第89話 終息
オユキとトモエが短い休憩から戻ると、そこでは、これまでよりも早いペースでただただ魔物が狩られていた。
二人のやらかしの結果、興が乗ったのか、止められなくなったのか。
ちらほらと怪我を抑えて戻る人の数を見れば、やらかしと、そういわざるを得ないのだろうが。
そんな先輩狩猟者、合流したそれなりの数の傭兵ギルドの人々の手によって、危なげなく魔物が討伐され続けていく。
そうなると、前に出ようと、そう考える物もいるのかもしれないが、あたりに散乱する魔物の残骸がそれを許しはしない。
抜けて来る魔物もいなくなり、居たとしてもオユキ達がなにをする間もなく、ただ蹴散らされる。
「さて、どうしましょうね。」
側にいる少年たちも含めて、手持無沙汰になったオユキはそんなことを呟いてしまう。
それには、少年たちの監督として残っているのだろう傭兵から、直ぐに答えが返ってくる。
「まぁ、今回の溢れは規模が小さいからな。もうそろそろ片が付くだろう。」
「そういった事が、分かる物なのですか。」
「原因の淀み、その量を量ること自体はできるらしいからな。
それが無くなれば、ひとまず終わり、ってことらしい。」
詳しいことは解らないが、そうトモエの質問に傭兵の男が応える。
「常に量っちゃいるらしいが、今回は特例だとさ。
本来なら溢れるほどではないとか。ま、変異種を狩ればその分減ったらしいからな。
今回はうちも大半が仕事に出る前だったし、いつもより手が多い。
何、直ぐに終わるさ。魔物の数も減っているようだからな。」
男の言うように、魔物は抜けてくることもなくなり、イリアたちまでもが、少々持て余しているような様子となっている。
ただ、最前線のほうでは、未だに声が上がり、戦闘は続いている様子だ。
恐らく、変異種、大物があちらにいるのだろう。
ただ、オユキの知る知識の範囲であれば、この町の近隣で現れるそれらは、イマノル一人でも過剰と思えるものでしかない。
「原因の調査のほうが、手間取りそうだな。これは。
ああ、お前らも。そっちのギルドから言われると思うが、暫く町の外に出るときは気をつけろよ。
討ち漏らしがいるかもしれないし、それこそ似たようなことが無いとも限らんからな。」
「ええ、分かりました。それにしても、後が大変そうですね。」
オユキはそういって、あたりに散乱する魔物の落とし物を見る。
その視線を追って、傭兵の男性も苦笑いを浮かべる。
「ま、溢れの恒例行事だな。良し、先にある程度拾っておくか。」
そう言うと、傭兵の男性がオユキ達に肉類を一か所に集めるようにと指示をする。
シグルドたちは、何処か肩透かしを食らったような、そんな表情を浮かべているが、氾濫があるそう言われて恐れていたのが、こうもあっさりと終わろうとしているのだ。そんな表情にもなるのだろう。
その表情に、傭兵の男はシグルドの頭を軽くたたいて、嗜める。
「さっきも言ったが、今回は特例だ。規模は小さいし、溢れてるのも森からだけだ。
お前は見たことないだろうが、性質が悪いのだと、町を囲むようにして、突然魔物が大量に湧くからな。
今は警戒に少し人を回すだけで済んでるが、そうなったら、戦力も分散して、一人一人、かなり負担が増える。
加えて王種も出てない。かなり楽な部類だ。」
「そうですね。これだけの数の人、それが警戒する事態。
それを侮ってはいけませんよ。これまでは怪我人も多く出たのでしょう。」
傭兵の言葉を継ぐように、トモエがそう少年たちに告げれば、改めて表情を青くして頷く。
そのあとはそれぞれ落ちている肉の塊を拾っては、言われた場所へと運んでいくのだが、その最中、トモエがふと首をかしげる。
「宿でいただいているときに、時折考えることがありましたが。」
そんなことを呟きながら、拾い上げた肉の塊をしげしげと眺めている。
「こうしてパッと見ると、どの魔物の肉か判別がつきませんね。」
言われてオユキも手の中の肉を見てみる。
以前の知識で似ていると、そう思うのは豚だろうか。
牛というには赤みが弱い気がする。ただ、もともと料理などに熱心ではなかったオユキにはそれ以上の事は解らない。
首をかしげながらも、狩猟者ギルドの査定を思い返せば、どの魔物の肉であるかは、はっきりと書かれている。
しかし、宿でフラウはお肉としか口にしていなかった。
