Ⅱ 「塔」でのお茶会(2)

「ほら、静かにしろ。ホームルーム始めるぞ? みんなにも有栖に自己紹介してもりたいところだが、時間もないんでそれはおいおい各人でしてもらうとして、まずは今日の予定だ。ええ、今日は入学式と始業式の後――」


 彼が自分の席に落ちつくと平田はざわめく教室を静め、さっそくホームルームを始めようとする。


 その声にクラスメイト達は一応の落ち着きを取り戻すが、零としては後が気になって気になって、担任の事務連絡的な話など耳に入らなかったのは言うまでもない。


 もう、何度、後をちらちらと振り返ろうとしたことか……なにせ、今、零の背後には、どう見ても魔法としか思えないような芸当を惜しげもなく披露し、あの犬のお面を着けた謎の〝赤ずきんちゃん〟と非現実的な超絶バトルを繰り広げた黒尽くめの魔術師がいるのだ。


 しかも、どういうわけか転校生として、フツーにこの学校の制服を着て……。


 もちろん昨日のあの時もそうだったが、今のこの俄かには信じ難い状況にもなんだか現実味がない……もしかして、自分は昨日の夕方から、ずっと変な夢を見続けたまま、じつはいまだに目を覚ましていないのではないだろうか?


 そんなふわふわした心持ちのままホームルームを終え、入学式とそれに続く始業式を行う体育館へと移動する

ためのわずかな時間……。


「あ、あのう……」


 ガタガタと音を立てて皆が席を立つ中、零は思いきって振り返ると転校生に声をかけた。


「ああ、えっと……風生さん……だったっけ?」


 彼はやはりその顔に笑みを湛え、穏やかな声でそう確認をする。なんというか、顔立ちはまるっきり一緒なのに、昨日の魔術師とはぜんぜん雰囲気が違う。


「あの……あたしのこと、憶えない?」


「………ん~……どこかで逢ったことあったっけ?」


 さらに意を決して零は尋ねてみたが、彼は小首を傾げて考え込むと、変わらず記憶にない様子である。


 もしかして、他人の空似? ……いや、でも、この顔はどう見ても昨日の魔術師だと思うんだけど……けど、噓吐いてるような感じでもないし……あ! じつは双子の兄弟で、わたしが会ったのはその兄だか弟だかの方とか?


「あの……ひょっとして、双子だったりとか…」


 その可能性に思い至ると、再び彼に尋ねようとする零だったが。


「はじめまして! あたしは二荒澤珠子。よろしくね! なに、やっぱり零と知り合いだったの?」


 その矢先、不意に珠子の顔が横から割り込んで来て、言いかけた零の言葉を遮った。


「あ、いや、知り合いというかなんというか……」


「ううん。今日初めて会ったと思うよ。まだ、こっちに知り合いはいないし」


 珠子の言葉にどう答えていいものかと零が言い淀んでいる内にも、彼はきっぱりとその質問に首を横に振る。


「なんだ、違うんだ。零が思わせぶりな態度とるから、てっきりそうなのかと思っちゃった。ね、それより有栖くんのご両親は何してる人? 東京ではどこに住んでたの? この学校を選んだ何か特別な理由とかってあるのかな?」


 すると、そこにはさほど興味がなかったのか? 珠子は意外なほどあっさりと、その言葉を疑いもせずにさらっとスルーし、他にもっと気になることがある様子で矢継ぎ早な質問を彼にぶつける。


「な、なんか、質問いっぱいだね……もう少しゆっくり、一つ一つ訊いてくれるとうれしいな……」


 その喰らいつくような珠子の勢いに、もう彼の方は仰け反り気味でタジタジになっているが……あの・・威圧感とは程遠い、むしろ軟弱者という表現の方がしっくりくるこの態度、やっぱり、本当にただの他人の空似で、彼と昨日の魔術師はまったくの別人なのだろうか?


