新月の神秘──②

 3日後、新月の夜。

 俺たちはフェンリルの背に乗り、真っ暗な夜空を駆けていた。



「新月の夜は真っ暗で怖いね……星明かりも少ないし」

『しかし新月草を採取するには灯りは使えず……ご不便をお掛けしてしまい、申し訳ありません』

「気にしないで、スフィア。わかってたことだから」



 新月草は繊細な植物らしい。

 どれだけ離れていても、ほんの僅かな光に気付いて消えてしまうんだとか。


 だから空を駆ける時も光はゼロだけど……ホント、なんにも見えない。闇が広がってる感じだ。



『ボクは暗闇でも見えるよ!』

『私も見えるわ』

『ある程度は見えますな』

『私は機械なので』

「人間でごめんね……」



 こうすると、人間というのは圧倒的弱者だって再認識させられる。



『ご安心を。そんなご主人様のためにこちらを用意しました』

「え。何、このゴツいゴーグル?」

『暗視ゴーグルです。微弱な光があれば、暗闇でも見ることができます。特に私のものは超高性能なので、昼間と変わらないくらいには見ることができますよ』



 なんと、そんなものが。

 疑いもなく装着。



「お、おおっ。見える、見えるよ!」



 若干緑がかってるけど、こんなに暗いのにみんなの姿がよく見える。

 すごい。暗闇でもこんな風に見えるなんて。



『これぞ、機械人形マシンドールたる私の力です』

「ありがとう、スフィア。これがあれば安心だ」

『もったいなきお言葉です。……ッシ』



 スフィアが喜んでるのも手に取るようにわかるよ。


 フェンリルがゆっくり旋回しながら、地上に降りていく。

 草原と森林の間に降り立つと、背中から降りて森を見つめた。


 鬱蒼とした深い森。だけど、暗視ゴーグルのおかげで問題なく森の中を見渡せる。



「ここにあるの?」

『はい。私のサーチによれば、今回はこの森の中に現れているそうです』



 暗視ゴーグルがあるとは言え、今は草木も眠る丑三つ時だ。

 足元に十分注意して行こう。


 スフィアが先頭を歩き、ライガが後ろ。クレアは肩に乗っている。

 申し訳ないがフェンリルはお留守番だ。

 体がデカすぎて、この森じゃ狭いから。



『くぅん……』



 そんな悲しそうに鳴かないで。心が痛む。


 暗視ゴーグルのおかげで足元の心配はなく、問題なく進める。

 今はスフィアがホログラムマップを用い、新月草の元まで案内してくれている。


 森の中は生き物の気配はするものの、俺らを襲おうとする気配は感じられない。本当に静かだ。



『まあ、私達がいるのに襲うなんて愚かな真似、普通しないわよ』



 まあその通りなんだけどね。

 夜行性の魔物って結構気性が荒いのが多いけど、今日はみんなのお陰で大人しいみたいだ。


 襲われる心配はないから、安心して進む。

 思えば、こうして採取に来るのも久々な気がするな。


 遠くからフクロウの鳴き声が聞こえる。

 風が吹き、木々や葉っぱが擦れる音が子守唄のようだ。


 そのまま歩き続けることしばし。

 ふと、スフィアが歩みを止めた。



『ご主人様、到着しました』

「え? ……何も見えないけど?」



 暗視ゴーグルでも何も見えない。

 というか、円形状に地面に穴が空いてるみたいだ。


 まさか、この穴の中に新月草が……?



『コハク様、よくご覧下さい』

「よく? ……ん。んん?」



 ライガに言われてよく見ると……この穴、ちょっと揺らいでる?



『これが新月草よ、コハク』

「……え?」



 これが、て……え?

 よく見ても、黒い穴にしか見えない。なんだろう、トンチかな?



『ご主人様、暗視ゴーグルをお取り下さい』

「うん。……うわ、余計何も見えないよ」



 周りも暗いし、新月草(?)も黒すぎて見えない。

 改めて掛けると、また新月草(?)が見えるようになった。



『新月草とは、光を99.99パーセント吸収する草なのです。なので、群生地はこうして黒い穴のように見えます』

「え」



 ひ、光をほとんど吸収するって……それじゃあ、本当に見えないじゃないか。

 ……あ、いや、違う。光をほとんど吸収するからこそ、本当に黒く見える、、、んだ。


 なるほど、だから見えないんだ……。


 跪き新月草に触れる。

 確かに草の感触だ。ちゃんと地面から生えている。


 こんな草が実在するなんて……凄いな、本当に。

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