食べた感想も、脂がきついな、それが先に立って、それ以上を考えていなかった。
「ここで倒したのは、丸兎、グレイハウンドがほとんどではありますが。」
オユキがそう言えば、アナからすぐに正解が告げられる。
「トモエさんが持ってるの、右が丸兎で、左がグレイハウンドだよ。」
少し離れた位置で、同じく肉の塊を拾いながらそう告げる少女に、驚いてしまう。
遠目に見てわかる特徴なら、気が付きそうなものではあるが。
「丸兎は、外側に脂が厚めの層を作って、肉自体はあんまり。グレイハウンドは、身にもしっかり脂がのってるんだよ。」
「成程。言われてみれば確かに。」
「だから、丸兎はスープに入れることが多くて、焼くときはグレイハウンドが多いかな。」
その言葉に、料理をしない者たち、シグルドやパウオユキが感嘆の声を上げると、アナだけでなく、セシリアもオユキに視線を向ける。
露骨に、責める様な。
オユキはそのままスッと視線をそらして、作業へと戻る。
そんな様子に、トモエが笑う声が聞こえてくる。
暫くそうして皆で拾い集めていると、そこには小山のように盛られた肉が集まった。
一体どれだけの魔物を倒せば、魔物を倒したのか、そんなことを考えてしまうような量だった。
それも戦いの起こった、一角でしかなく、辺りにはまだまだ、それこそ前線に行けばもっとひどい、食料に対して使う言葉ではないのかもしれないが、ひどい量が転がっているのだろう。
「これは、処理が大変そうですね。」
「まぁ、保存食に加工するのも限界はあるわな。」
日が高くなり、人でも増えたからか。
監督として、周囲の警戒を続ける先輩の冒険者も、肉や魔石を拾い集める作業に参加していたところ、オユキの呟きを聞いたのか、話しかけて来る。
「溢れの時は、肉は査定されずに、魔石と金だけだな。
とりあえず慰労を兼ねて、肉を焼いて町の人間で祭りだ。
それから、加工できる分はそれぞれに持って帰って、残りは廃棄だな。」
「もったいなく感じてしまいますね。」
「残して腐れば、疫病の元だしな。
それと、魔物の肉が腐ると、淀みが増えるとか、そんな話もあるからな。」
そんな話をしていると、オユキもはっきりと感じるほどに地面が揺れるのを感じる。
大技か、魔術か、何か派手なことをしたのだろう。
「終わったな。今回は楽だったな。」
「随分と、手練れの方が多かったように感じますが。」
「さっきも言ったが、間が良かったな。うちの人間も商人の護衛が終わったばかり、狩猟者も町から離れてるのが少ない。」
「時期的な物でしょうか。」
「新人なのに、この町の出じゃないのか。」
「ああ。私は異邦人ですから。」
そう言うと、男は成程なぁと一度頷いて、荷袋に詰めて運んだ肉を、ひっくり返して山を大きくする。
オユキも作業の手は止めずに、運んでいたが、やはり一度に運べる量の差は大きく、その小山の側では、アナとセシリア、アドリアーナの三人が肉を選り分けている。
「ああ、そうなのか。そろそろ町の近くの河に、魚が戻ってくる時期でな。
それがまた美味くてな。王都から商人も仕入れに来る、仕事が増える時期でもあるし、町に人が一気に増える。
河近くの村もあるが、そっちはあまり人が多く泊まれるわけでもない。
魚の様子の報せが入ったら、何人かで出向いて仕留めて帰ってきて、また祭りと、そんなわけだ。」
その言葉に、オユキはゲーム内の地図を頭に思い描く。
半日ほど歩く位置に、そういえば大きな、それこそ対岸まで数キロはあるような、そんな大河があった。
そこでそんな魚が取れると、ゲーム内で聞いた覚えはないが、それこそさっさとこの町を離れたからだろう。
初期にゲームを始める様な人間は、そのほとんどがより便利な狩場を求めて、まず王都に向かったのだから。
「成程、それに加えてこの肉の量ですか。」
「まぁ、そうだな。もったいないと、そう思う気持ちはわかるが。」
既にオユキの背丈を超えるほどの肉。
それを前に、町の人口は把握していないが、過剰供給にもほどがある、そんな量を前に、改めて途方に暮れていると、背後から歓声が上がる。
終わったのだろう、後始末はこれからなのだろうが。
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