第26話 作戦前夜、守るために戦う

 ロイドさんはこちらをいぶかしげに見ると「言ってみたまえ」と口にした。

 

 私は頷き「ありがとうございます」としっかり礼を述べて、まずは場所を移動する。


 使用予定のない小会議室を貸し切りにして、扉の前には『重要会議中につき入室不可』の看板を立てる。十分用心したうえで、ようやく私は彼に話し始めた。


「ロイド調査官。本当の迎賓館の様子を知りたくはないですか」

「どういうことだね?」


 彼が、意味が分からないという様子で眉根を寄せる。

 迫力ある顔面の威圧感に負けないよう、私は両手をぎゅっと握り締めて自分を奮い立たせた。


「調査官もお気づきのはずです。あなた様がいらっしゃる間、職員や騎士たちはいつもとは違う行動を取っています。あなたは事実が好きだとおっしゃった。今の状況では、迎賓館のありのままの姿を見ることはできないでしょう」


 ロイドさんは口元に手を当て、思案するように黙り込みつつ、目線で私の言葉の先を促してくる。


「何か策はあるのかね?」

「あります」


 力強く頷くと、調査官は「話してみなさい」と淡々と仰った。

 

「まず、私と調査官は明日一日、外出して迎賓館にいないことにします。そして、裏側から、迎賓館の日常を観察するのです」

「裏側?」

「はい。この迎賓館には、賓客の避難の際に使われる隠し扉と通路があります。通路は迎賓館内部を縦横無尽に走っており、迷路のように入り組んでいますが、私がご案内いたします。調査官は、隠し通路から迎賓館の様子を見聞きするのです」


 どうだろうか。彼は私の案に乗るか。

 顎に手を置いたまま思案するロイドさんの様子をじっと見ながら、私は祈る。緊張で、ぎゅっと握り締めた手のひらに汗がにじむ。

 

 どれくらい時間が経っただろう。

 おもむろにロイドさんが顔を上げた。


「いいな」


 彼は持っていたペンを左手で弄びながら、思案しつつ言葉を口にした。


「私も、自分の威圧感は自覚している。職員や騎士たちがおびえ、普段とは違う行動をとっていることにも気づいていた。それが普通だ。調査官の前で悪いふるまいをする者はいない。しかし、私は事実が知りたい。ぜひ、あなたの案に乗らせていただこう。明日はよろしく頼みましたよ。オルランドさん」


 ロイドさんが丁寧に、しっかりと頭を下げる。


 どこまでも真面目なお方だ。しかし、真面目なだけでなく冷静に物事を見て、自分の仕事を最大限の力と最善の方法で遂行しようとしている。


 プロの大先輩のまっすぐな姿勢に敬意を払って、私もきっちりと頭を下げた。


「明日は、なにとぞ、よろしくお願いいたします」


 それから、私は早速下準備を始めた。


 職員が情報共有する伝言板に『調査官およびオルランド、明日終日外出。終了後、直帰するため一日不在』と端的に記す。

 

 職員は退勤直前や朝に伝言板の閲覧を義務付けられている。

 

 おそらく、モニカも見るだろう。

 もしくは、『調査官たち明日いないんだって』という噂を耳にするかもしれない。


 どちらにせよ、癖を我慢できなくなった彼女が尻尾を出してくれるのを祈るばかり。


(さて、もう一つ、仕込みが必要ですね)


 私は執務室を出ると、ベネディクトの姿を探した。

 終業後の迎賓館をくまなく探すと、屋外訓練場に彼はいた。他に人はいない。


 ベネディクトは、鋭い瞳で目の前の姿なき敵を見据え、よどみのない剣筋で斬る。

 武術に関して詳しくない私にも分かる。彼の剣筋は、迷いや曇りを感じさせない、彼の性格によく似たまっすぐなものだった。


 今彼に接触するのはまずいと思い周囲を見回すと、芝生の上に彼のものらしき上着が放り投げられていた。

 

 裏地を確認すると、『ベネディクト・スウェン』書かれている。

 意外にも、整った綺麗な字だ。

 

(言葉は適当に覚えるのに、字は綺麗なんですね)


 また一つ知った彼の意外な一面に自然に笑みをこぼすと、彼に渡そうと思っていた紙をそっと、上着の中に忍ばせる。


 内容は、もし誰かに見られても良いように一言だけ。


『明日、2時。予定どおりに』


 丁寧に彼の上着を畳むと、私は真剣に一人稽古に励むベネディクトに「またね」とこぼして、その場を後にした。


 いよいよ明日、作戦開始だ。


 上手くいくか、運要素の強い賭け。

 

 もし駄目だった場合、ベネディクトを傷つけてしまうかもしれない。

 それでも、やると決めた。戦うと決めたのだ。


「頑張らなきゃ。ベネディクトを守るために、私は、逃げません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る