第92話 祭りの喧騒

「気分は良くなりましたか。」


あの後、再度ひたすら肉を拾う作業に従事したオユキは、気分を悪くしてしまい、ルーリエラ、セシリアを始め、植物を祖とする血脈の人々と同じく、門の内側で休憩をとっていた。

日はすっかりと沈んでいるが、門から続く大通りは、火が焚かれ、ところどころに電気によるものと、そう錯覚するような光源が浮き、明るく照らされている。

また、そこかしこで肉を焼き、野菜と煮込んだものが、行きかう人々に振舞われて、賑やかな空気に包まれている。


「はい。少し横にならせて頂いていたので。」


トモエの声に、今では吐き気も収まり、いよいよの時は周囲に漂う料理の匂いも不快に感じていたが、今では食欲をそそると、そう思う程度には快復していた。


「それならよかったです。ルーリエラさんと、セシリアさんは。」

「私はもう少しかかりそうかな。肉も食べるといっても、過剰だとどうしても。」

「私も、もう大丈夫そうです。これまではお手伝い程度だったので、自分がこうなるとは、思っていませんでした。」


未だ体を起こすことなく、顔の前で手を振りながら応えるルーリエラと、顔色もよくなったセシリアが実に対称的だ。


「外の状況はどうでしょうか。」

「あらかた片が付きました。明日、半日ほど作業をすれば、片が付くでしょうね。」

「そうですか。それならよかったです。」


幾人かが休んでいる一角にも、外からの音が聞こえてきている。

いつまでも、ここで休んでいるのも、そう考えてオユキは起き上がると、まだ休んでいる面々に暇を告げて、トモエと外に出る。


「どうしますか。もう、宿に戻りますか。」

「いえ、休ませていただいたので、そこまでは。

 少し見て回って、それからにしましょうか。トモエさんはお疲れではありませんか。」

「流石に、少々疲れました。地面に落ちている物、それも少しは重さがありましたから、繰り返すと、やはり疲れる物ですね。」

「2,3日はゆっくりしましょうか。こちらに来てから、ゆっくりと休んだことはありませんでしたから。」

「そうですね。町中もほとんど見て回っていませんし。」


二人そんなことを話しながら、賑やかな通りを少し歩くと、さっそく声をかけられる。


「どうだい。こっちで肉を焼いてるぞ。」

「肉ばっかりが嫌なら、ポトフはこっちだ。」


そんな呼び込みの声に誘われるように、それぞれポトフの入った器を貰い、口をつける。

煮込まれた具材を見ても、何処か見覚えのある野菜はあるが、あの大量に積まれた肉のどれが入っているのかは、分からない。それは口をつけても変わらなかった。


「これまで宿でいただいたものとは違うと、それくらいは解りますが。」

「そうですね。赤身が多く筋張っているように思いますが。」


二人はそれぞれ記憶にある肉、それに近いものを探すが、直ぐには出てこない。

二人して首をかしげる様子に、それを出していた男性が正解を告げる。


「ああ、入ってるのはソポルトの肉だな。もっと時間をかけて煮れば、柔らかくなるんだがな。

 まぁ、そのあたりは堪えてくれ。燻製にしても歯ごたえがあってうまいぞ。」


その応えに、二人でああと頷く。


「となると、こちらは、肩や首周りでしょうか。」

「どう、なのでしょうか。魔物の肉に部位の違いがあると、そうは思えませんが。」

「あら。拾い集めるときに見ても、かなり違いがありますよ。

 人気のある部位は、査定でも値段が上がるようでしたし。」


トモエの言葉に、思わずオユキは目を瞬かせる。


「そっちの兄ちゃんの言うとおりだな。

 俺は買う側でしかないが、肉質はいろいろ違うぞ。

 家畜を潰したものと比べれば、だいたい部位の想定はできるが、まぁ、人気があったり、量が取れない部位は、魔物産でもあまり出回らないな。」

「そういうものですか。」


そして男はいくつか並べられた鍋に、追加で何かを放り込みながら続ける。


「ま。今煮込んでるのも、本当ならもう少し低い温度で長く煮てやりゃ、もう少し食べやすくなるが。」

「こういった状況ですからね。保存は、やはり燻製に。」

「塩漬けも作るな。後は塩につけたのを燻製にしたり、そのあたりはいろいろだな。

