第128話 説教

翌朝、これまでに比べてかなり早い時間に、教会へと赴く。

昨日のことに加えて、領都まであの子たちも同行するのか、させても良いのか。

それを確認するためでもある。

前の世界であれば、少々常識の問われる時間ではありそうだが、そこは、教会。

既に門戸は開かれていた。昨夜の残りとなって心苦しくはあるが、礼拝所で出会った教会関係者と一目でわかるローブを着た女性に、そっとハムを渡して、用件を告げる。


「その、こちらの子供たちの事で、お話が。」

「どの子でしょうか。」

「シグルド君たちなのですが。」

「ああ、あの子たちの面倒を見て下さっている。今はまだ食事と、それから他の子の世話をしている頃かと。」

「そうですか。それで、まぁ教育方針といいましょうか。」


さて、どう説明した物かと、オユキが頭を悩ませると、女性は朗らかに笑って、二人の意図を組んでくれた。


「今のままで宜しいかと。あの子たちも、以前より熱心に神の教えに耳を傾けるようになりましたから。」

「その、疑問を与えてしまったのでは。」

「疑問を持たないほうが良くない事ですよ。そうですね、お待ちいただけますか。」


そう言われて女性が奥に引っ込んでいったため、二人で神々の像の前で礼拝を行う。

そこまで信心深いわけでもない、ただ機会を貰った事への感謝とか、そういった物はあるが、それ以上の物では無い。

ただ以前、二人の住んでいた国によくいる、ゆるい信仰しか持たない、そんな接し方しかしてこなかった手合いだ。

折に触れて感謝を、それ以上の物では無いが、こうして実在し、明確に価値観に組み込まれた世界であれば、タブーの類も変わるのだろう。

それこそ、トモエの言葉に、泣きそうになりながら、物を言うほどには。


「お待たせしてしまいましたか。」


かけられた声に振り返れば、ロザリアと、それを呼びに行ったであろう女性が二人で並んで立っている。


「いえ、こちらこそ、朝早くからお呼び立てしてしまって。」

「構いませんよ。神の前、迷う人の前に、当教会は閉ざす門などありませんから。」

「ありがとうございます。それで、あの子たち、シグルド君たちですね。

 戦い方を教えるにあたって、どうしても以前の価値観で話すこととなりまして。」


お恥ずかしながら、そう付け加えるトモエに、ロザリアが小さく声を出して、笑う。


「いえいえ、お気になさらず。全く問題ありませんとも。

 さて、たまには司教らしいことをしましょうか。」


そういって、ロザリアが、並んだ立像の前、説教台に立つと、二人を見据えて、話を始める。


「異邦の方は、そもそも加護の薄い、いえ、なんといえばいいのでしょうか。」

「その、教会の方を前に、使うべき言葉ではありませんが、存在に懐疑的な者が多い、そんな世界でした。」

「まぁ、そのような世界ですから、こちらのように、存在が確かであり、私たちに恩恵を、過ぎた悪には罰を、そういった状況を、難しくとらえてしまう方が多いようです。」


そう言うと、ロザリアは一度宙に印を切ると、訥々と話し始める。

その声は、慣れを感じさせるものであり、礼拝所の中、良く響く声であった。


「神々の御心は、私たちで推し量れるものではありません。勿論神の教え、そう呼べるものも確かに存在します。

 ですが、それすらも神々によって違うのです。

 水と癒しの女神は、戦いをあまり好まない気性の御方です。

 戦と武技の神は、闘争を好む素性の御方です。

 もちろん、尊き二柱の間で闘争などはありませんが、では、神々ですら意見が分かれる。

 だというのに、私達の意見が分かれた、それがなにほどの事でしょうか。」


その言葉に、トモエとオユキは思わず顔を見合わせる。

思えばこうして教会、その建築様式から、どうしても一神教に近いものと、そんな偏見を持ってしまっていたが、こちらは多神教なのだ。

そこには、多様な価値観を許容する下地があるのだろう。


「でも、ばーさん。神の教えを守れって、いっつも言うじゃねーか。

 ばーさんだけじゃなくて、修道の人も。」

「当たり前です。私たちは神々の作った世界に、そのうえで生かされているのです。

 それに感謝を持たぬなど、畜生に劣る振る舞いでしょう。

 それに繰り返し言っていますが、神の共通する教えは、ただ一つ。

 良き者であれ、それだけなのですよ。後は、特別信仰を深くするお方がいれば、そちらに寄せれば宜しい。」

「まだるっこしいな。」

「そもそも、神の教えを説く私達ですら、神々ではありません。

 その御心の内など、知りようがないのです。ですが、これまでの積み重ね、時折頂く御言葉、それをただ伝える、そういった者に過ぎないのですから。」


