第9話 チュートリアル 1
白一色の中に体を入れたと思えば、オユキとトモエは突然、見知らぬ場所にいた。
オユキにとっては、どこか見覚えのある場所でもあるが、トモエはそのような風景を自分で見るのは初めてであった。
そこは一目で教会とわかる場所であった。
オユキとトモエが出てきた場所からは、正面に説教台が見え、そこから右手には先ほどまで見ていた女性の像。
左手には長椅子が並んでいる。どこも一目でわかるほどに清掃が行き届いており、後ろを見ればオユキにとっては見慣れたポータル。いくつかの円を組み合わせ、中心に光る球を配置したようなもの、といえばいいのだろうか、それがあった。
女性の話では、この教会でさらに詳しい説明を受けられるとのことではあったが、ただ立って待つのもどうかと考え、オユキは改めて像に向かい合う。隣ではトモエもオユキに倣っている。
オユキはそのままその場で座礼を取り、像に向かって祈りとお礼を心中で捧げる。
ただ、人生を終わらせ、記憶もなく輪廻に戻るところを、こうして過去に憧れ、二度と遊ぶこともできなくなった、あの素晴らしい舞台にもう一度立つことができた。それも最愛の人と共に。
自身の現状に、思うところがないでもないが、まぁゲームであれば、本来の自分とは違うアバターを作ることも珍しいことではない。VRMMO、そのゲームを遊ぶためのハードウェアの性質上、此処迄かけ離れた姿を得ることはできなかったわけだが、まぁそれも経験であろう。現実では得られない類の。
最初は真摯に感謝を浮かべていたはずが、どこからか恨み節のようなものが混じってしまい、集中が切れたと、そう判断したオユキは閉じていた目を開ける。
自身の側に近寄っていた人の気配も感じていたこともあり、そちらを向く。
そこには、品のいい、そう評するのが最も適しているであろう、初老の女性がいた。
オユキはすぐに、この相手が、女性、創造神の語った現地で説明をしてくれる、そんな相手だと判断する。
「申し訳ございません。お待たせしてしまいましたか。」
「いいえ。我らの神に祈りを捧げていたのです。それを邪魔してしまったようで、こちらこそ、お邪魔をしたのではないかと。」
穏やかな微笑みを浮かべながら、近づいてくる相手に、オユキは立ち上がり頭を下げる。
気が付けば、トモエはいつの間にか立ち上がり、その女性のほうに向きなおっている。
「生憎、こちらの作法には疎く。もし祈りの作法が間違っていたならと、今更ながらに考えてしまいます。
事前にお伺いしてからにするべきでしたでしょうか。」
トモエの質問にオユキも、その可能性があったかと考える。
教会の中、彼女たちの教義のおひざ元で、その作法に乗っ取らないというのは、確かに気のいいものではないだろう。
「いいえ。新たにこの世界に来られた方。祈りの作法など、神に感謝を捧げる、その心のありよう以上に重要なものなどありません。
作法など、整えられていない場で祈りをささげるときに、自分は祈りを捧げているのだと、それを周りに知らせ、邪魔をさせない、そのための物でしかありませんよ。」
そういって、相手は、穏やかにほほ笑み、もちろん、我らの作法を、そうお望みでしたらお伝えさせていただくことに否はありませんが。そう続ける。
どうやら、この相手はあまり四角四面という相手でもないようだ。
その様子にオユキは安心をしながら、もう一度頭を下げ、お時間を頂けるのでしたら。そう願い出る。
隣のトモエも同様であるらしく、合わせて頭を下げる。
「ええ、それでは我らの神より頂いた、その勤めを果たしたそのあとに。
さて、此処は我らの神に祈りをささげる場。あまり話に向いた場所ではありません。
よろしければ、こちらへ。」
礼拝所で雑談というのもないだろう、オユキとトモエは誘われるままについていくこととする。
礼拝所の脇にある扉を抜けると、そこには廊下があり、先に進む女性の後をついていけば、応接室だろうか。
幾つか並んでいた扉の一つを開ければ、華美ではないが、美しさを感じるちょうどに彩られた部屋にたどり着く。
「さぁ、おかけになってください。それと、遅くなりましたが私はロザリア・マリア・カルディナーレ。
畏れながらこの教会の責任者、そのようなことをさせていただいております。」
そういって、目の前の女性がこちらに礼を取る。
それはこれまで見たことが無いような形式ではあったが、恐らくそれがこちらの聖職者が行うものなのだろうとオユキは判断する。
「これはご丁寧に。私はオユキ、そしてこちらがトモエ。ご存知のように貴女様の奉じる神の手により、有難くもこちらの世界で第二の生を賜った、今は何者でもない、流れ人です。」
そうオユキが代表して名乗れば、ロザリアはさぁ、席についてくださいと、そう進める。
「ご丁寧にありがとうございます。こちらに来られる方々は、創世記以前に冒険者として、この世界を駆け抜けた方が多いと、そう伺っておりましたのに、皆さまずいぶんと丁寧な方が多いのですね。」
「そう、評していただけるのは有難いのですが、確かに、私も昔は相応に弁えぬ、粗野な振る舞いをすることもありましたよ。」
そう、オユキは苦笑しながら述べると、隣でトモエも小さく声を出して笑う。
長い時を過ごしただけに、いろいろなオユキの失敗もトモエは知っている。
対して、オユキから見たトモエは、昔も今も、それこそ前の世界での最後の時まで、あまり変わらぬありようを維持していたように思う。
ロザリアはオユキの答えにころころと笑う。
「それを反省し、今のような落ち着きを得たのなら、それは良い歳月の重ね方をしたのでしょう。
ただ、それをオユキ様のような少女に言うのはやはり、心が付いてきませんが。」
言われて、オユキは改めて今の自分の姿を思い出す。
だれがどう見ても、少女と、そう評するだろう見た目の自分が、年を取ったようにしゃべるのは、確かに違和感がすごいのだろう。
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