傭兵と協力して荷馬車に早速積み込み始める。
「それにしても、ことここに至って初めて見ましたが、アレが骨ですか。」
「はい、間違いなく。いえ、お気持ちはわかりますが。」
トモエがそういうのも無理はない。
荷物の受け取りに合わせて、鹿の角は、見たままだが、剥ぎ取られた毛皮、そして、そのうちに収まっていた骨は初めて見たのだ。
爪にしても、黒く染まった鋭いものであることはわかっていたが、骨はもう金属と言われたほうが納得いくような見た目であった。
玉鋼のように、黒く穏やかな光沢を持ったそれは、オユキにしても初めて見る物で、形が骨としての形状を残していなければ、ただ首をかしげただろう。
頭蓋、眼球なども素材として使えるようで、いよいよ骨しか残っていなかったが、まだ残る鋭い歯だけが、白々と輝く、鋼鉄製の頭蓋骨、そのような物を見せられて、二人して言葉を失った。
「これは、なかなかの重量ですね。」
「兄ちゃんは、初めてか。普通にソポルトが残すのは、毛皮、それもちょっとだけだが、たまにナイフくらいの量を残すことがあってな。」
「いえ、そちらを扱ったことはありますが、希少で、それこそナイフ2,3本分ですから。」
「ああ、まぁ、そりゃそうだな。よし。乗ったな。どうする、奥に入れるか。」
「今回はこれを運ぶのが仕事ですから、奥で。」
「違いない。」
そうして、数人がかりで、荷台の奥へと押し込んでいく。
「にしても、これで、武器を全部で10もいかないくらいか。ほとんど残るんじゃねぇか。
全部大剣にしても、半分も使わないぞ。他と混ぜりゃ、さらに残るんじゃねぇか。」
「そのあたりは、知識がなく。残ったものはホセさんにそのまま販売する予定ですから、ご入用でしたら、ホセさんと交渉してくださいね。」
「ホセ。どこに卸すかは決めてんのか。」
「そのまま領都の商業ギルドですね。」
「そうなると、ほとんど工房が持っていきそうだな。」
「そのあたりは、それこそ現地で交渉していただくしか。」
「ま、そうだよな。」
そうして、積み込んだ荷物を載せて、荷馬車と共に、門の前にたどり着く。
そこでは既に、さらに4台の荷馬車と、かなりの人数が待機していた。
「その、思ったよりも人が多く感じますが。」
「積み荷が積み荷ですから。普段よりも多いことは確かですね。」
「魔物の部位を運ぶことに、危険があるのですか。」
トモエが、不思議そうに尋ねる。
オユキにしても、ここまでする理由が想像できない。
「魔物の部位には魔力が残っているので、魔物に狙われやすいというのもあるのですが、まぁ、正直誤差ですね。」
「魔物を引き寄せるのですか。」
「ええ、他にも望まぬ人物を。このあたりには居ませんが、領都の周りには、それなりの数がいますよ。」
「そういった、人物にとっては、まさに一攫千金、戦力の増強も叶うと、そういう事ですか。」
「あの、自覚が無いようですから、伝えておきますが、今回の護衛対象はあなた方もですからね。」
ホセがため息をつきながらそうオユキに伝える。
さて、確かに体力は乏しい自覚があるため、おとなしく荷馬車に積まれれば、それに従うつもりではいるが。
「嬢ちゃん。残念なことに、盗賊は女子供も狙うのさ。」
そう、ルイスに声をかけられて、今更ながらにオユキはそれに気が付く。
「ああ、成程。私とシグルド君たちですか。」
「そういうこった。隣国では人も商品になるからな。」
ルイスの言葉に、トモエから剣呑な空気が流れる。
それは、ルイスが武器の柄に手をかけるほどに。
「神の裁きが現実にあっても尚、そのような輩がいますか。」
「恩恵は一切受けられないらしいがな。それでもいるさ。
正直、潰したところで次が現れるし、巣穴を潰したところで、そこに常駐できるわけでもないからな。
ま、ちょっとした魔物よりは強い、だが、狡賢い、そんな連中だな。」
「まったく。度し難いですね。」
「聞いちゃいると思うが、そういうのには必ず烙印が押されてる、隠せないから見間違うことはないと思うが、まぁ気を付けな。」
