第106話 少年たちの進歩

翌朝、何処か悲しげなカナリアに、武術もいいものですが、魔術だって便利なんですよと、切々と訴えられて、揃ってマナを感知するための訓練を全くしていなかったと反省しながら、町の外に出て魔物を狩り、魚を獲る。

昨日は歩くのにも難儀していた少年たちだが、今日は危なげなく歩き、武器を振ってもそこまで体を崩すことが無くなった。

そうなると当然、彼らにも魔物を、そうなる。


「堅っ。」

「刃物は棍棒ではありませんよ。切れるところを狙いなさい。」

「いや、理屈はわかるけど。」

「理屈が分かったなら、実践あるのみです。

 ああ、武器がダメになる前には、切り上げますからね。」

「おっと。動きが遅いから、どうにかなるけど。そっか、武器も気をつけなきゃいけないか。」


そう言うとシグルドが、途端に動きが硬くなるのを見て、アベルがはやし立てる。


「新人は駄目にしてなんぼだ。切り上げるってのは訓練だろ。

 ほれ、急げ急げ、一匹ならどうにかなっても、次が来たらどうする。」

「うっせーよ。うし。」


その声に押されてか、硬さも取れ、片側の爪を落とすと、そのまま返す刀で、蟹の眉間、といってもいいのだろうか、両目の間に剣を突き込む。

蟹はそのまま姿を消し、後には二本の足と魔石が残っている。

草原と違い、背の高い草が生えてるわけでもなく、脚は目立つが、透き通った魔石は、早目に拾わなければ、わからなくなるだろう。

それらを手早く集めて、下がってきたシグルドは、武器を見て悲鳴を上げる。


「まじかよ。刃毀れが。」

「最後のように継ぎ目ではなく、殻を叩くからですよ。」

「おい、坊主、こっちに持ってきな、応急処置のやり方くらいなら、こっちで教えてやるよ。」

「悪いな。」

「次は、パウ君ですか。少し武器の相性は悪いですが、どうしますか。」

「やって、無理ならでいい。」


そういって、次はパウが前に出る。彼の持つ棍棒では、なかなか難儀するかと思えば、シグルドよりも早く片が付いた。

食用や、狩猟としてみればそのやりようは問題があるのだろうが、魔物はその姿を消すときに初めて何かを残すため、豪快に殻ごと叩き潰すという方法が、実に単純な結果をもたらした。

