第74話 買い物と訓練の続きと

「すいません、やってますか。」


オユキは大通りをあまり歩くことなく、どこか覚えのある、そんな匂いがしてくる屋台に向けて声をかける。


「ああ、やってるよ。嬢ちゃん、お使いかい。」

「ええ、そんなところです。すいません、こちらでは何を出しているのでしょう。」


声の出所を探すようにした、店の主人が改めて台の先を覗き込む様に、声をかけて来る。

そんな彼に、オユキは質問を投げかける。


「ああ、うちじゃチュロとトルティージャだな。そうか、見えないか。」


そう言うと店主は、店舗から少し出っ張った、売り場から、店舗の中では他の物も販売しているのだろう、大の上に置かれているだろういくつかの商品を、紙に包んでオユキに見せる。

両手にそれぞれ持って、見せられたそれは、オユキもよく知る物であった。

前の世界では、テーマパークなどでもお馴染みのチュロス、それからスパニッシュオムレツだろう。


「おいしそうですね。8人分、お願いできますか。」


イマノルの分も含めて、オユキがそう声をかけると、毎度と、そう応えて主人が手早く包み始める。


「チュロが5ペセ、トルティージャが3ペセだ。」

「では、64ですね。こちらを。」


オユキが踵を上げて、大の上に硬貨を並べると、それを数えて商品を、オユキに渡そうとする。


「あいよ、確かに、また頼むよ。それと、重いから気をつけな。おっと、怪我か。

 少し待ってな。片手で持てるよう、袋に入れるからな。」


主人は、未だにつっているオユキの腕を見て、眉をしかめると、そういって、裏手、店内へと声を上げる。


「ありがとうございます。一応持っているものはあるのですが、これに入りそうですか?」


オユキがそう言って、魔物の収集品を入れる袋を畳まれたまま、屋台の軒先に置けば、店主はそれを広げて確認し、大丈夫とそう応えて、その中に商品を詰めて、改めてオユキへと渡す。


「はいよ、大丈夫かい。今は店の営業時間じゃないから、良ければうちの若いのに持たせるが。」

「いえ、そこまでしていただくほどではありませんから。」


そういってオユキが受け取ったものは、最初に主人が見せた物を8倍するどころではない、そんな量があった。

どうやら、見本として、手ごろなサイズで見せていただけらしい。

両手で抱えなければいけないほどの量のそれを、どうにか片手で、体にもたれ掛けさせるように持つと、ついでにコップでも探そうかなどという考えは、オユキから消えた。

重さに押されて傷が痛むほどではない、それに朝包帯を変える沖に確認すれば、かなり治っており、本来であれば必要ないであろう処置も、しなければ動かすだろう、そういった判断によるものだ。


どうにも、こちらの人たちはオユキの思うより、よく食べるらしい。そんなことを傭兵ギルドに戻る道すがら考える。以前ミスきりたちと話したが、彼らがよく食べたころ、その量を常に食べているように思える。