 店によっては、香草を混ぜるところもあるしな。」

「あら。それは楽しみですね。」

「うちじゃ、そうだな、こんなのもある。」


そういって、男が円柱に整えられた肉を少し切って、軽くあぶり、二人に差し出す。

見た目でも分かったが、どうやらハムの類であるらしい。

オユキは作り方までは知らないが、口にしたときに余計な脂が落ち、何処か懐かしい香辛料の香りに、こちらに来て食べた肉の中では、随分と口に合った。

加えて、塩に漬けている、そのはずであるのに、塩味がきつくないことも、好ましかった。


「これは、美味しいですね。」

「自慢の品だ。明日あたりに仕込めば、来週くらいには、店に出せるか。」

「私も気に入りましたし、少し頂きに伺いたいですね。お店の場所は、どちらに。」


トモエもそう告げれば、男は店の場所を二人に告げる。

今は在庫が多くあるわけではないが、他にも種類があるから、興味があれば来てくれよと、そういう男に、一度お邪魔しますと、揃って告げて、食べ終えた器を返す。

そうして、他にもいくつかの店を冷かしながら、街を歩く。

二人がいる場所から少し離れた門の側では、トロフィーが飾られ、明りに照らされており、それを囲む様にして何事かを話す人々が見える。


「あちらは、どうしましょうか。」

「わざわざ、主張しに行くのも野暮でしょう。」


そして、彼らの手に持つジョッキの中身に辺りをつけて、オユキは続ける。


「あの中に入ると、抜けられなくなりそうですから。」

「まぁ、そうでしょうね。既に結構進んでいる方も多そうです。」


賑やかなその一角では、笑い声が良く響き、互いにジョッキを打ち付け合っては一息にあおる物もいるし、肩を組んで楽しげに話しているものもいる。

その様子を眺めながら、流石に疲労もあるので遠慮しようと、そう二人で話していると、静かに近寄ってきた人物から声がかかる。


「ま、オユキさんの教育にはよくない場所でしょうね。巻き込まれれば、朝日が昇るころに、あの中で目を覚ますことになるでしょうから。」


道の脇に、休憩所として用意された一角から近づいたのだろう、つい最近面識を得たクララが声をかける。


「二人ともお疲れ様。私も見させてもらったけれど、想像以上だったわ。」

「ありがとうございます。一体に集中できた、皆さんが場を整えて下さったおかげですよ。」

「一対一で、それなら問題ないって、そういう事よ。今言っていることは。」


クララは、手に持ったジョッキを傾けながら、何処かあきれた口調でそう告げる。


「全く。向かい合ってるときに、やたらと剣呑な気配を感じると思えば、まさか剣を斬るとか、そんなことを狙っていただなんて。」

「私たちの流派では、兜割、そう呼ばれるものが一つの到達点ですから。」

「で、実際にそれができるんだから、秘伝を修めてるじゃないの。」


少し砕けた口調で、頬をアルコールによって染めながら、クララがそう言い募る。


「狙いはするものの、流石に難しいですから。」

「それはそうよ。簡単にやられたらたまらないわ。また、暇なときに相手してちょうだい。」

「ええ。こちらこそ、胸をお借りします。」

「んー、総合で言えばまだまだ負けないけれど、技だけとなったら、私のほうが胸を借りることになりそうね。」


そういって、ジョッキを一気に傾けると、改めて二人を値踏みするように見る。

技を称えても、そこは覆らない、そうはっきり言えるだけの自信が彼女にもあるのだろう。


「まぁ、暫くは私もこの町から動かないから。」

「それは、やはり魚ですか。」

「ええ。おいしいのよ。香草と油に漬けた物を焼くのが一番好きだわ。」


クララのその言葉に、トモエとオユキも興味を惹かれて、どんな魚で、他にどういった食べ方があるのかと、食の話で盛り上がる。

また、オユキ達も以前の世界にあった魚の調理法などを話す。

気が付けば、周囲の幾人かも混じりはじめ、気が付けば料理を提供する人間も話に加わり、とても楽しく盛り上がる時間を過ごした。

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