第34話 七光りの独立機動艦隊
「何ですかこの【月光に煌めく若獅子の群れ】って……」
怒濤の地球帰省から月面へと戻って二日後。
リリアンはゼノンから呼び出されていた。彼女と同じく、そこにはアレスの姿もあった。彼もまた神妙……否、顔を伏せ、なるべく表情を作らないようにしていた。
二人はゼノン少将がにこやかな笑みを浮かべながら手渡した一枚の書類に目を通してた。そしてそこに書かれた一文を見てげんなりとしていた。
「何って。私が預かる事になった独立機動艦隊の名称さ。名付け親は皇太子殿下様との事だ」
地球帝国の次なる皇帝であらせられる皇太子は御年十二歳である。
「さて、常々私が要請していたが、悉く流されていた艦隊権限だが。今までこちらに見向きもしなかったピニャール参謀総長が後ろ盾になってくれたようでね。本格的な運用は半年後となる予定だが、その前にお披露目をすることになりそうなのだよ」
ゼノンはちらりとリリアンの方を見ながら説明を続けた。
「ほらもうじき皇帝陛下の誕生日だろう? 私も一応は皇帝に連なる家系の末端に位置する者だからね。参列の義務がある。そこで、陛下の誕生日プレゼントと称してアルフレッド大将麾下のパレードに何とかねじ込めることになったのさ」
意外にも父の行動は早かったようだ。一体どういうルートを駆使したのかは想像できないが、改めて思う。自分の父の権力は凄まじかったのだと。伊達に帝国艦隊の参謀総長を務めてはいない。何より現総司令のアルフレッド大将の側近でもあるのだから、実質軍での地位はナンバー2と言ったところだ。
「そこでだ。私にもある程度の人事権が許された。まずは私の近くにいる君たちに参加の意思があるかどうかを尋ねたかったのだが、どうかな? これはスカウトと取ってもらっても構わないよ」
それを言う時のゼノンはアレスの方を見ていた。リリアンから視線を外したのは「どうせ君は参加するだろう?」という意図が読み取れた。
なにせ、今回の独立艦隊結成の裏にいるのは自分なのだから。
どうやらそれはアレスも気が付いている様子であり、彼もこちらに視線だけを向けていた。
「この、独立艦隊は具体的にはどのようなことを?」
アレスは了承する前に確認として仔細を訪ねる。用心深い彼の性格上、そういう質問が出るのは予想通りでもあった。
「率直に言えば何でも屋だ。便利な小間使いと言ったところかな。だが、同時に機動性がある。私の権限が及ぶ範囲内では好きに活動が出来ると考えて貰っても良い」
「貴族の旅行の護衛や客寄せの観艦式も行うという事ですか?」
表情には出さないが、アレスは怪訝なそぶりを見せる。
いまいちゼノンの考えを図りかねていると言ったところか、それとももったいぶる言い方が好ましくないのか。
どちらにせよ、今のままでは首を縦に振るつもりはないらしい。
「あぁ、やることにはなるだろうね。だが、一つ付け加えておくが、これは元々ヴェルトールと計画していたことだ。手っ取り早く実績を上げられる。それがこの構想だったのだ」
そんなアレスの挑戦を受けて立つようにゼノンは飄々とした態度で答えた。
ヴェルトールの名前を出した瞬間、アレスも自身では気が付かない程度の変化を見せていた。
「実権、実績は座っているだけで全て手に入るものではない。家柄である程度は保障されても、その上の地位を頂こうとするのならば行動しなければならない。それが例えゴマすりと呼ばれる行為であってもな。そして、達成したい目的の為に必要な手段は全て行う。アレス。君も今の帝国軍の実情を良しとは思ってはいまい。何より、君たちは馬頭星雲の近くで敵を見てしまった。地球歴4000年の歴史の中で、ついぞ発見することの出来なかった知的生命体、その艦隊にだ」
その事を指摘されれば、アレスもおのずと気を引き締める。
「夢物語と思われていたエイリアンとの戦争が始まるかもしれない。我らは一度、砲火を交えてしまった。帝国軍内部では馬頭星雲への大規模遠征を訴える者もいるが、それはいささか気が早い。だが対抗手段を講じることは必要だ。これは、その為の布石だと思ってもらいたい」
そこまで言い終えると、ゼノンはパッと明るい笑顔を見せた。
「まっ、なぜか最短ルートではなく裏道を通る事が出来たがね」
そう付け加えると、彼は席から立ちあがり正装用の帽子とジャケットを羽織った。
「良い返事を期待するよ。私はこれから会食があるのでね。これも仕事、仕事、はっはっは!」
まるで自分の言いたいことだけを言って、嵐のように去っていくゼノン。
ぽつんと残されたリリアンとアレスは一旦、顔を見合わせてから揃って部屋を後にする。
「独立艦隊か。学生時代、ヴェルトールは己の艦隊を持ちたいと常々語っていたが……そういうカラクリか。ゼノン少将と仲が良いことは知っていたが。だがそれ以上にだ」