改めてあたりを見れば、牧歌的な光景で、工業的な大量生産など行っているそぶりもない。

魔物からの収集物、それ以外にも、なにか向こうの世界では見られない物があるのだろう。

自身の顔よりも長さのあるチュロス、両手よりも大きいサイズのスパニッシュオムレツ、そんなものを両手で抱えるように持って、傭兵ギルドにそそくさと戻る。

半分は、トモエに食べてもらおう、そんなことを考えながら。


紙越しに暖かさと熱さの中間、そんなものを感じながら戻れば、休憩はもう終わったのだろう。

少年たちは、横一列に並んで、幅広の模造刀を振っていた。


「おや、お戻りですか。」

「はい。イマノルさんの分も買ってきましたが、構いませんでしたか。」

「ありがとうございます。せっかくですから、頂きますね。」


自身もトモエの掛け声に合わせるように、見慣れない素振りをするイマノルがオユキに話しかけている間も、少年たちに細かくトモエが指摘を行う。


「そこ、上体が流れていますよ。そっちは、腕の力だけで振らない。きちんと肩、背中も意識して振りなさい。」


それを聞きながら、オユキは荷物の中から、少し大きめの布を取り出し、地面に広げ、その上にとりあえずと食料を置く。


「こんな、振り回すだけで、なんか、意味が、あんのか。」


素振りに合わせて、切れ切れにシグルド少年がトモエに質問を投げかける。

口調はどうしても荒いが、それでも意図を理解しようと、そうするほどに信頼を勝ち取っているらしい。


「ありますとも。正しい振り方、それを身に着けるためです。

 こん棒にだって、正しい振り方はあります。今のあなた方は、それもできていませんから。」

「戦ってる、最中に、そんな事、いちいち、考えられるかよ。」

「考えなくても振れるように、体に覚えさせるのです。

 とっさの時に、馴染んだ動きが、即座に行えるよう。

 はい、そこ。足がずれていますよ。もう一度構えなおしなさい。」


比べると、彼らの正面に立って同じように剣を振りながらも、言葉に不自然な切れもなく話すトモエが、彼らとの間にどの程度の差があるのか、それをはっきりと示す、分かり易い手本だろう。

少年たちも、指摘されれば、彼らなりに、何とか直そうとしている。

オユキと話すイマノルも、彼らと構えも振り方も違うが、素振りを繰り返している。

足運び、についても見覚えがないが、常に正面に、そう体を置くその動きを見て、オユキは昨日のイマノルの発言に思い至る。


「成程、集団で戦うための、そういうものですか。」

「はい。左右、それから後は仲間が。

 むしろ、不用意に動けば、仲間の邪魔になりますからね。」

「どうしても集団でと、そうなると槍の印象が強くて。」

「槍だと、平地で広く構えられないと難しいですからね。魔物の相手をするときは、刃先が小さいとすぐに駄目になりますし。それでも問題のない金属もありますが、流石にそれで揃えようと思えないほどには、高価ですしね。」

「予算は、どこでも難しいものですよね。」


そう言うと、オユキは食事のタイミングはいつがいいだろうか、そんなことを考えながら、自身も再び短剣を構えようかと考え、同じ事ばかりでも、そう思ってしまうが、片手がふさがっている以上は仕方ないだろうと、結局短剣を構えることにする。

イリアから譲り受けたそれは、これまでの物より肉厚で、柄も太い。柄がなく先が鋭いそれは、その見た目にたがわぬ重量を持っている。

オユキが少しは馴染みのある小刀とは、まったく違うそれを、構え軽く上下に、呼吸に合わせて揺らす。

これなら、関節や引っかけるように、そればかりでなく、十分に威力のある斬撃を行えそうだ、そんなことを考え、隣で剣を振るイマノルに尋ねる。


「私はなじみがないのですが、こちらでは、この短剣はどの様な扱いでしょう。」

「トモエさんもオユキさんも、斬撃、切ることを主体としていますが、そちらのグラディウスはそれだけでなく、刺突もよく行いますね。

 騎士団の装備にも、一部では正式に採用されています。ラージシールドを構え、密集し、近寄る相手をつくなり斬るなりと、そういう戦い方になりますね。」

「成程。鎧通しに近い使い方ですか。」


オユキは自分なりに解釈して、改めて構えを変える。

刺突、鎧の隙間を塗って、致命傷を与えるのであれば、武器を前にではなく、体で隠し虚をつく、その方が良いだろうと、構えてしばらく、魔物相手に使うのであって、対人の想定ではないのだと、そう思いなおし、元の構えに戻す。

そんな様子を見ていたイマノルが、小さく笑いながら、オユキに声をかける。


「お二人の流派は、とことん対人戦闘ですね。」

「その、お恥ずかしながら。」

「いえ、異邦から来られた方の世界には、魔物はいなかった、そう聞いていますから。

 技を磨くのも、やはり人同士だったのでしょう。

 こちらでは、技よりも鍛錬そのもの、力押し、そういった物がどうしても主体になりますからね。」


イマノルはそういって、苦笑いを浮かべる。


「技よりも力押しが正解となる、武技の神には申し訳なく思いますが、そういった場面も多いですから。」

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