しかし、当然の結果として、彼の持っている木でできたそれは、持ち手のところから折れてしまう。


「無理か。」

「そうですね。戦槌でも、どうでしょうか。」

「いっそ、ピッケルなんかもいいかもしれないわね。」

「ふむ。」

「鉱山などで使う道具です。先が尖っていますので。」

「成程。」


さしあたって、今直ぐに使える武器が無くなったパウには、トモエが予備の剣を一本渡し、素振りをしながら周囲の警戒をするように言う。

次に魔物に対峙したアナにしても、問題なくとは言えないが、どうにか討伐する。

そもそもナイフでどうこうするのは、難易度が高いため、途中からはアベルと同様の剣に持ち替えて、戦うこととなった。


「うーん。いけるかなって、思ったんだけど。」

「そのあたりは、短刀、という武器の欠点ですね。

 前にも話しましたが、そもそもこの刃渡り、この長さ以上の物は基本的に切れませんから。

 どうにかしようと思えば、こちらでならそういった技を身に着ける必要があるでしょうね。」

「ま、こんなのだな。」


トモエの言葉に、アベルが離れた位置にいる魔物に剣を振り、両断する。

イマノルも使っていたし、ゲームのときであれば、オユキも似たようなことはしたことがあるし、多くのプレイヤーも似たような真似ができた。

ともすれば、共通して修められる技能なのかもしれない。


「わ。すご。」

「基礎の技になる。身に着けるにはとにかく素振りだな。

 斬ると、そう考えて離れた物に向かって、とにかく剣を振る。

 そうすると、いつの間にかできるようになるんだが。」


そういって、アベルが腕を組んで少し難しい顔をする。


「結局のところ、斬撃の延長で、威力もかなり落ちるからな。

 自前の腕を磨かなきゃ、どうにもならん。それこそ手に持つ短剣で殻が切れなきゃ、意味もない。」

「神様の厳しさですね。分かりました。」

「嬢ちゃんたちは素直でいいな。ったく、団に入ってくる奴らも、こう素直なら可愛げがあるんだが。」

「あの、私達も、そのように教えてもらえば、いう事は聞きましたよ。

 何か言う前に、とりあえず殴って走らす、そればっかりじゃないですか。」


釣りに勤しんでいたイマノルが、かなり膨れた袋をもって近づいてきて、そんなことを言うと、アベルはただにやりと笑って一蹴する。


「おう、おかげで強くなったろ。感謝しろ。」

「それはそうかもしれませんが。」


そんな話をしている横で、今度はセシリアが魔物と対峙している。

オユキの背丈に合わせたそれは、少し彼女には短いかもしれないと、そう思いはするが、慣れないうちは取り回しやすいようで、立ち回りそのものに、危なげはない。

ただ、長物であるため、どうしても狙いが良くない。


「あ、あれ。」

「狙ったところに正確に振るのは、それこそ習熟が必要です。

 結果は気にせず、きちんと狙って、そこに振る、それで構いませんよ。」

「でも、これは。」

「お気になさらず。大事に使って、使い手が怪我をしたりとなっては、本末転倒です。

 身を守るための物ですから、存分に。」

「分かりました。」


そう答えて、思い切りよく振り始めると、蟹の伸ばした爪を、上手く刃の背で弾き、そのまま回したクレイブで、胴を半ばまで断ち切り、魔物を仕留める。

その様子にシグルドが首を捻って、オユキに尋ねる。


「なぁ、お前もセシリアも、パウより力がないだろ。」

「私は、そうですね。下手をすればアナさんよりも非力かと。」

「だよな。なのに、なんであんなに軽々はじけるんだ。」


その質問に、オユキは何を知りたいのか思い至り、側にいたイマノルに協力を仰ぐと、彼は快く盾をシグルドに渡す。

オユキがなにをするつもりかはわかっているが、どうするかは興味があるようで、イマノルとクララも実に楽し気に様子を見ている。

オユキは持ってきていた皮袋、それに半分ほど水を入れ、口紐を絞って軽く振り回す。

少しずつ袋からしみだしているが、一度くらいなら問題はなさそうな感触に、シグルドに盾をしっかり構えるように言うと、振り回したそれを、叩きつける。

結果としてシグルドはひっくり返って、目を白黒させている。


「まぁ、こんな感じですね。」

「お、おお。いや、まて、そんなか石でも入れたのか。」

「水だけですよ。ほら。」


オユキが彼の目の前で、袋を開けて逆さにすれば、シグルドは不思議そうに、袋の中を覗き込む。


「いや、待てよ。水じゃなかったぞ、絶対。振り回してもこぼれなかったし。」

「こちらでは、名称があるかはわかりませんが、私達は遠心力と、そう呼んでいました。」


そう、必死に袋の中に手を突っ込んで確認するシグルドと、はたから見て驚いているパウ達に話しかける。


「あら、名前があるのね。」

「はい。計算として求められるものですよ。いえ、こちらではそれ以外の理が働くかもしれませんから、確実というわけでもないのですが。

 さておき、物を回すと、外側に、そうですね、例えばこうして、石をもって腕を大きく回すと、外に引っ張られるような感覚があるでしょう。」


そういって、オユキが足元の石を拾ってやってみせると、少年たちも真似をする。

その感覚にシグルドが頷き、それがどうしたと、そういった顔をする。


「その引っ張る感覚が、遠心力と私達がそう呼んでいたものです。

 要は、長いものを振ると、その力が乗るわけですね。剣を振るときも、気を付けなければ、体が前にずれるでしょう。」

「成程。ってことは、武器は長いほうが良いのか。」

「その分取り回しが難しくなりますよ。」

「ああ、それもそうか。じゃ、なんで槍はあんまり振り回さないんだ。」

「パウ君の武器が折れたでしょ。耐えられないのよ、細い柄の槍じゃ。」

「そっか。だから、武器毎になのか。」


そういって頷くシグルドを、オユキは微笑ましく見守る。

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