特訓──④
翌日。今日はクレアを連れて、サーシャさんと約束している場所へ向かった。
スフィアはちょっとサーシャさんに苦手意識を持ってるみたいだし、クレアなら大丈夫でしょ。
『それでコハク。あの女と何するのよ』
「さあ。帰り際に場所を指定されただけで、何をするかは聞いてないんだよね」
『怪しいわね。コハクの寝首を掻こうってなら、私が許さないわよっ』
シュッシュッ。空間にパンチをするクレア。
もしかして、この子もサーシャさん苦手?
アレクスの街の中心に近い場所に、大きな噴水広場がある。
家族やカップルの憩いの場であり、いつも屋台や大道芸人がいて賑わっている。
サーシャさんとは噴水前で集まることになってるけど、まだきていないみたいだ。
「それにしても、相変わらず人が多いね、ここは」
『私、こういう場所好きよ! 盛り上がるイベント、大好き!』
クレアもウキウキ顔で噴水広場を見渡す。
これは、後で何か買ってあげないとな。この間のグラド戦で、またお金入ったし。
クレアと待つことしばし。
噴水広場が妙にざわついた。
「うわぁ……」
「綺麗な子……」
「あんな子見たことないよな」
「ああ、俺も知らない」
「可愛い……!」
「お前、声掛けて来いよ」
「む、無理無理っ。恐れ多すぎるって」
なんだ? 誰か来たのか?
人が多すぎて誰を見てるのかわからない。んん?
『何かしら?』
「さあ……?」
まあ、俺が待ってるのはサーシャさんだし、誰がいても構わないけど。
ベンチに座って空を見上げる。
……空が高いなぁ。抜けるような青さというか、まるで吸い込まれそうだ。
ぼーっとしていると、隣に誰かが座った。
……誰だ?
小柄な可愛い女の子だ。
白く清楚なワンピースに唾の広い帽子を被っている。
その子が俺を見上げると、黒いミディアムロングの髪が揺れ、空より青い瞳が俺を見つめた。
ふわりと笑う笑顔は思わず見とれてしまうほど美しく、儚げで、可憐だった。
「ふふ、お待たせ」
「……えーっと……? 待ち合わせの人、間違えてませんか?」
キョトン顔の彼女。
直後、一瞬だけその姿がぶれ、腰まで長い見慣れたブロンドヘアーが現れた。
『えっ……まさかっ』
「サーシャさん……?」
「その通りっ。アサシンのスキルの1つ、幻影だよ」
と、また黒髪ミディアムロングの姿に戻った。
よく見ると、確かに面影がある。
胸のサイズも若干盛ってるみたいで──。
「おい、今失礼なこと考えなかったか?」
「なんのことで?」
ナチュラルに思考読むのやめて。
『まさか、私の目すら欺くなんて……やるわね、この女』
確かに。スフィアのサーチやライガの超直感、フェンリルの本能には及ばないまでも、クレアも見抜く力は高い。
それを欺く……さすが、アサシンギルドのギルドマスターだ。
「ところで、なんでその格好を?」
「ウチ、外に出る時は大抵姿を変えてるんだよねぃ。ここまで気合いいれた幻影は、初めてだけど」
「へぇ。またなんで」
「そりゃあ、コハク君とデ……い、いやっ、少し気分転換にね! ははっ、はははっ!」
ふーん。そんな日もあるのか。
ただクレアは納得いかなかったらしく、俺の肩に座ってむすーっとしていた。
『こいつ燃やそうかな』
なんで!?
「そ、それじゃあ、移動しましょうか」
「っ! そ、そうだね。……えっと、じゃあ……はぃ」
おずおずと手を出てきたサーシャさん。
……はて、何を?
首を傾げると、今度はサーシャさんがむっとした顔になった。
「君、今日の目的を忘れてやしないかい?」
「……あ、女の子扱い?」
「そうだよ。今日はウチをとことん女の子扱いしてもらうからねっ。スパルタで頼むよ、コハクくん」
スパルタといいつつ、嬉しそうな顔をするな、この人。
まあ、そもそもそういう約束だったし、破ることはないけど……。
「言っておきますが、俺に女の子扱いなんてできませんからね?」
「大丈夫大丈夫。君がやりたいようにやってくれたらいいさ」
「……なら、行きましょうか」
サーシャさんの手を取る。
顔を赤くしたサーシャさんは、握る手にそっと力をいれた。
小さい。想像よりも小さい手だ。
でも豆や傷の硬さもある。
この小さい手で、どれほどの努力を……。
そう考えると、思わずサーシャさんの顔を見てしまった。
「コハク君、どうしたんだい? ウチの顔に何か付いてる?」
「……いや、美しい人だと思いまして」
「んにゃっ!?」
サーシャさんがリンゴのように真っ赤になった。
はて、どうしたんだろうか。
『コハク、アンタ残酷ね』
クレアからも唐突な罵倒!
な、なんで……?
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