第75話 食事休憩
「二百。はい、そこまで。」
トモエが、数を数えると同時に、そう告げれば、少年たちは武器をその場に取り落として崩れ落ちる。
それに対して、直ぐに叱責が飛ぶ。
「武器から手を放すだけでなく、地面に投げ出すなど言語道断。
すぐに拾って、点検を行いなさい。」
鋭い声に、もはや逆らう気力もないのか、ただ座り込んだまま少年たちが、床に転がる武器を拾い上げて、トモエの指示に従い、武器のあちこちを見始める。
「お優しいですねぇ。」
そう呟くイマノルに、オユキは好奇心を覚えて聞いてみる。
「やはり、そちらでは殴られますか。」
「いえ、走らされます。殴られながら。」
そう、苦笑いをつけて応えるイマノルの様子に、彼のいた場所では完全に懲罰対象なのだなと、オユキも苦笑いを返すしかない。
「それを乗り越えての、イマノルさんの強さですか。」
「どうでしょう。団に限っても私はせいぜい、中程でしたからね。」
そう言いながらも、何処か挑戦的な笑みをイマノルは浮かべている。
そのままで終わらせる、そう考えてはいないのだろう。
「私も、トモエさんに勝ってみたいですね。」
オユキもその表情につられるように、そんなことを呟く。
前の世界であれば、技を力、体格差、そういったもので埋めることで、10本やれば4本は取れていたが、その利点が無くなった今では、恐らく一矢報いることも難しいだろう。
「技だけで、そうなれば、私も難儀しそうですからね。
10やれば、1か2は拾われてしまいそうです。
ただ、対人に慣れている様子ですから、もしかすると半分は取られるかもしれませんね。」
そう言いながらイマノルも、振っていた武器を軽く確認すると、鞘に戻す。
そして近くに置かれた木桶に、水を作り貯めていく。
「さて、冷めてしまったのは残念ですが、食事にしましょうか。」
イマノルがトモエにも聞こえるようにそう言えば、トモエもオユキとイマノルの歩へと歩いてくる。
同じ数だけ、恐らくイマノルもそうだろうが、未だに立ち上がれない少年たちに比べて、息一つ乱していない。
「すいません、お手間をかけます。オユキさんも、ありがとうございます。」
飲み水の準備をしているイマノルに声をかけながら、トモエはオユキにも声をかける。
「いえ、私はそれこそ、出来合いの物を買ってきただけですから。」
そう言いながら、オユキは布をトモエに差し出しながら、返す。
「それに、コップの類も買おうとは思ったのですが、何分、食事の量が多くて。」
「人数分と考えれば、そうなるでしょうね。」
そう言いながらトモエは、オユキが買っておいた食事、それが入った袋を見て、軽く首をかしげる。
「確かに、多いようですね。」
そこには、オユキの上半身以上に膨れ上がった荷袋が。
それを見て、トモエも苦笑いを浮かべている。
「そうでもないでしょう。足りないことはあっても、余ることはありませんよ。」
「そうですね、こちらの方は、皆さんよく食べるようですし。」
「どうでしょう。訓練の後、食べられない方もいますから。」
トモエがそんな懸念を口にすると、イマノルはそれに当然だと、そう言うように返す。
「食べるのも訓練です。食べられないなどと言おうものなら、食べられるようになるまで訓練が追加されますよ。」
その言葉に、オユキは思わず頬がひきつる。
小食なのだ、元の世界でも、年を経てからは量が減っていて、こちらに来てもその感覚は残っているし、どうにもこの体が、あまり食べ物を大量に食べられないらしい。
半分は、トモエに、そう思って帰ってきたが、イマノルに見とがめられるかもしれない、そんなことをオユキは考えてしまう。
「いい時間ですし、食事をして、一度長めの休憩にしましょうか。
あなた達、武器の手入れが終わったら、食事の時間ですよ。」
トモエが離れた場所に声をかければ、嬉しそうにはしている物の、作業の手が進む速さは変わったりしない。