行く当てもなく、二人は取り合えず己の駆逐艦が待つドックへと進んでいた。
その道中の事である。アレスはリリアンの前に立つと、仏頂面を近づけた。
「俺はお前の事がますますわからなくなった。リリアン、お前は何を考えている。学生時代の貴様は、享楽的だった。はっきりと言えば才能も感じられなかった」
ずいぶんとストレートな物言いだが、それがアレスという男なのだから仕方がない。
それに彼の指摘は最もであり、リリアンも否定するものではない。
「いかに少将閣下が皇帝陛下に連なるお方でも、そう簡単に独自の采配で動かせる艦隊を手に入れることは難しいはずだ。それに……」
「実績がないから」
「貴様、言葉には……!」
事実、ゼノンに軍功はない。悲しい事にお飾りの月面基地司令という立場なのだからそこは仕方がない。
だからこそ、前世界においてゼノンはついぞ艦隊を持つことはなかった。そこそこの権力を持ってはいるので、多少の人事には口を挟めたようだが、それでも恐らく彼が求めていた結果を手に入れることは出来なかった。
その後、彼が期待していた若手の将校は戦死。彼も失意のうちに、何かをやろうとして、全てに絶望したらしいステラに処分されていた。
一体、その時になにがあったのかはわからない。
だが少なくとも、今はそのような未来からズレ始めていることは確かだ。
ゼノンは小規模ではあるが、艦隊を手に入れた。そして、その編制は彼の望むものとなるだろう。
しかも、その背後にはリリアンの父であり、参謀総長であるピニャールがいる。
傍から見ればピニャールが権力拡大を目論んでゼノンを利用しようとしているとみられるだろう。その程度の事を気にする父親ではないので、そこだけはある意味安心だ。
「アレス、私たちはお互い人生観が変わるような経験をしたはず。私たちは敵を見て、戦った。この事実を、対岸の火事とのんきに構えている連中とは違う。そうではなくて?」
「そうだ。あれは脅威だ。我々が接触したのは巡洋艦と駆逐艦数隻。運がよかったのだ。もしあれが戦艦を含む艦隊であれば俺たちは死んでいた。幸運に守られ、こうして帰還できた。だからこそ全てを伝えることができた」
「でも、今の帝国ではまともな戦争はできない。戦力はあっても烏合の衆よ。特にアルフレッド大将にまともな指揮が取れると思う? 前線から何十年と退いて、年功序列でトップに繰り上がっただけの男が? 聞けば、総旗艦である神月なんてホテルと化してるそうじゃない。無用の長物よ。それなら巨大な砲台として辺境宙域に置いておくほうがまだ有効活用出来るわ」
自分以上に物事をはっきりというリリアンに対して、アレスはわずかだが気圧されていた。
彼女の言葉は、少なからず自分も考えていたことだ。だがそれはおいそれと口に出来るものではない。どう言ったところで、今の自分たちは少佐であり、相手は大将だ。強大な帝国軍の全軍指揮を執る権力者なのだ。
少佐如きの愚痴など届きはしまい。耳に入ったところで聞き流されるだろうし、名前も顔も覚えて貰えないだろう。
それでもリリアンははっきりと苦言を呈した。
この女は、こんなことをいう珠だっただろうか。
古い言葉に能ある鷹は爪を隠すなどという言葉があるが、アレスからしてみれば鷹などというレベルの話ではなかった。
あのティベリウスの一件以来、この女は何かが違う。
そう思うしかなかった。
「それじゃ、私は休暇中だから。これで失礼するわね」
「待て、最後に聞かせろ」
アレスは自分の真横を通り抜けていくリリアンを呼び止める。
リリアンとは背中合わせの形で、お互いに振り向くことなく、言葉を交わした。
「お前には何が見えている。ヴェルトールと少将閣下の件。二人が何かを計画していたことは俺もうすうすは気が付いていた。だがその概要までは知らなかった。それはお前だった同じのはずだ。お前は、そこまでヴェルトールと親しくなかったはずだ。ゼノン少将ともこの月面基地からの付き合いのはずだ。なのに、お前はまるで全てを知っているような動きをしている。お前は」
「私の目的なんて決まっているわ」
その刹那。お互いは振り向いた。
アレスは、不敵な笑みを浮かべているように見えるリリアンに圧倒された。
「私は自分の人生をもう少しマシにしたいだけよ」
それだけを伝えて、リリアンは今度こそその場を立ち去った。
***
その後、ゼノン少将麾下の独立機動艦隊【月光煌めく若獅子の群れ】の発足が正式に決定した。具体的な艦隊編成やメンバーなどはまだ公表されておらず、皇帝陛下の誕生日式典に合わせて発表するという行為、なおかつその背後に参謀総長がいることを多くの者は知る事となる。
しかし、このような噂もまた流れていた。
この艦隊は、権力を笠にした七光りの、烏合の衆の艦隊になると。
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