第42話 情報収集

「おかーさん。みてみて。買ってもらったのー。」


フラウは、宿へと駆けこむと、そういってトモエが買って渡した、焼き菓子を母親へと見せに行く。

その姿に、懐かしい姿を思い出し、にこやかに見ながら、オユキとトモエも連れ立って宿へと入る。


「そうかい。良かったね。」


そう、体当たりをするように抱き着いた娘を、しっかりと抱きとめながら、宿の女主人は、考えていたよりも多かったのだろう、申し訳なさそうにオユキとトモエを見る。


「案内していただいたので、そのお礼です。どうか、お気になさらずに。」


トモエがそう告げれば、さっそく宿のカウンターに焼き菓子を広げようとする娘を窘めながら、女主人は二人に声をかける。


「すまないね。それで、今日はどうするんだい?

 嬢ちゃんの足が問題ないなら、さっそく出かけるのかい?」

「いえ、数時間で治ると、そういわれましたが、今日は安静にしています。

 ギルドで、改めて周辺の情報の確認をしようかと。後は、傭兵ギルドに伺って、軽く体を動かす程度でしょうか。」

「そうかい。慎重でいい事だね。

 それを忘れた馬鹿が、簡単にくたばっていくからね。」


そういった会話をし、部屋の鍵を受け取り、装備を身に着け、買った薬を部屋に置くため、部屋へと戻る。

そして、それが終われば、また宿を出ていく。

随分と慌ただしい、そう思いながらも、よくあることなのだろう、宿の女主人ではなく、焼き菓子をかじっていたフラウへと鍵を預け、二人は狩猟者ギルドへと向かう。

既に昼近く、そんな時間帯であるためか、ギルドの中は、昨日トラノスケと出会ったその時と同じ程度に、ガランとしていた。

そんな中に、トモエとオユキは二人で入り、ギルドの隅に設置された、近隣の魔物の情報が纏められた資料の置かれている一角へと向かう。

そこには集めの紙に、魔物の姿の絵が描かれ、簡単な特徴、留意すべき事柄、得られる物品、そういった事が簡潔にまとめられている。

そこには、昨日であった、丸兎、歩きキノコ、グレイハウンド、それ以外にも、プラドハルコンといった鳥類、サーペントのような爬虫類、アラーニャといった、昨日遭遇しなかった魔物も並んでいる。


「森の中に入ると、なかなか難儀しそうですね。」


纏められた特徴に、罠を張る、姿を隠し、樹上や木陰から襲い掛かる、そういった文言の書かれた魔物を見ながら、トモエが口にする。


「それに、マルコさんから頂いた薬で、虫の毒に対すものがありましたが、このあたりでは記載がないようですね。」

「ここの森では、虫型の魔物は出たのか、記憶が確かではありませんね。尋ねてみましょう。」

「そうですね。それにしても、虫型の魔物ですか。」

「はい、そのまま虫を大型にしたものです。ものによっては、3m程もありましたね。」


オユキがそう答えれば、トモエが何とも言えない表情をする。

その内心はオユキにもよくわかる。


「ええ、ものすごく不評でした。倒したとして、価値ある物品を落とすわけでもなかったので、それはもう、文字通り蛇蝎の如き嫌われようでしたね。」

「私も遠慮したいですね。」

「残念ながら、主要な通り道に配置されていましたので、今の目標の達成を目指すなら。」

「どうしましょうオユキさん。諦めたくなってきました。」


そういって、トモエが冗談めかして口にするが、その目には本気の色が浮かんでいる。


「一度見て、どうしても無理でしたら、何か方法を考えましょうか。

 さて、魔物の情報は分かりますが、虫となると、ひとまず総合受付でお尋ねしてみましょうか。」


そうオユキが告げれば、トモエが一つ頷き、先に歩き出す。

既に昼に近い時間だからだろうか、狩猟者ギルドの中は閑散としており、幸いどの受付も空いている。

数人が並んでいる受付もあるが、あそこは依頼を出す側と、情報を求める人が利用するカウンターだ。

装備にしても、狩猟者のそれとは異なっているため、この時間は、どちらかといえば、そういった人物向けの業務を、主に行う時間帯なのだろう。


総合受付と、トラノスケに教えられたカウンターに行き、トモエが声をかければにこやかに応対される。


「はい。本日はどういったご用件でしょうか。」

「森に出る虫に関して、伺いたいのですが。

 今朝がた、診療所で薬を求めた際に、毒を持つ虫がいると伺いましたが、あちらの一角では、それらしい情報が確認できませんでしたので。」

「成程。準備の良いことです。他の新人さんにも見習ってほしいですね。」


総合受付の女性、思えば昨日もここに立っていたように思う。


「そうですね、狩猟者ギルドでああいった形で公開している情報は、魔物に限られています。」

「つまり、魔物ではない虫、そういう事ですか。」

「はい。討伐しても、そのまま亡骸が残る、生物に分類されるものですね。

 近くの森で毒を持つ虫ですと、蟻、蜂、蛾の3種類ですね。

 対策に関しては、皮膚の露出を避ける、くらいですか。火でも払えますが、森の中では避けてほしいですね。」


受付の女性は、そうよどみなく答える。

経験豊富というのは、嘘ではないようだ。


「成程。蛾に関しては鱗粉経由ですか?」

「はい。ただ経口では毒性はあまりないので、口を覆ったりする必要はありません。

 皮膚に長時間つくと、かぶれたり、そういった物ですね。

 診療所で紹介された水薬でしたら、水で流した後に利用すると効果的です。」

「分かりました。ありがとうございます。」


トモエがそう答えれば、受付の女性は、ただ、と前置きをして、トモエとオユキを見る。


「そういった虫は森の中、少し奥に入らないといませんからね。

 慣れないうちは、まずそんなに奥に入らないようにしてください。」

「ええ、心得ています。」

「はい。言葉だけでなく、本当に気を付けてくださいね。」

「勿論です。あたら命を粗末にするつもりはありません。

 それと、宜しければ傭兵ギルドの場所をお伺いしても?

 訓練を受けられると、そう聞いているのですが。」


そうして、傭兵ギルドまでの道のりを聞き、受付の女性にお礼を言ったうえで別れ、トモエとオユキは狩猟者ギルドを後にする。

近くにあるのかと思えば、傭兵ギルドの位置は門にほど近い、少し離れた場所となっていた。

オユキとトモエは、その道のりを歩きながら、昼食はどうしましょう、そう話し合い、適当に目についた食堂に入り、これから訓練があることも考え、スープとパンで、簡単に済ませる。

あの宿だけかと思えば、ここでも一人前がかなり多く、オユキは結局食べきることができず、トモエが残りを平らげることとなった。

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