半日と、短い時間ではあるが、なかなか慣れない行為に疲れているようだ。
それでも、言われるまでもなく、借り物の武器を、元の場所に戻した後に、オユキの広げた布、その周りに全員が集まる。
それにオユキが袋から、一人分を取り出して、全員に渡せば、食事が始まる。
結局、しかれた布を中心に、中央にイマノルが水の入ったおけを置いたこともあるが、皆で車座に座りながら、食事を始める。
「その、いいのか、食事まで出してもらって。」
「ついでですから。それに臨時収入もありましたので。」
「子供が遠慮するものではないですよ。食べて少し休んだら、続きです。」
「悪いな。なにからなにまで。その、腕は、もう大丈夫か。」
シグルド少年が、そういいながら、改めてオユキへと尋ねて来る。
それにオユキは三角巾から腕を抜いて、軽く振りながら答える。
「ええ。あくまで、直りを早くするためにこうしているだけで、問題はありませんよ。」
「そうか、ならよかった。」
そういうシグルドの頭を、隣に座る少女がはたく。
「よくないでしょ。跡が残ったらどうするの。」
「診療所の方も、残らないといっていましたし、私は気にしませんから。」
オユキがそう答えると、少女に信じられない物を見る様な、そんな目をされる。
何処か圧を感じるそれに、オユキは座ったまま上半身だけ、少し後ろに下がってしまう。
「そこは気にしなさいよ。せっかくかわいいんだから。」
目線だけでなく、声にまでどこか湿度をはらんで告げられる言葉に、オユキは即座に話を逸らすことにした。
「ええと、気を付けてみますね。その、改めまして、私はオユキ。こちらがトモエです。
本当はもっと早くやるべきだったとは思うのですが。」
ここにきて、改めて自己紹介をすれば、少年たちも、改めて自分達の名前を告げる。
リーダーで、負けん気の強い少年、シグルド。
こうして普段であれば、その彼を抑える少女、アナ。
何処かものおじするように、他の面々の影に隠れる少女、セシリア。
ただただ疲労を隠せず、黙々と食事を進める少女、アドリアーナ。
5人の中で、一番余裕がありそうな少年、パウ。
そんな面々であるようだ。5人とも町の教会、ロザリアが務める教会に併設された孤児院で暮らす子供たちらしい。
その誰もが、オユキがもそもそと食事を進める間にぺろりと買ってきた食事を片付け、イマノルが用意したのだろう、木でできた器で、水桶から組んでは、同じコップで回し飲みをしている。
相変わらず、半分ほどを食べたところで、そっとオユキがトモエに渡せば、あちこちから声が上がる。
「なんだ、食べないからちっこいままなんだぞ。」
「その、訓練の後ですし、きちんと食べないと障りがあるかと。」
「そっかー。そんなに食べないから細いのかー。」
等と、好き放題言われてはいるが、そもそもこれ全部、一人前とはいえ、スパニッシュオムレツでも、明らかにオユキの胃よりも、大きいと思われるサイズ。
厚手の卵ベースの生地には、芋、葉野菜、を始め塩気があるベーコンなど、いろいろな食材が包まれていたし、チュロスにしても、オユキの頭よりも長さがある。
物理的に、これらすべては入らないだろう、オユキとしてはそういうしかないが、目の前ではオユキよりは大きいが、それでもこぶし一つも変わらないであろう相手が、あっさりと食べきっている。
「その、これでも頑張って食べているんですよ。」
オユキはどうにかそう呟くと、イマノルからため息が聞こえる。
「オユキさんも、そのあたりの訓練が必要そうですね。
いえ、診療所で見てもらうのが良いかもしれません。
言葉は悪いですが、食べる量と運動量が釣り合わなければ、どちらに転んでも、良い結果にはなりませんから。」
以前の世界で、相応の知識があるオユキとしては、イマノルのその言葉に、頷くほかはなかった。
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