第104話 正式な訓練

食事をとった後は、また各々で魔物を狩り、釣りをする、そんな時間となった。


「本当に見ていてもいいのかしら。」

「ええ、護衛の方であれば。守秘義務もありますし、さわりだけですから。」

「それでも、内伝の類でしょう。」

「実のところ、こちらに来てと考えると、あまり拘りはないのです。

 この子たちにも説明しましたが、生兵法を避ける、それ以上は。」


クララが気まずそうに護衛として側につき、トモエに話しかけている。

その前では、横に並んだ少年たちが、トモエに言われるままに、今はまっすぐ立つ。そんな練習をしている。

オユキも久しぶりだからと、その横で一緒に訓練はしているが。


「どのみち、対人の色の強い理合いです。魔物にも応用できるでしょうが、そこまでです。

 今後これを教えて、生計を立てると、そんなことも今は考えていませんから。」

「まぁ、いいのなら、わかったわ。一応、頭にはあまり残さないよう気を付けるわ。」

「そうですね。既に馴染んだものがあるようですし、そちらが崩れることもあるかと思いますので、その方が良いかと。」


トモエとクララの間で、ひとまず話が付くと、少年たちの構えを一人ずつ細かく治していく。


「ん、なんか、やけにこう。」

「窮屈に感じるでしょう。」

「ああ。これで、上手く動けるのか。」

「上手く動くんですよ。そちらは、この先ですね。はい、軸足から重心がぶれてますよ。」


トモエがそう言いながら、シグルドの腰を軽くたたくと、途端にバランスを崩してたたらを踏む。


「お、おお。ああ、なんか、わかってきたかも。

 こうなるから、ここでも武器を振るたびに、よろけたのか。」

「その通りですよ。はい、それではもう一度構えて。パウ君は今後も、そういった重さのある武器を使う予定ですか。」

「ああ。性に合ってる。」

「分かりました、ではもう少し背中に意識を向けましょう。このあたりを使って、武器を支える、そんな感覚です。」

「む。こうか。」

「はい、それで、今度はその重さを腰に来るように、うん、筋が良いですね。まずはその構えを半日は維持できるのを目標としましょう。」

「長いな。」


シグルドに比べると、言葉は少ないが素直に言葉を聞くパウは、トモエが要所要所で体に触れながら言葉をかければ、直ぐにそれに合わせて調整する。

オユキから見れば、少し雑な印象も残るが、それも個性だろう。最低限はできている。


「何を言ってるの。ここに来る迄思い知ったでしょう。武器を構えたまま半日なんて、当たり前にできなきゃ、町から離れて狩りなんてできないわよ。」


クララにしても、頭には残さないといいながらも、やはり興味は持たざるを得ないのか、口をはさむ。


「そうだな。そうだ。」

「騎士団だと、丸一日完全装備で構えを取らされるわよ。」

「そうか。」


トモエはその間にも、アナに今後使う武器を確認するが、アナはそこも悩んでいるらしい。


「槍も悪くないと思うんですけど。なんだか、しっくりこなくて。」

「成程。今は予備がありませんから、町に戻って、傭兵ギルドで訓練用の物を借りて、いくつか試しましょうか。」

「私の物を使ってみますか。」


そう、オユキが手に持つ長刀として使っているグレイブと、イリアから譲り受けた短剣を示す。

特に短剣に至っては、ここしばらく訓練以外で、鞘から抜いてもいない。


「どうしますか。」

「えっと、オユキちゃんが良いなら。借りてもいいかな。」


そういうアナに、それぞれを渡せば、パウもグレイブに興味があるようで、珍しく饒舌にオユキに話しかける。


「こう、こんな刃物じゃなくて、叩くようなものはあるのか。」

「戦槌の類でしょうか。金属量が多くなるでしょうから、このあたりでは望めないかと。

 他の場所では、どうなのでしょうね。」

「あるわよ。ウォーハンマー。ただ、丈夫な金属をそれなりに使うから、値段は張るわ。」

「そうか。」


クララの補足に、パウが何処か落ち込んだような空気を湛える。

一方、アナはナイフ、グラディウスが思いのほか手になじむようだ。


「こっちのほうが、動きやすいかも。」

「まぁ、お前は普段からあっちこっちしてるからな。ちょこまか動くもののほうがあってるんじゃないか。」

「即断はできませんが、確かに、馴染むのが早いですね。