 ……でも、この惚けたふりがじつはアカデミー賞級の名演技だったり、ほんとに双子説が当たってたりしたらどうだろう? もしそうだとしたら、珠子が根掘り葉掘り訊くことでボロを出したり、あるいは何かわかるかもしれない……暴走の危険性ももちろんあるが、頭と道具は使いようだ。むしろその溢れ出る好奇心を利用して、彼に揺さぶりをかけてみるのも一つの手である。


 しかし、この異様なまでの食いつきぶり。昨日の一件は知らないはずなのに、いったい何がそんなに気になるのだろうか? まあ、ゴシップ好きの珠子のこと。〝転校生〟などという、ただでさえ何かありそうなミステリアスな存在に、彼女の旺盛な食指が動くのもわからなくはないのだが……。


「珠ちゃん、有栖くん困ってるよ? そんなずけずけ訊いたら悪いよ?」

 

 刹那の内にいろいろと考えを巡らした零は、悪どくも転校生を気遣う心優しいクラスメイトを装いつつ、素知らぬ顔で珠子に探りを入れてみた。


「だって、この時期の転校なんてなんか怪しくない? 他の男子達とはどっか違うオーラ纏ってるしさ」


 すると、零の目論み通りに、珠子は彼女の耳元に顔を近付け、小声でそのトンデモな理由を告げる。


「もしかして、親が政府の秘密機関に勤めてて、この辰本で何かの隠蔽工作をするために転勤になったのかも。それとも、彼自身が警察の密命を受けてこの学校に潜り込まされた特命高校生探偵だとか。はたまた人間の格好をしてるけど、じつは地球外生命体で、この星の調査のためにしばらく高校生活を経験してみることにしたんだとか! あ、となると、今住んでる家は山の中に停泊しているUFOだったり……いや、未来から来たっていう〝時かけ〟設定もありだな……」


「いや、春の転勤シーズンで一学期からだし、むしろ転校するには一番きりのいい時期のような……それに、そんなの明らかに考えすぎだよお……」


 長い付き合いだ。おそらくトンデモなことを考えているのだろうとは思っていたが、その予想を軽々と跳び越えてくるものだった……どこまでも増殖進化する珠子の妄想に、零も彼に聞こえないよう、声を潜めて彼女にツッコミをいれた……ま、あの〝魔術師〟と同一人物だとしたら、その妄想にも負けず劣らずな存在だったりするのではあるが。


 いずれにしろ、この女を噛ませるのはやはり危険だ。ほんと、先走って昨日のことを話さなくてよかった……と、高速増殖原子炉にも似た珠子を容易にコントロールできると思っていた自分の驕り高ぶりを反省し、先程の考えを改めつつ零は苦笑いを浮かべる。


「あ~っ! 珠子達だけズルいよお! ねえねえ有栖くん、 あたし達と一緒に体育館行こ!」


「まだ学校の中よくわかんないでしょ? 体育館まで案内してあげるよ!」


 と、そうこうする内に、イケ面転校生に興味津々な他の女子達も集まってきて、彼は瞬く間に取り囲まれてしまう。こうなっては零はもちろん、珠子も話を訊けるような状況ではない。


「ほら、早く行かなきゃ遅れちゃうよ! 行こ! 行こ!」


「あ、ああ。うん。それじゃ、道案内頼もうかな……」


 そして、強引な女子達に引っ張られ、彼はやや困惑気味に教室を出ると、廊下の人混みの中へ消えて行ってしまう。


「チッ、逃げられたか。ま、秘密の使命についてはおいおい訊き出すことにしてあげる……あ、でも、下手に秘密を暴こうとすれば、黒尽くめの男達がやって来て消されちゃうかも……」


「……だから、考えすぎだと思うよ? さ、あたし達も行こ?」


 彼を飲み込んだ廊下の人混みを見つめ、顎に手をやりながらまたトンデモな発言をしているデンパな親友に、零は苦笑した顔でそう促すと、自分達も遅れないようにと体育館へと向かった――。

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