これまで行ったことのない方向からシグルドたちが現れ、話に混ざる。

少年は頭を掻きながら、ロザリアに疑問をぶつける。


「んー、なんか、こう、もうちょっと分かり易くならねーの。」

「では、全てを神々がお決めになって、ただそれに従うのが、良い在り方だとそう思いますか。」

「いや、それは、なんか、違う。」

「そうでしょうとも。」

「んー、でも、こう、なんだ。」


言葉にならないもどかしさだろう。

それと、トモエたちには見せない、子供らしさが出ているあたり、ロザリアにかなり懐いているのだろう。


「悩むこと、考えることが重要だと、そういう事ですよ。

 神々は人形を作ったのではありません。意志を持ち、己の足で歩くものを作ったのです。

 我々意外、他のあらゆる生物にだって、意思がある。

 私では聞くことは叶いませんが、花精や木精の方々に聞けば、森の木々、草木に至るまでが、声を届ける、そういう物です。

 鉱人の方々によれば、鉱物の声も聞くことができるそうですよ。」

「でも、それだと遠回りじゃないか。

 なんか、こう、神様だって、やりたいことがあってこの世界を作ったんだろうし。」

「さて、繰り返しになりますが、私達ではその御心の内は、量り切れませんから。

 ただ、こうして私たちが、日々悩み、それでも歩き、折に触れて声をもとめれば返してくださる。

 その姿をただ見守ってくださっているのです。ならば今の在り様こそが求められた物なのでしょう。

 あまりに外れれば、烙印を与えられるわけですから。」

「はっきりしねーなぁ。」

「そうせぬことが、我々の助けになる、そういう事でしょう。」


そう言うと、ロザリアは改めてトモエとオユキに向きなおる。


「まぁ、このような子たちですから、お気になさらず。

 正しさを考える、その前に経験が足りませんから。」

「ええと、分かりました。また何かあれば、その都度。」

「そこまで気を使って頂かなくても、構いませんのに。」

「そういう訳にも、行きませんから。」


そういって、少年たちに目線を送ってから、ロザリアと笑いあう。

何を笑われているのかわからぬと、シグルドが首をかしげているが、そのすぐ後ろには、アナが鋭い目をして立っている。

僅かの後には、彼も気が付くだろう。


「さて、それ以外にも、話がありまして。」

「はい、何でしょうか。」

「近々領都に向かう予定があるのですが、それにあの子たちも、望めば連れて行こうかと。

 もちろん、教会の務めなどもあるでしょうから、そちらの意向を優先しますが。」

「まぁ、有難い事です。経験不足な子たちですから、色々なことに触れらるなら是非に。

 ただ、ご迷惑になりませんか。」

「いえ、こちらの都合もありますから。

 まだ教え始めたばかりで、日を空けてしまうと、どうしても。」


そういって、苦笑いをするトモエに、アナがシグルドの頭を掴んで引きずったまま近づいてくる。


「えっと、私達も、本当にいいんですか。

 こないだも、手間をかけてしまったわけですが。」

「一月近く間が空くので、教えていることを忘れてしまいそうで。」

「離せって、いい加減。」

「ロザリア様に、良くない言葉を使ったのはジークじゃない。

 えっと、練習は続けますよ、ちゃんと。」

「そこで、変な癖がつくのが、一番怖いんですよ。構えがずれて、ちゃんと自分で直せるようになるまでは、どうしても、細かく言わなければいけませんから。」


シグルドの頭を、放り捨てるようにしてアナが放すと、シグルドも話に混ざってくる。


「あー、確かに、なんか逐一言われるな。」

「言い方。確かに、素振りの間にも、注意されてますね、私達。」

「どうしても、型というのは慣れるまで窮屈で、楽なほうに体が動きますからね。

 馴染ませてしまえば、理に適うといいますか、それに合った力がつくので、しっくりくるようになるんですが。」

「おー、それでか。もっとこう、岩を持ち上げたりして訓練しなきゃ力着かないのかと思ってたけど、確かに剣を持ってるのも振ってるのも、楽になってきてるもんな。」


シグルドが、納得したように頷くと、ロザリアが笑いながらシグルドに話しかける。


「シグルド、信仰も同じですよ。

 窮屈に感じても、慣れれば何でもありません。体がそのように成長するように、心も、目に見えなくても成長していくのですから。」

「そんなもんか。」

「そんなものです。その成長が健やかであるように、正しくなるように。そのための導です。」

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