依頼主──①
ギルドの前で待つこと30分。
もこもこのルームウェアから、いつものドレスに着替えたトワさんがやって来た。
けど……なんだろう。少し化粧してるのかな。雰囲気がいつもと違う。
けどミニクルシュを抱っこしていて、そこはトワさんっぽいなと思う。
「お待たせしました〜」
「いえ、待ってませんが……トワさん、何かいいことありました?」
「何でですか〜?」
「いえ、少しウキウキしてるように見えて。いつもはしていないマニキュアもしていますし……あ、とてもお似合いですよ」
まあ、ウキウキというか、そわそわというか。
とにかく、いつものほんわかトワさんじゃない感じだ。
何かいいことがあったのかもって考えた方が自然でしょ?
トワさんは変化に気付かれたことに驚いたのか、少しだけ意外そうに目をまたたかせた。
「……コハクさんって、意外と人の変化に気付くのですね〜」
「え、ディスられてます?」
「いえ、褒めていますよ〜」
とてもじゃないけど褒められてる感じがしないんですがっ?
トワさんは少し恥ずかしそうに髪を手で梳き、そっと顔を逸らした。
「なんだかんだ、こうして殿方とお出掛けするのは久々なので〜……ちょっとだけ、緊張していると言いますか〜」
「レオンさんとは何もないんですか?」
「……あれは黒歴史です」
あ、やべ。今、地雷踏み抜いた?
この2人の間に何があったんだろう……気になる。
『女性の些細な変化に気付くとは、さすがご主人様と言いたいところですが……なんでしょう、この複雑な気持ちは』
『細かいところに気付く嬉しさと、悔しさと……あと、トワがコハクを少し意識してるのがムカつくわ』
『乙女心、奇っ怪なり』
『なんのはなしー?』
「わ、私にもさっぱりです……」
後ろでみんなが何か話してる。何の話だろう?
……まあいいや。それより、依頼主の所に行くのが先だ。
昼間の賑わいを見せる通りを、トワさんと並んで歩く。
陽気に走り回る子供たち。笑顔で話しているお年寄り。忙しそうにしている商人。
一人一人に生活があり、みんなが自分の人生を歩んでいる。
こうして見ると、魔王の復活なんて考えられないほど平和だ。
「私、この景色が好きです」
隣を歩くトワさんが、俺にだけ聞こえるくらい小さく呟いた。
「私たちの仕事は、依頼を通して皆さんの生活を守ること。皆さんの笑顔の一つ一つは、私たちの仕事を通じて守られている。そう思いませんか?」
トワさんの言葉を聞き、改めて周りを見渡す。
俺たちが依頼を元に、様々なものを採取や採掘をする。
動物を狩り、食料を調達する。
魔物を倒し、平和を守る。
そうして稼いだお金を使い、経済を循環させる。
考えたこともなかったけど……そうして、俺たちの生活が回ってるんだな。
「そうですね。……今まで、意識していませんでしたが」
「ふふ。まあ、ほとんどのハンターは、そんなこと意識していないですよ〜。でも、意識するのとしないのでは、生活の質が変わります。ちょっとずつ、意識していきましょ〜ね〜」
「はい」
俺はミスリルプレートになったとは言え、ハンターとしてはまだまだひよっこだ。
少しずつ。1歩ずつ。学んでいこう。
その後、トワさんと日常会話をしながら歩くことしばし。
急にトワさんが立ち止まり、1つの建物を見上げた。
「ここですよ〜」
「……ここ?」
なんだろう……意外というか、なんというか……普通だ。
研究所っぽくもないし、かといって怪しい薬屋って感じもしない。
大通りに面していて、家の前で子供たちが地面に絵を描いている。
普通。普通以外に形容する言葉が見つからない。
ここの家の主が、新月草と熔炎結晶を……?
困惑を隠せず呆然としていると、トワさんが扉をノックした。
「マチルさ〜ん、いらっしゃいますか〜? 失礼しますね〜」
「え」
この人、返事が来る前にドア開けたんだけど。
普通に不法侵入というか……ダメだろう、それは。依頼主も不用心すぎるし。
「コハクさん、どうかしました〜?」
「いえ……いいのかなって思いまして」
「彼女は基本引きこもりですし、いるから問題ありませんよ〜」
違う、そうじゃない。
けどここでごねてても変だし……入るか。
手足の感覚が鈍い。ちょっと緊張してるみたいだ。
俺は数回だけ意識して呼吸をすると、トワさんの後に続いて家の中に入っていった。
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