ルイスはそういうと、ホセに声をかけて、護衛を全員一か所に集める。
30名近いその人数を前に、改めて、今回の行程を確認し始める。
「で、ホセ。今回の経路はこれで間違いないのか。」
「はい。依頼人の事もありますし、時期的に、各町で干物を卸していきますから。」
「うし、わかった。全行程で12日か。積み荷に食料が少ないのは、そこで仕入れていくからだな。
降ろしは、この日程で間に合うのか。」
「決まった量ですからね、町に着いて30分もあれば終わりますよ。」
「じゃ、後は積み荷の護衛だな。」
「そちらはお任せしますね。ただ、トロフィーと依頼人が第一です。外から受けた依頼ですからね。」
「だが、そっちは道中魔物との戦闘にも加わるつもりだろ。」
そういうと、ルイスがオユキ達に視線を向ける。
「難しいと、そう判断されたなら従います。
他の方を危険にさらしてまでとは思いませんから。」
「なら、基本は積み荷だな。途中馬を休ませるのに、休憩する、その間なら。」
「分かりました。」
「それと、今回は往復らしいが、領都ではどの程度かかりそうだ。」
「私達は領都で荷物を下ろした後は、暫く近隣を回りますから、1ヶ月ほどでしょうか。
それだけあれば、依頼人の武器も用意できると思いますので。最短で、そこまで、最長でも追加で1週ですね。」
「分かった。それと、道中の魔物は。」
「いつも通りで。そちらの取り分としてください。積み荷として乗せる場合は、あっちの荷馬車にスペースは用意してますから、その範囲でお願いします。今回は毎日町によるので、いつもよりはやりくりもしやすいかと。」
「違いない。よし、それじゃ、出るか。」
ルイスがそう声をかければ、一団でぞろぞろと門から出ていく。
事前の話し合いでは、オユキ達も荷馬車に合わせて歩くという話もあったのだが、それは傭兵達によって、すぐさま却下されることとなった。
そもそも、歩くペースが違うからと。
「それにしても。」
荷馬車ではあるが、人が乗るためにと誂えられた馬車が動き出す中、トモエがぽつりとつぶやく。
馬車はホロで覆われ、後部のみ、布の上げ下ろしで出入りができる、そんな作りになっているため、外の様子が見えたりはしない。
「魔物がいるというのに、よくも馬が草食動物として存在するものですね。」
一緒に馬車に乗っている少年たちは、その言葉の意味が解らないのだろう。
答えを返せるわけもなく、何を不思議に思っているか分からない、そのような様子だ。
「まぁ、その分生き物も逞しいという事ですよ。」
オユキとしてもそう答えるしかない。
畜産が行われていることもそうだが、天敵が前の世界に比べて多い中、馴致されるような生き物が、魔物相手に生き残れるのか、それを疑問に思うのはもっともなのだ。
「そろそろ、速度も乗ってきたかと思います。外を見てみると、分かると思いますよ。」
揺れが激しさを増してきた馬車の中、オユキがトモエにそう声をかけると、トモエが下ろされた布をめくり、外を除く。
そこでは、想像を超える速度で周囲の風景が流れている。
「生物尺として、馬力などというものがありましたが、サラブレッドですら4馬力、と言われていましたが。
こちらの馬は、それこそ、車より早く走りますから。」
「この揺れは、てっきり路面によるものかと思っていましたが。」
「それもあるかもしれませんが、魔術のある世界です。
衝撃緩和の魔道具となっていますからね、馬車の荷台そのものが。」
「だとすれば、領都というのはかなり遠いのですね。」
「ああ、そのあたり、そういえば、話していませんでしたか。」
オユキはそういえばと、今更ながらにそんなことを考える。
そもそも地平線がなく、遠くにある物は、森、壁、そもそも光が届かないのか、靄に消えていく風景が広がるばかりで、遠近感もつかみにくいのだろう。
「始まりの町がある公爵領ですが、ユーラシア大陸より少し大きいと、そう言われていましたよ。」
「一つの領で、それですか。」
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