ⅩⅤ 「愚者」の一歩
ⅩⅤ 「愚者」の一歩(1)
翌日土曜の朝、あちこち破壊された体育館内で二人覆い被さるように亡くなっている宍戸毅と当麻亜乃の遺体を、休日練習で鍵を開けに来たバスケ部顧問の教師が発見した。
その後、瀬戸の事件の時以上の大騒ぎになったのは言うまでもない。教師の通報ですぐに警察がかけつけ、体育館は現場検証のために封鎖。遺体は司法解剖へ回され、再びマスコミも続々と校門前に詰めかけた。
傍から見れば開慧高校の不祥事はこれで三つ目である。延べ四人の生徒が立て続けに死に、それも今回は明らかに刺殺……新聞やテレビでも全国版のニュースで大きく取り上げられ、最早、一地方のローカルな事件ではすまなくなってしまっている。
なんだかとばっちりの感もあるが、校長や教頭を始めとする教師陣や学校関係者、それに市の教育委員会も厳しく責任追及されるのは確実だろう。
もともと週末で休みだったこともあり、表向き、零が二人の死を知らされたのは学校の連絡網メールによってである。わずかに遅れ、ほぼ同時に来た珠子からの電話が第二報だ。
その日の朝、気がつくと零はベッドの中で眠っていた。後で聞いたところによると、久郎がまたもや勝手に暗示をかけて、夢遊病者のように一人で自宅まで帰したようである。
だが、その間の記憶も失くしていたため、朝目が覚めた後、昨夜見たことは全部悪い夢だったのではないかと零は錯覚した。
あんなこと普通なら絶対ありえないし、そう思うのが当然である。だから、宍戸も亜乃も死んではいない。すべては夢だったんだと、悪夢から覚めた時のように零は安堵の溜息をベッドの上で吐いた。
…………しかし、すべては現実だった。
もしももしも夢であってくれたなら、どんなによかっただろうか? もう既に知っていたこととはいえ、初めて知るのと同じくらい、大きなショックを零は受けた。
その後も友人グループの
一方、そんな零の心情を
ともかくも、そうして検死も終わり、ようやく遺体が帰って来たことで、その翌日の日曜の夜には通夜が、さらにその次の臨時休校になった月曜には二人の合同葬儀が執り行われた。
零は風紀委員仲間ということと古くからの知り合いということで、同じように関係のある生徒達とともにそのどちらにも出席し、心配した珠子もそれに付き添ってくれた。
葬儀の日は皆の悲しみを映し出すかのように、春にしては冷たい雨が朝から降り続く陰鬱な空模様であった。
そんな雨空同様、参列した女生徒達はその啜り泣く声を葬祭場に物悲しく響かせ、誰よりも心の内をよく知る珠子も何かと気を使って慰めてくれたが、どういうわけか零の瞳に、一粒の涙も浮かぶことはなかった。
もちろん、悲しくなかったわけではない……ただ、これが宍戸の葬儀であるということにどうにも現実味がないのだ。
先日、命を落としたのは確かに宍戸毅の姿をした人物だったのだが、それよりも遥か以前にもう、零の知る宍戸毅という人間はこの世からいなくなってしまっていたのではないか? ……そんな風に思えてならないのだ。
〝あの頃のムカつくほど甘ちゃんだった宍戸毅は我自身の手で我の中から消し去ってやった〟
それはあの夜、宍戸本人も言っていたことである……。
「――あ! アリスちゃん……」
また、珠子と別れてお手洗いに行った帰り、参列者の中に紛れて立つ、制服姿の久郎を零は見つけた。
開慧校の生徒は他にもたくさんいるので、制服を着ていれば容易に紛れ込むことができる……葬儀自体には参列していなかったものの、隙を見て、
「これであいつらも自然な状態に戻った。これからは因果の報いをまっとうに受けることだろう。これまで払ってこなかった分、少々利息もついてはいるがな」
そんな暗示、いったいいつかけていたのか? どうやら事前に仕込んでいたらしい後催眠で零をぐっすり眠らせた後、久郎は勝ち犬倶楽部メンバー達にも順次催眠をかけて回り、宍戸が彼らに与えていた魔術の力を全員から消し去ったらしい……即ち、それによって因果の法則を無視し、本来受けるべきデメリットから逃れるための暗示を解いたのである。
もっとも、暗示は時間とともに薄れてゆくため、その都度ケアしてくれていた宍戸がいなくなった今、放っておいてもその力を失うのは時間の問題であったようではあるが……。
「ついでにあの夜のことはもちろん、勝ち犬倶楽部に関する記憶もすべて消しておいた。さすがに騒がれてはマズイからな。故に、おまえがあの場所にいたことは誰も憶えていないんで安心しろ」
「うん……今度はわたしも学校や警察に話すつもりはないから、アリスちゃんこそ安心して……」
続く久郎のその言葉に、零はなんだか複雑な表情を浮かべてそう答える。
まあ、確かにあの現場にいたということが知られれば、事件関係者として警察の取り調べを受けるだろうし、下手をすれば二人の殺害容疑をかけられるかもしれない……それに、真相が明るみになれば、宍戸や亜乃の名誉を今よりもよりいっそう傷つけることになってしまう。むしろ今のまま、ずっと曖昧でいてくれた方がずいぶんとマシなのだろう……。
だから、久郎のいうように今回のことは、自分達だけの秘密にしておくべきなんだろうが、それ以前に誰かに話そうにも、どこからどうやって話せばいいのかがわからないのだ。
魔術だとか、秘密のクラブだとか、そんなの他の人が聞いたら、夢か幻の話としか受け取ってもらえないだろう……そう。零自身からしてすべては夢の中の出来事だったような、そんな気がしてならないのである。
「そうか……じゃ、そういうことで」
そうして、
あれ以降、一度も顔を合わせていなかったし、そんな諸々について零も心配していることだろうと気遣ってくれたのかもしれないが、それにしても事務連絡だけとは無愛想である。相変わらずどこまでも合理的というかなんというか……なんとも冷徹な魔術師だ。
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