第36話 穏やかな食事

「ええ、それは私からも。」


オユキはそう応えて、ミズキリへと微笑み返す。

その様子に、少したじろぐミズキリをよそに、トモエがオユキの肩をたたく。


「ズボンだから、構わないとも思いますけど、それでも足は閉じましょう。

 足を組むにしても、そのような体勢は流石に、後々着れる服も難しくなりますので。」


言われて、オユキが自分の身を振り返れば、中途半端な、片足だけの胡坐、そんな姿であった。

確かに、これはこの見た目にはないだろうと、苦笑いをしながら足を降ろし、膝をそろえる。


「実際には、座るときにある程度位置を考えて、腰につけるように揃えた足を引く。

 そのように説明をされることもありますが。」


まぁ、難しいでしょう。そう口には出さず、苦笑いをトモエが浮かべる。


「今後、覚えていかないといけませんね。先ほどの衣類の中には、やはりズボンでない物もありましたから。」


そういって、オユキはこちらに料理を持ってきているフラウに視線を送る。

買われていたものの中には、やはりいま彼女が来ているような、ロングスカートがあった。


「まぁ、このあたりはスペインから取っているしな。

 決まった物はないと聞いてはいたが、こうも一般的に着られているなら、何かそういうものはあったのだろうさ。」


オユキとトモエが、話している中に、ミズキリが口をはさむ。


「それにしても、トモエと呼んでもいいのかな。オユキに比べれば、あまり違和感がないな。」

「ああ、トモエも丁寧な喋りだったしな。仕草や体の動かし方に、たまに違和感を覚えたくらいか。」

「はい、お待たせ―。」


そして、フラウが四人分の食事と思えるものを、トレーごと机に置く。

その上には、何かのスープ、それと焼かれた大振りで、厚みのある肉が乗っている。


「じゃ、ごゆっくり。」


そういって、フラウがさっさと立ち去るのを見送り、オユキとトモエはその食事に苦笑いを浮かべる。

二人とも、このような食事をとるのは、随分と久しぶりであり、その見た目に食欲よりも、圧を覚える。

一方、もう慣れたのだろう、ミズキリもトラノスケも臆することなく、食器を手にする。


「食べきれるでしょうか。」

「申し訳ないですが、おいしく食べれる範囲を超えた場合は、残させていただきましょう。

 主食の類が無いようですが、そのあたりも、あちらの風土でしょうか。」


トモエがそういいながら、周りの席にも少し視線をやる。


「ああ、今はなかなか見ないが、このステーキが乗っている器がパンだ。

 平たい型焼のものだが、なんといったか。」

「トランショワールでしたか。実際目にするのは初めてですね。」

「顎に自信があれば、肉ごと行くものもいるし、そうでなければスープでふやかして食べる。

 まぁ、そのあたりは、各々の好みだな。」


そういうトラノスケは、早速とばかりに、そのままかじりつく。

その様子にミズキリも続くが、オユキもトモエも、その姿にずいぶんとなれたものだと、そういった感想しか出てこない。


「ロザリア様からお話を聞いた時に、茶器があったので、こういった物は予想していませんでしたね。」

「そうですね、それに、食器も木匙とナイフのようですね。

 なるほど、このあたりは成立年と、同様という事でしょうか。」

「いや、それこそ地方によるな。それに前の世界からそういった物を持ち込んでいるものもいる。

 単に、このあたりでは金属資源が取れないから、それが大きな要因じゃないか。」

「まさに、風土と歴史ですね。」

「オユキはそのあたり熱心ではなかったが、トモエさんは、ご興味が?」

「ミズキリ、私も常識程度には知っていましたよ。

 あなたの熱意が過ぎただけです。」

「私も、そこまでは、といったところでしょうか。

 書籍をいくらか読む、その程度でした。」


そんな他愛もないことを話しながら、食事をとる手も休めず。

食事は確かに、フラウが自慢をするほどにおいしく、スープにしても、ブイヨンではなくポトフ状のもの、鍋を小鉢に取り分けたようなもので、一目見てわかる具材もあれば、見覚えのないものもある。

見た目でこれと、そう思って口にしたものも、触感や味が、想像と異なり、それもまた楽しいものであった。

トモエは、自身でも意外そうではあるが、出された食事をすべて平らげていた。

その反面、オユキは他の者が食べ終わった後も、まだ格闘しており、加えて、既にそれ以上を食べることに難しさを感じ始めていた。


「昔、同じ年頃であれば、これくらいは何という事もなかったのですが。」


オユキはそういいながら、どうしたものかと考える。

その頃であれば、それこそ足りないと、そんなことを言ったりもしただろう。

やはり体の大きさ、それか。

そんな風に気をそらしても、目の前に置かれた、半分近くが残る分厚い肉は減りもしない。


「まぁ、見た目相応と言えないこともないが、こっちの人間は、それくらい簡単に食べるぞ。」


トラノスケの指摘に、そばを通りかかったフラウも便乗してくる。


「ちゃんと食べないと、大きくなれないよ。」


さて、オユキにしても、同じ言葉をどれだけ自分の子供や孫に、かけてきたものか。

だが、今はそれに苦笑いを返すしかない。

トラノスケとミズキリは二人そろってフラウに追加の料理を頼んでいる。


「申し訳ありませんが、大丈夫なようでしたら、トモエさんお願いします。」

「ええ。分かりました。私にしても、まだ足りないようなところがありましたから。

 息子や孫の食欲に驚いたこともありましたが、これはどういった理屈なのでしょうね。」

「私も経験はありますが、あれはどういった理屈だったのでしょうね。」

「あー。あの時期はな。俺もずいぶん食べたな。

 炊飯器を一人で空にして、怒られたりな。それでも足りないと、今思えばわけのわからない事をしれっといったものだ。」

「俺はそこまでじゃなかったが、まぁそれでも二人分くらいは食べていたな。」


そうして、そこの見えぬ食欲について、前の世界を思い出しながら各々が語る。

新しく運ばれてきた食料も、そんな話をしているうちに瞬く間に消え、その間にオユキも、どうにかポトフの具材をすべてなくすことができた。


そして、オユキ以外の三人に、改めてエールが運ばれ、オユキも水を頼めば、ミズキリが改めて話を切り出す。


「久しぶりだ。その、俺が死んだあと、向こうはどうなったか、少し聞いてもいいか。」


何処か申し訳なさそうに、ミズキリが口にする。

それにオユキが、彼の死後、会社はどうなっていったのか、彼の家族や、後を引き継いだ彼の息子、それらを知っている限り話して聞かせる。

オユキにしても、そこまで詳細に話せることはないので、その話もすぐに終わりを迎えたが。

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