 では、短刀術もみましょうか。セシリアさんは、グレイブが気に入りましたか。」

「えっと、はい。槍よりもこっちのほうが、なんか分かり易いかなって。」

「そういった感覚は、大事にしておきましょう。」


そういう話をしていると、アドリアーナが少し極まりが悪そうに、トモエに話しかける。


「その、私弓が使ってみたいんですけど。」


その言葉に、トモエも言葉に詰まるが、直ぐに取り直して返事をする。


「申し訳ありません。私の修めた技に、弓術は無くて。」


その応えにアドリアーナは露骨に残念そうな表情を浮かべるが、直ぐに持ち直して謝る。


「いえ、こちらこそごめんなさい。そうですよね、これだけ色々使えて教えてもらってるのに、無理を言いましたよね。」

「いえ、お気になさらず。命を預けるのです。納得できるものを使うのが良いでしょう。

 弓術は、無理ですが。そうですね、近づかれた時、その時のために武器は使えたほうが良いと思いますので、護身と時間稼ぎに重きを置いて、剣術をやりましょうか。

 弓術は、別に教えてくださる方を見つけなければいけませんが。」

「分かりました。お願いします。」


一先ず、それぞれに使う武器が決まり、オユキは自分が持ち歩いた武器を貸したため、余った槍を構えて、素振りと型を続けて繰り返す。

こうして横一列に誰かと並び、トモエを正面にすると、道場に通い始めたころのことをどうしても思い出してしまう。

あの頃は、隣に並ぶ少年たちのように、逐一指摘され、体を直され、一体何処を直されたのかもよくわからない、そんな日々であった。

ただ、ひと月も続ければ、その効果はゲームの中ではっきりとわかり、さらにゲームに、道場にのめり込んだものだ。

横目に見る少年たちは、当時の自分と比べれば、そもそも日々の運動量が違うのもあるだろうが、体がよくできていて、進歩が速い。

負けてはいられないな、そんな欲を出そうとする自分を諫めながら、ゆっくりと、改めて指先、足先まで、槍の先に至るまで、自分の思い通りに動いているか、それを確かめるように、ゆっくりと動き続ける。


「お。こうか。こうだな。」

「はい、その調子ですよ。ただ、剣を振るたびに少しづつ前に行っているのが分かりますか。」

「ほんとだ。おかしいな。その場で振ってるつもりなんだけど。」

「思い通りに動く、それがどれだけ難しいか、よくわかるでしょう。

 はい、元の場所に戻って、動かないように気を付けて。」

「短剣って、こんなに重いんだ。槍より楽かな、なんて思ってたけど。」

「槍は三日握れば人を殺せる、そういわれる武器です。極めるとなれば、難度は変わりませんが、最低限であれば一番楽なものですよ。

 はい、下がっていますよ。元の高さに。それと背中が曲がっています。腕だけで持てばさらに疲れますよ。」

「分かりました。」

「振ってみたいんだが。」

「今は、体になじませてください。いえ、意味が分かるでしょうから、そのまま振り上げて、一度振り下ろしてみましょう。」

「ぬ。」

「はい、そうですね。振るとなると構えを維持するのが途端に難しくなります。

 まだ、楽なたての動きでそれです。今後は横にも振りますよ。」

「力に自信はあったのだが。」

「力だけでどうにかなるほど、武の道は浅くありません。

 心技体、そのどれが欠けてもいけませんから。」

「なんで、私よりちっちゃいオユキちゃんが、これを軽々と振れたの。」

「それこそ、正しい訓練、その成果です。はい、刃先がふらついています。」

「あれ。ほんとだ。」

「そこでにぎりに力を入れて対応するのでなく、持ち手を腰に近づけてみましょう。」

「あ、うん。分かったかも。」


そんなやり取りが続く中、護衛として側に入るクララは、ただ懐かしいような、微笑ましいような、そんなただ穏やかな表情でその姿を眺めている。

そして、その横にはいつのまにか、イマノルが立っており、トモエの言葉に耳を傾けている。

トモエが気が付かないことはないだろうし、クララもイマノルに、話しかけているのを確認しているオユキは、さて、自分は今になってもトモエから注意を受けるだろうか、そんな事を考えながらも、ただ訓練に没頭する。

昔、確かにそうしていた、屋根の下、板張りの間で、そんな遠い時を思い出しながら。

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