第8話 二人の新しい門出
「お二人とも、ずいぶんと、馴染まれたようですね。」
お互いにかつてとは全く逆の体躯で、苦戦しながらもいくらかの型の応酬を繰り返すこと暫く。
そう声をかけられたことを区切りに、行っていた動作を二人は止める。
特にこういった振る舞いというのは、頭ではなく、体に覚えさせていたもので、勝手に覚えているように動こうとする体を補正するのに、二人ともずいぶんと苦心した。
そうして動いているうちに、ある程度、余裕をもって意識して動けば、体を動かすことに不都合はない、そういうところまで、馴染み。
二人は席へと戻る。
「素晴らしいですね。他の皆様はどうにか簡単な運動ができるようになるまで、今くらいの時間がかかっていましたよ。」
二人は褒められ、それぞれに言葉を返し、頭を下げる。
「習い性として、こうして体を動かすことが多かったものでして。」
「流石に、まだまだ、慣れるまでにはかかりそうですが。」
その言葉に、女性はニコニコとしながら、話を進める。
「あまり皆さん、此処に長くいていただくわけにもいきませんので、残りは私の世界に移動してからお願いしますね。申し訳ないのですが。
さて、その世界の事なんですが。」
そういって、女性は説明を始める。
世界の大枠は月代が依然遊んでいたゲームと変わらない。
しかし、成立からその世界は既に1000年程の時がたっており、変わっていることは多くある。
法律等は彼女の定めた決まり事ではないので、転移の後に確認してほしい。
転移先は、ゲームでもおなじみ、始まりの町と呼ばれる教会である。
そこの司祭をはじめ、彼女を奉じる聖職者は予言という形で、すでに月代たちのような人が現れると知っている。
また、その教会に出れば、いろいろと話を聞かせてくれるだろう。
そういったことを二人は説明される。
月代としてもゲームであったころと違いがあるとは言われても、大枠が変わらないのであれば、まぁ慣れた物でもある。
後は出たところで、そう腹も決まり、横の榛花が世界になじめるよう。
彼が楽しんだものを、楽しんでもらえるよう、そう務めようと心を決める。
「概要ばかりで申し訳ないのですが、説明としてはこのような物です。
細かいところは、繰り返しになりますが、教会で聞いてみてください。
最後に、お二人にはあちらの世界で使う名前を決めてもらいます。」
その言葉に、月代は首をかしげる。
確かにゲームであるのなら、キャラクターに名前を付ける物だろうが、さて、現実としての今ではこのままの名前でよいのでは、そう考えてしまう。
「そうですね、疑問に思うのも当然ですが、今の名前をそのまま使ってしまうと、体に魂が馴染むのが遅くなりますので。
新しい体に、新しい名前。
それを使えば、これまでのご自分と違うのだと、そう、頭でも理解が進むでしょう。」
それが、なじむ手助けになるのです。
そう言われ、月代は納得はしないまでも、そういうものかと、そうすることとした。
さて、自分で自分の名前を考える、それも女性の名を、というのも気恥ずかしく、彼は榛花のほうを見る。
そこでは彼女も同じつもりであるように、目がしっかりと合う。
「では、榛花さん。その人物の名前ですが、トモエ、と。」
赤毛の獅子、そこからの連想ですが。月代がそう告げれば、榛花は口元を抑えてほほ笑む。
その仕草は、その見た目にはあまりにそぐわず、月代は思わず苦笑いを浮かべる。
「振り回すほどの長さでもないでしょうに。もともとその名前で?」
「ええ、ゲームの時と同じ名前です。
使い古された名前がお嫌でしたら、考え直しますよ。」
「いえいえ。うれしいですとも。
それでは、私からは、オユキ、と。」
月代は自身の見た目を思い、納得する。
民話に登場する雪女、その名前だろうと。
「それだと、私は子供を残して、どこかに行くことになりませんか。」
「ええ。私たちはこうして子供を残して、別の世界に来ているではありませんか。」
その言葉に、月代は思わず吹き出してしまう。
それは、ずいぶんと好意的な解釈だと。
「はい。それではお二人はこれからトモエさんとオユキさんです。」
そう、告げられた時、月代は確かに自分の何かが変わったと実感する。
それは不思議な感覚で、これまでであれば、オユキなどと呼ばれても振り返りもしなかっただろうに、今はそれが自分の名前であると、そう実感できる。
「すこし早く馴染む様に、私から作用を行いました。
これで新しい名前で呼ばれても、自分の事だと実感できるでしょう。」
二人は、その言葉にありがとうございますと、揃って頭を下げる。
「さぁ、それではそこの扉をくぐれば、私の世界です。」
そう女性が手で示す先には、大きな扉が存在している。
今はオユキとなった月代と、今はトモエとなった榛花は、その扉へと向かって、並んで歩く。
オユキは自分が相応に頑張って足を動かさねば、隣に並ぶことが難しいその現状に、思わず苦笑いする。
以前の自分達は、今ほど身長に差があったわけではないが、やはりそれなりの苦労を強いたのだろうか。
オユキとしては、常々気を付けていたつもりではあったが。
「それでは、どうぞ第二の人生を。
皆様の望みの果てに生まれた、私の世界をどうか楽しんでください。」
その言葉をせに聞きながら、二人で扉をくぐる。
扉の先は、まぶしいというわけでもなく、白一色であり、そこに何があるのかはわからない。
オユキは改めて自分の幸運を思う。
もう二度と、触れることはできないと、そう決まっていたあの世界。
あの懐かしい世界で、もう一度。
心を躍らせながら、オユキは扉をくぐった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます